3 歌う森
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森が、歌っている。
前回この地に入った時には、なかったことだ。
古い樹々と静かな光に満ちた荘厳な森が。
今、樹々は楽し気にざわめき、ミツバチが飛び交い、小鳥が啼き交わす。
これは・・・楽しい。
明るく軽やかな旋律、快いリズムが響き、狼の背中から尾の付け根まで震わせる。
気分が高揚し、動きが自然に速く、軽くなり、俺は踊るような足取りで森を駆け抜けていった。
高揚した気分のまま、森の奥、泉のほとり、精霊王の磐座にたどり着く。
姿はさやかに見えずとも、高位の精霊たちが輝きながらあたりに満ちているのわかる。
磐座に御座す、光とも、人とも、形容できぬ、存在。
この世の精霊すべてを統べる、王を讃えて。
その足元の、咲き乱れる花々。
その花の中で眠る、子供。
この子が、当代の『精霊のいとし子』か。
先代の『いとし子』は成人女性だったと聞いたが、これは。
まだ幼児ではないか。
狼の姿のまま礼を取ると、頭に直接響いてくる、精霊王の声。
『この楽曲を失うを惜しんで、人の子には無理をさせた』
愛しさか、悲しみか。
深い、想いを込めて。
『この地に長く引き止めすぎたのだ』
精霊王が、慈しむように頭を傾け、眠る幼児を覗き込む。
いままで『いとし子』が見つからなかったのは、精霊王自身が囲い込んでいたからか?
『この地に馴染みすぎた者は、離れてから他の地との差異に苦しむ。
故に、時を少し巻き戻させてもらった。
他の地に馴染むのが、わずかでも楽になるように』
精霊の王が、頭を上げる。
その視線に射抜かれて、俺は立ちすくむ。
『これを、守れ。不幸にしてくれるな』
御意。
意志を振り絞って答えると、磐座からふっと王の気配が消え、楽に動けるようになった。
俺は子供に近づいた。
幼児の年はよくわからぬが、二歳か三歳くらいだろうか。
やわらかな丸みを帯びた頬、細く素直な黒い髪。長いまつげと、花びらのような唇。
数年たてば、美しい少女となるだろう。
のぞき込むと、ぱちり、と眼を開いた。
眼を開いた幼子は、おれをまじまじと見つめる。
しまった、狼の姿のままだった。
これは・・・怖がらせてしまったか。
まずいな・・・
泣くなよ、泣いてくれるなよ・・・。
今目の前で人に代われば、ますます驚かせてしまうだろう・・・
逡巡する俺を見つめて・・・その子は・・・
狼のままの俺に、小さな手を差し伸べて、にっこりと笑った。
「もふもふー」




