9 それぞれの思惑
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『渡り人』たちの世界は、こちらとは大きく異なることは、よく知られている。
だが異界渡りの時に言語の変換が行われ、こちらの言葉が理解出来るようになっている『渡り人』たちは、戸惑いながらもなんとかこの世界に馴染んでいくことが出来ていた。
しかし二年間も『精霊王の庭』で暮らしていた『いとし子』は、こちらの人間に会ったことがない。
精霊や動物には馴染んでいても、人と共に生きていたのではないのだ。
『精霊王』の手で、元が何歳だったにせよ、幼児に戻されてはいるが。
ここまで異質な子供を、人間の世界に迎え入れなければならない。
当代の『いとし子』の世話は大変なことになりそうだ。
「わ。わたくしの配慮が足りず・・・」
また、マリッサが涙ぐむ。
「そなたのせいでは無い」
グレイの報告書を握りつぶしたどこかの阿呆のせいだ。
と、ハルトが慰める。
「とりあえず、第七騎士団からアールとジェンナ、グリンロードを呼び寄せたらどうだ。
アールには懐いていたし、ジェンナは女騎士、グリンロードは同じ年頃の子持ちだ」
首っ玉に抱きつかれながら、グレイが提案する。
アールは狼、ジェンナは砂漠猫、グリンロードは熊に変化する。
獣の姿で傍にいた方が、この子は安心するだろうから、と。
「獣人部隊をそこまで優遇するわけにはまいりません」
ハートマン女史がきっぱりと答える。
「優遇ではない。怯えているこの子に対する緊急処置だ」
しかし、女史はいとわし気に言う。
「『精霊のいとし子』様は、国の宝。
卑しい身分の平騎士などを召し上げたと知られたら、他の騎士団の方々が黙っては居りますまいよ」
特に第一騎士団、第二騎士団の皆さまはね、と、ふん、と鼻を鳴らす。
第一騎士団は王侯の身辺警護、第二騎士団は王城の守りにあたる。
どちらも血統のいい、エリートたちの集団だ。
当代の『いとし子』が幼児であるため、当面はマリッサ王女の手にゆだねられたが、本来『精霊のいとし子』の警護は、この二つの騎士団の中から選出される騎士たちに任されるはずだった。
『いとし子』が存在するだけで、その国は富み栄える。
古に『いとし子』がある王子の妻となり、加護を受け継いだその子孫たちが長く国を守った、という伝説も残っている。
先代の『いとし子』を我が物にしようと、王侯貴族たちが何人も伴侶候補に名乗り出た。
しかし先代の『いとし子』は政治の駒に使われるのを厭うて、生涯独身を通したという。
この子も年頃になれば、『いとし子』の伴侶という最高の栄誉を得んものと、候補者たちが群れを成す事だろう。
いや、あの国王の事だ。今代がこんな幼子ならば、物のわからないうちにと、と保護者気取りでさっさと婚約の算段をしかねない。
そんな婚約者候補にも成り得る、貴族の子弟たちが周囲を固めるはずだったのだ。




