垂涎ものの廃城です。
先程までヤバい状況に混乱しかかってた心が浮き上がる。
このままでは、死んでしまうとか思っていたのに、目の前にあるゴツゴツとした人工的な岩壁を見た瞬間、自分の置かれた状況を忘れた。
所謂、廃墟である。
おぉ~、何と美しい崩れ方か。
規則正しく積み上げられた岩壁の直線と岩の間を這うように絡まる蔦の曲線の甘美とも言える交わり…。
城?
結構デカイ建造物だぞ?
こんなデカイ建造物、『廃墟マニアっくす』(お気に入りサイト名)に載ってなかったよな。
うお~詳細な写真を撮らねば!!
鞄からタブレットを取り出し写真を撮る。
すっかり日が落ちた森は天から射し込む月の明かりで思ったよりも美しくデータに納められていく。
俺は現状も忘れただひたすら撮った写真を眺めては溜め息を吐いた。
ん?それにしても…月明かりとは言え、けっこう見えてるな俺。
廃墟愛がそうしてるのかな。
とまぁ…懐中電灯、懐中電灯…。
それと、折り畳み式ヘルメット!!
廃墟探訪には必須のアイテムを取り出し、頭に装着。
暗いし、危険だから、出来るだけ両手は自由にしておくんだ。
スマホがあればもっと楽に写真を撮れるのにタブレットではイチイチ鞄から出さなきゃなんねーのがメンドイ。
頭に過った健児の額にデコピンを咬ましてやった。
よし!気を取り戻すんだ、俺!
この魅惑の廃城が俺を待っている!!探検せねば!!
でもって今夜一晩雨風を防げる場を見つけるんだ!!
廃城の中では無敵とばかりに俺は進んだ。
自分の身の上に起こっている危機的状況を忘れたままで。
部屋の中には現代のゴミはなく、ただ朽ち果てた家具と岩の隙間を逞しく育った雑草。
屋根は砲弾によるものか穴が開いていて、満月が見えた。
さぞかし豪奢な城だったんだろう。
朽ちてはいるが、家具に施された装飾は立派なものだった。
地図にもサイトにも情報のない城。
もしかして、ドイツにとって公に出来ない建物?
何十年、いや、何百年もの間隠されていた廃城…。
ほうっ、ロマンですよ、ロマン…。
うっとりしながら、恐らくは謁見の間に続くのではないかと思われる大きな扉の前に立つ。
いや~立派な扉だわ…。観音開きっての?俺の背丈なんぞより、はるかに大きい扉。
力を入れて押し開ける。
思わず雄叫びが上がった。
天井は崩れて星空と満月が丸見えだけど、広い。
かつて、その天井を支えていたであろう柱は俺が腕を回しても届かない程に太い。広間の両端に等間隔で、何本も立ってるよ~。
崩れた天井の破片を避けながら奥へと進む。
5段ほど高くなったあれは…玉座か。
ん?
玉座には、棺のようなものが置かれていた。
手前に見えるのが四角かったから、てっきり背凭れの壊れた椅子かと思ってた。
なんだ?と思って一歩踏み出した。
へっ?
ほんのりとした光が足元から立ち上った。
光は、自分を中心として円を描き、複雑な模様や文字を形成していく。
ま、魔法陣?よく、アニメとか、漫画で見る?
呆然と光を放つ幾何学的模様を見ていると天からの光を感じた。
えっ?
俺の目に映ったのは紅い満月。
見たこともない色の月。
血の色だ…。
その満月がどんどん近付いて来ている。
紅い色が、光が、熱が俺に迫ってきた。
思わず目を瞑った。
瞼の向こうの紅い色が鎮まるまで瞑っていた目の力を徐々に抜いていく。
「ふわぁ~。」
耳に届いた誰かの欠伸。
ゆっくりと目を開けて欠伸の方向を見た。
ギクリと体が固まった。
俺の目に映ったのは、金髪の見目麗しい外国人だった。
つづく。