9 ハルト・ダージリン
9
十日後。
ハルト・ダージリンは国境の砦に『いとし子』を迎えに出向いていた。
先代に続き、当代の『精霊のいとし子』までが我が国に顕現する。これは『精霊王』の多大なるご加護を我が国が受けている印であると、王都では盛大な歓迎の準備が始まっている。
と言うわけで、国王の一人娘の伴侶であるハルトが第一番に『いとし子』を迎えることとなった。
かつて冒険者であり、救国の英雄でもあるハルトは、国民に絶大な人気を持つ。
しかし時期王位継承者ではあるものの、まだまだ壮健な国王とその親戚縁者で固められた王宮内では、「入り婿」というのは、少々弱い立場ではある。
見張り台に立つと、中立地帯の草原を貫く道の向こうから、騎士隊に護衛された馬車が現れた。
目立たぬようにと普通の造りの馬車は護衛に囲まれ、窓にしっかりカーテンをおろしている。
後から続く、数台の荷馬車と替え馬。
二年もの探索が、やっと実を結んだ。
いやいや、『いとし子』がこの砦に入るまで、油断してはならぬ。
開門の合図をして、下に降りようとしたハルトに、伝令が走り寄り、伝言石を手渡した。
耳にあてて、受け手が魔力を流すと、吹き込まれた言葉を再生する、けっこう高価な魔道具だ。
受け取って聞いたハルトは、驚いて足を止めた。
(え?馬車は空?)
一行は砦の中に入り、馬車はカーテンを閉ざしたまま厩に引き入れられ、入り口に歩哨が立つ。
これで、誰が砦に入ったのか周囲にはわからない。
ハルトは一緒に入って中庭に集まった、騎士、荷馬車、替え馬の集団に眼を向ける。
一台だけ、干し草を山と積んだ荷馬車。
場違いな、馬の飼料用馬車が混ざっている。
その干し草の真ん中で、気持ちよさそうに丸くなっている犬と幼児。
いや、犬じゃなく、狼?
「グレイ?」
ハルトはそっと、かつての冒険者仲間の名を呼んだ。
犬、いや、狼は金色の眼を開き、返事の代わりにぱたり、と尾をふった。




