5 森の送別
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俺は子供を抱き上げ、ちょっとゆすりあげて、安定させる。
小さな手が首筋に回り、深い毛をつかんだ。
「さあ、人間の世界に戻ろう」
この神域に、只人が長くとどまるのは、危ない。
精霊に誘惑され、人界に戻れなくなるという話は、吟遊詩人たちの定番の歌語りだ。
ふむ、この子もそれになりかかっていたという事か。
歩き出すと、ふわり、と『風』が背中を押す。
『こっちだよ』と。
歩き出し、気が付けば、森の調べが変わっている。
明るい円舞曲から、一転、静かに、余韻を持って、流れる旋律。
『さようなら』『さびしいよ』と、樹々が枝を伸ばし、花を散らせる。
木漏れ日を受けて舞い落ちる、白の、薄桃の、花びらの中を、歩いて行く。
子供が受けようと、手を伸べる。
これは、『いとし子』への、森からの餞別か。
狼の足でずいぶん奥深く入って来たと思っていたが。
人の足で一刻も歩かず、森のはずれに着いた。
この森の中で、時と距離が定まらないのは常の事。
神域の結界を抜ける、軽い圧迫感。
さて。どこへ出たのやら。
森に接する草原は、入った所と似通っている。
あまり離れてはいないようだ。
『探索』をのばし、安全を確認すると、俺は顔をのけぞらせ、招集の呼び声をあげた。
耳元で上がった遠吠えに、腕の中の子がびくん、と跳びあがる。
しまった、怖がらせたか。
しかし子供は立ち直ると、目を輝かせて、吠える俺の喉に手を触れ、振動を確かめようとする。
「うわーぉ。うーふ。おーおぉー」
あろうことか、俺に声を合わせて、吠えた。
こいつは驚いた。
彼方から、応えが返り、俺の馬を連れた仲間が姿を見せるまで、俺たちは楽しく吠えかわし続けていたのだった。




