8 『精霊のいとし子』
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「お嬢ちゃんのお名前は?」
しかし、子供の口から出たのは、小鳥の囀りのような音。
「えーと・・・」
「それが、名か?」
そうよ、と見上げる子供に、困惑する。
なんだか、人の子と話している気がしない。
精霊と長く暮らすと、こうなってしまうのか。
さて、これからどうしたものか。
ここはランドヴェール、ノアルダームの二国から同程度の距離をとる、中立地帯。
一刻も早くランドヴェールに入り、我が国が『いとし子』を保護したと広布せねばならぬ。
さっきの合図で、ランドヴェールの国境砦から、騎士隊と馬車がこちらに向かうはずだが、幼児を乗せたまま早駆けも出来ぬし。
馬に乗るのは怖がらぬようだが、二人が共に人型になると、とたんに泣き出しそうになる。
一人が狼化して並走していれば、いいのか。
アールが人化して馬上で抱きとり、今度は俺が狼化する。
人型に戻ったアールはやはり不評らしく、ちらちら俺と見比べた幼児から、「もふー」と顔を叩かれている。
「顔だけ変えろって?いやいや、あれは団長しかできない難しい技だから」
「んちょ?」
「うん、あ、と、今はグレイさんだ」
「ぐえいしゃ」
「そう、グレイさんはもとは俺たち第七騎士団の団長。凄く強くて、かっこいい人なんだよ」
「ふーんーんー・・・」
「そう、凄いだろう」
おい、変なことを教えるな。
しかし、こいつを連れてきてよかった。子供と会話が成立している。
舌を噛まぬようにゆっくりと馬を進めながら、アールが道端の花を、空飛ぶ鳥を指さすと、子供は小鳥の囀りで答える。
人の言葉は片言なのに、本当の鳥のように流暢に。
馬の動きに馴れて来ると、子供は小鳥の声で楽し気に歌いだす。
空の小鳥が、鳴き返す。
他の地との差異に苦しむと、精霊王は語ったが。
これは・・・たしかに大変かもしれぬ。
途中何度か休憩をはさみながら、草原と林の中を、ゆっくり国境へ近づいて行く。
固い騎士団の携帯食しかないと困っていたが、道々で良く熟れたナジュベリーを見つけ、クロウアップルの成る大きな木を見つけ、意図せずに食料が増えていく。
巨木の洞に蜜が滴るほど大きなミツバチの巣を見つけた時は、さすがに精霊の加護を持つ『いとし子』だと、納得したのだった。
そして、そろそろ陽が傾くころ。
林を抜けて丘の上に出ると、眼の下の草原に、困ったものを見つけてしまった。
草原の真ん中でにらみ合っている騎士たち。
一方はランドヴェールの騎士たちだが、もう一方は・・・
「まずいな、あの純白のサーコートは、ノアルダームの神聖騎士団だ」
我が国と同じように、あちこちに捜索隊を派遣していると聞いた。その一つだろう。
先々代の『いとし子』を神殿の巫女、聖女として崇めて発展してきた過去をもち、当代の『いとし子』をも保護しようとやっきになっている宗教国家。
おまけに、獣人蔑視が甚だしい国でもある。
狼人の俺たちが『いとし子』を見つけたとわかったら、厄介な事になりそうだ。




