08.帰参
そういえば、視点が変わります。
過去編に少し出ていたフレイの視点です。
フレイは隣でぐーすか寝ているレイマの足を蹴った。
「おい、起きろ。もう着くぞ」
「んあ?」
気持ちの良い睡眠を邪魔されて、レイマは不機嫌そうにしながらも目を開いた。もう、キラヴァーラの街が見えてきていた。
「おおっ。変わってねぇな」
レイマが外を見て嬉しそうに言った。運転手をしているアキも「懐かしいな」と目を細める。それから、リムジンの後部座席に向かって言った。
「もう着きますよ」
後部座席からは、女性の声で「はい」と返答があった。どうやらちゃんと起きているらしい。
「町長と司令には帰るって連絡、入れてあるんだろ?」
「ああ。びっくりしてたぜ。俺達が帰ってこないから、死んだと思ってたんだろうな」
「はは……。まあ、いろいろあったからな」
と、フレイは後部座席をちらりと見る。そう。本当はもう一年早く帰れるはずだったのだが、いろいろあって今日帰ることになったのだ。
「ほかのみんなはもう戻ってんだろ? 俺達が最後か? ……死んだやつ以外は」
「そうだろうな」
死んだやつ以外の中では、最後の帰還だろう。五年ほど前、マキラ王国は大陸を巻き込む戦争に参加していて、フレイたちはその戦争に参戦するためにキラヴァーラから連れて行かれた。まあ、徴兵とでも言えばいいのだろうか。総計五百人に及ぶ者がキラヴァーラから連れて行かれたが、無事に生きて終戦を迎えたものは半数にも満たない。フレイたちが参戦してから一年経たずに戦争は終結したため、たまたま彼らは無事だったが。失った人数が多すぎた。
戦争が終結してから、少しずつ、集められた軍人たちは故郷に戻って行った。抑留されていたわけでもないのに、フレイたちが四年もたってから帰参することになったのは、様々な思惑が重なりあった結果であるが、一年延びたのはリムジンの後部座席の女性のおかげだ。まあ、帰れるからいいけど。
というか、この、リムジンでの帰参も後部座席の女性のおかげである。他のみんなは電車か、もしくはバスでの帰参だったはずなのに。辺境と言えるキラヴァーラであるが、さすがに電車の駅くらいはある。
「みんな、元気かなぁ。でっかくなってるんだろうな……」
レイマが珍しくしみじみと言うのに、アキが「まあ、五年経ってるからな」と苦笑を漏らす。そうしている間にリムジンはキラヴァーラに入った。このまま、役所に向かう。昔は城塞に役所もくっついていたらしいが、城塞が閉じられた場合、業務が滞るとして今は街中に役所が置かれている。見た目は中世風の屋敷だ。実際に、屋敷を改装したらしいし。
キラヴァーラではまず見ない立派なリムジンが街中を走るため、人目を引くこと。ついでに、大きめのこのリムジン、役場の駐車場の枠の中に入りきらなかった。
「……まあ、いいか」
最年長のアキがそう結論を下したので、フレイたちも気にしないことにした。久々のキラヴァーラの役場の中に入ると、フレイたちを見知った人たちはぎょっと目を見開いた。
「あ、アキ。よかった。無事についたのね」
駆け寄ってきたのは、癖の強い金髪を束ねた女性だ。眼鏡をかけ、オフィスカジュアル的な服に身を包んでいる。フレイたちとも顔見知りであるが、彼女はこほん、と咳払いしてから言った。
「町長秘書のヘリュ・パーシリンナです。……お帰りなさい」
「ただいま。元から美しかったが、さらに美しくなったな」
「はいはい」
アキが女性をほめるのは息をするのと同じレベルでの話なので、彼の同級生で慣れているヘリュはさらりと流した。
「そちらがお客様ね。お聞きしています。町長がお待ちですので、どうぞ」
と、ヘリュがエレベーターに向かう。四階建てで見た目は古いが、一応、中は改装済みである。
ヘリュを含めて計七人。エレベーターは八人乗りでぎりぎり乗れた。
町長室は最上階、四階だ。フレイたちが街を出てから五年がたっているため、町長は既に代わっているかもしれない。と、今になって思うフレイだった。
「町長。失礼いたします」
扉をノックしてヘリュが扉を開けた。町長、と書かれた席に座っている人物を見て、フレイは声をあげた。
「母さん!?」
「フレイ、お客様の前ですよ。静かにしなさい」
町長席にいたのは、フレイの母ヴィエナだった。覚えているより年を取っているが、背筋がピンと伸びているところは変わらない。
「ヴィエナさん、町長としての威厳に満ちた顔が素敵ですよ」
と、通常モードでアキが人の母親を口説きにかかっているが、フレイがつっこむ前にヴィエナが「それはありがとう」と流してしまった。さすが……と言えばいいのだろうか。
「さて。アキ、レイマ、フレイ。三人が戻ってきたこと、うれしく思います」
ヴィエナがさくっと本題に入った。まあ、その方がありがたい。町長になった経緯は、あとで聞けばいい。今は、『お客さん』三人のことだ。
「そちらの方々ですね。アキから聞いています。ようこそ、キラヴァーラへ。何もない、古い城塞都市ですが、歓迎いたします」
確かに古い城塞都市だ。キラヴァーラの歴史は、マキラ王国の歴史よりも長い。ヴィエナの言葉を受けて、三人のうち真ん中にいた、つばの広い帽子をかぶった女性がその帽子をとった。
「歓迎、痛み入る、町長殿。突然押しかけてしまってすまない」
この辺りではめったに見ない栗毛に、意思の強そうな菫色の瞳。美人の部類に入るであろうこのお客様は。
「マキラ王国王太子が第三子、エステル・スラッカ・マキラと申します。どうぞよろしく」
「こちらこそ。キラヴァーラ町長のヴィエナ・ラウティオラです。不肖の息子がお世話になりました」
にっこり笑ってエステルとヴィエナが握手を交わした。息子よりも若いこのお姫様を、ヴィエナは馬鹿にすることはなかった。
エステル・スラッカ・マキラはマキラ王国のれっきとした王族である。この時代、王族が政治に口出しすることはまずなく、マキラ王国も立憲君主制を採用している。
しかし、だからと言って王族が何もしないわけではなかった。公務のない王族は、事業やボランティアを行うことが多かった。エステルのキラヴァーラ訪問もその一環である。これから事業を行う身として、多くのことを学びたいのだそうだ。その学習の一環としてここを選ぶあたり、エステルも変わったお姫様だ。
ついでに紹介しておくなら、残り二人のお客様はエステルの護衛兼侍女の二人で、ニナとメルヴィだ。やや童顔で大きい方がニナ、落ち着いた表情で小柄な方がメルヴィである。
「姫様がこちらに滞在したいという旨、聞き及んでおります」
「すまない。迷惑をかけるな」
「いいえ。異世界に接している以外は何もない基本的に平穏な小さな町で、こちらが心苦しいぐらいですわ」
にっこりとヴィエナが言った。結構な酷評であるが、そもそも人口四千人前後の街で、住んでいる者も城塞関係者がほとんどとなると、確かに何もない。異世界側で何も起こらなければ、わりと平和であるのも確かだ。
「ぜひ、城塞も見学したいのだが」
「そちらは城塞司令官にお話を通してありますので、詳しいものに案内させますわ。わたくしからは一つだけ」
「なんでしょう?」
ヴィエナは真剣な表情になると、エステルに言った。
「この街は、先ほど申し上げた通り、基本的に平和です。しかし、異世界に接しているだけあって、いつ何が起こるかわかりません。その場合は、姫様と言えど、わたくしたちの指示に従っていただきます」
「ああ。わかっている」
エステルが神妙にうなずいた。どちらかと言うと、護衛二人の方が問題のような気がするフレイであるが、あとで母にこっそり言っておこうか。
「それと、滞在場所ですが……城塞を希望されていましたが、さすがにそうはいきませんので、護衛しやすい場所を手配いたします。この街には、あまりホテルと言うものがなくて」
と、ヴィエナは苦笑しているが、本当にないのだ。いくつか思い浮かぶが、護衛しやすいか、と言うとそんなことはない。観光客とか、来ないし。
「そちらも、お任せする。……城塞に泊まれないのは残念だが」
「見学は可能ですよ。城塞を案内させようと思い、人を呼んであるんです。ヘリュ」
「はい」
ヘリュはうなずくと、一度町長室を出た。しばらくもしないうちに戻ってきたヘリュは、見覚えのある人物を二人連れていた。
「町長、すみません。一人いないんですけど」
ヘリュが連れてきたのは、少し真面目そうな私服を着た十代後半の少年と少女だ。二人とも金髪で、とても見覚えがある。
「あら、本当ね。エルノ、ラウハ。アイナはどうしたの?」
五年でだいぶ背丈が伸びているが、確かにエルノとラウハだった。二人が案内役らしい。確かに、エステルと年も近いし適任ともいえるが、どうにも不安を覚える二人である。
「……えっと。マリさんから電話がかかってきて、トゥオミさんとこの奥さんが産気づいたからって呼び出されて……」
記憶より少し落ち着いた声で言ったのはエルノだった。別れた時は、声変わりもしていないくらいだったのに。
「それで行ったの? あのワーカホリックは何をしているのかしらね」
ヴィエナが呆れてため息をついた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
作者も忘れがちですが、アイナは超絶マイペースという設定です。