十話 追いつけ追い越せ
メナドちゃんは絶対身長低い方が可愛い
「ひいふうみい……うん、これだけあれば当分は落ち着いて生活できるね」
仕事を終え、ギルドからの報酬とゴーレムの核を換金した総額をテーブルの上に広げて山分けしている二人。その表情はほくほく顔であった。
「はい、半分こね」
「ん、ありがと。まだ日も高いし、その、どっか行く? 付き合うわよ」
「どこか? ふーむ……」
急な提案に、顎に手を当て考え込むセルマ。やがて何やら思いついたのか、にんまりと顔を上げる。
「んーふふ。じゃあ、一緒に本屋さん行こ!」
「あー……いいじゃない、行きましょ」
取り分を山分けし、るんるんと二人並んでギルドを出て街を練り歩く二人。道中様々な街の誘惑に資金を削り取られながら、やがて目当ての書店にたどり着いた。
「うーん、何買おうかな? ドストチャカスキーの新刊とか出てないかなあ」
「あんたはまず回復魔法の指南書でしょ……リジェネレイトしか使えないプリーストなんて、よくよく考えたらとんでもないわよ」
店先でわいわいと騒ぐ彼女達。その背後から、三人の人影が近寄って来ていた。そのうちの一人が、セルマの背中へ向けて半笑いの声を飛ばす。
「よお、女オーク」
「だ、誰が女オークです……か……」
憤りながら振り向いたセルマが見たのは、剣士エルロンドとソーサレスのエステル、そしてプリーストの三人組。セルマがかつてクビにされたパーティの面々だった。
「う、うう……」
「久し振りだなあ。まだこの街に居られたのか。てっきり誰からも相手にされなくて、イナカに引っ込んだのかと思ったぜ。クラスは? 錆か?」
「せ、青銅です……」
「へー! この街のギルドの査定基準はどうなってる事やら」
会うなり、嫌味を叩き込み始めるエルロンド。へらへらとあざ笑う顔にいやらしくつり上がった口元は、彼の心根を表しているかのようだ。
「ねえねえエルロンドさぁん、この人ですかあ? 自己回復しか使えない女オークさんって」
きゃぴきゃぴと甘ったるい声を上げ彼の腕に体を絡める、妙に体の線を強調した法衣を纏った女がそれに同調する。
「ああそうさ、ルクスリエ。あまり近寄るなよ? 暴れ出すかもしれないからな」
「やあん、怖ーい」
ネコを被りに被った彼女を、猫可愛がりするエルロンド。その二人を、冷めた目で見ていたメナドが口を開く。
「セルマ、なんなのこの連中は」
「あ、ええと……一回私がお世話になってたパーティの皆さん……あ、ちゃんとしたプリースト勧誘できたんですね、あはは……」
「そうでーす! 回復も解毒も解呪もお任せ! 完璧プリーストのルクスリエちゃんでーす!」
きゅるんきゅるんと、胸焼けしそうな愛想を振りまくルクスリエ。それを見るメナドの表情は実に冷ややかな物だった。
「アナタもぉ、そんな人と組んでたら他の人にそっぽ向かれちゃいますよぉ? そうだ! 私達と来ませんかぁ?」
「あんた達と?」
「はい! 見てくださいよお、これ!」
そう言って、胸ポケットの中から冒険者章を取り出して開いてみせる。そこには、キラキラと輝く銀色のエンブレムがあった。
瞬間、セルマの心に波が立つ。もしも、万が一メナドがあっちになびいてしまったらどうしよう、と。
また一人になったら、今度こそ誰とも組めない。冒険者を続けられない。夢を叶えられない。メナドちゃんとせっかくお友達になれたのに。どうしよう、どうしよう。
「私達ぃ、この前銀に昇格したんですよぉ。私達と来れば、いっぱい効率良くお金稼げ——」
「お断りよ」
耳障りな甲高い声を遮るかの如く、鋭い語調で会話の流れを断ち切るメナド。それに怯んだ隙に、更に語気を強めて畳み掛ける。
「生憎だけど、あんたみたいな面の皮の厚い女も、その脇でバカ面ぶら下げてるボンクラ剣士みたいなのも嫌いなの。嫌いな連中と一緒にいても、効率なんか上がらないでしょ?」
「んなっ……」
「……言ってくれるじゃねえか」
この場を包む、一触即発の空気。ばちばちと射殺すような視線を、槍の穂先の如く鋭い三白眼から送るメナドの方は今にも魔法をぶちまけそうな雰囲気だ。
「も、もういいよメナドちゃん、帰ろうよお」
「こんなのに背中見せたら何されるか分かったもんじゃないわ。コイツらが消えたら私達も行きましょう」
セルマの制止もまるで意味をなさない。場を包む殺気が最高潮に達し、今にも破裂するかに思われた、その瞬間——
「行こう、二人共。時間の無駄」
今まで押し黙っていたソーサレスのエステルが、口数少なく刻む様に言葉を放つ。
「これから魔物狩りの依頼がある。奴らは夜行性。時間が惜しい……」
端的な、必要十分の事柄だけを伝える彼女。それに水を差されたのか、すうっと場の空気の熱が引いていく。
「そーですねぇ。こぉんな人達に構ってたら時間が勿体無いです。ね、エルロンドさん?」
「……へっ、確かにそーだな、アホくさい」
その言葉を合図に、皆セルマ達に背を向けて立ち去っていく。ただ一人、エステルだけはちらりと彼女達に一瞥をくれてから、何事もなかったかの様に立ち去っていく。
「ふん! 何なのよアイツら。大体銀って私らの一個上じゃない。そんなくらいで調子こいてんじゃ——」
遠く見える背中に、いまだに毒を吐き続けるメナドをセルマが抱きしめる。
「ありがと、ありがとね」
「ちょっと、何よ急に」
「だって、ちょっとだけ不安になっちゃったから……」
「はー? あんた何言って——」
メナドが見上げる先には、大粒の涙を流す二つの瞳。不安から解き放たれ、安堵が形を成して溢れているかの様だ。
「ちょ、ちょっと! 泣くんじゃないわよ! うっとーしいわね!」
「うええ、だってだって……」
「全く、馬鹿ね……」
さっと腕を伸ばし、金色の流れる様な髪を撫でる。まるで大きな子供があやされている様だ。
「私にはあんたしか居ないんだから、他のとこ行ってもしょうがないでしょ。ちょっと考えりゃ分からない?」
「……えへへ、そうだったね。魔法へたっぴだもんね」
「うっさい! そろそろ離して、暑苦しい!」
優しく吠え、セルマの腕から抜け出すメナドは、再び彼ら三人の消えていった方角を睨み付けて口を開く。
「私達にあんな喧嘩売るなんて、度胸だけは認めてやろうじゃないの。絶対すぐに追い越して、上から踏み潰してやるわよ! いいわね、セルマ!」
「うん! 一緒に頑張ろうね!」
すっかりいつもの笑顔を取り戻したセルマ。ふと、思い出した様に何やらもにょもにょと口を開いた。
「ねぇ、ところでさ……」
「何よ」
「さっきのさ、『私にはあんたしか居ないんだから』って……えへへ、何だかよく考えたら恥ずかしいね」
「……」
一瞬の沈黙の後、ばふっと蒸気が上がる様な勢いでメナドの顔が真っ赤に染まる。照れ隠しなのか、ぶんぶんと両手を振って弁明し始めた。
「あ、あれはそーいうアレじゃなくて、魔法とかの相性のハナシよ! 何勘違いしてんのよ!」
「ふふっ。それでも何だか嬉しいな。ありがと、メナドちゃん」
「——ッ!」
ぶおんと勢いよく黒髪を振り、セルマに背を向けるメナド。その横顔はまるでリンゴの様だ。
「ば、バカ! もう行くわよ!」
「あ、ま、待ってよー! 置いてかないでー!」
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