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05.異世界からの来訪者








 初めて聞く警報にアイナが戸惑う。


「え、何これ」


 落ち着かずにきょろきょろするアイナに、エーレスが珍しく鋭い声で言った。


「何かが城塞の中に侵入したんだ! アイナ、街側の門がすぐに閉じられる。早く街に出るんだ!」

「え……っと」

「早く!」

「は、はいっ」


 常にないエーレスの強い言葉に、アイナはパッと身をひるがえした。エーレスが言いたいことはわかった。これは、異世界側から何かが城塞に侵入してきたと言うことらしい。この城塞は、人界との境界線だから、城塞に何かが異世界から侵入した場合、街側の城門は閉じられる。街に『異世界の何か』が侵入しないようにするためだ。

 そのため、その時に城塞にいた人たちは閉じ込められ、異世界の何かと対峙することになるのだ。そうなる前に街側に逃げろ、とエーレスは言っているのだろう。

 体力に自信のないアイナはすぐに息が切れた。階段を駆け下りていた彼女は、階段を踏み外して踊り場まで転げ落ちた。


「い……ったぁいっ」


 打ち付けた膝をさするが、すぐに立ち上がる。早く街へ出ないと。アイナだってまだ命は惜しいし、彼女がいたら、戦闘員たちの邪魔になる。彼らは、まだ子供のアイナを守ろうとするはずだから。

 だが、地上階に降りたアイナは、すぐに足を止めた。好きで止めたわけではない。進行方向にオオカミほどの大きさの生き物が現れたのだ。全体的に黒いが、しっぽが虹色だ。たぶん、異世界から流れ込んできた魔物。

 魔物が上げるうなり声に、アイナは震えた。怖い、と思った。お前の辞書に恐れと言う言葉はないのか、と言われるアイナでも、襲われるかもしれないこの状況は怖い。


「あ、ま、魔法……!」


 と思ったが、動揺し過ぎて魔法が発動しない。じり、とアイナは後ずさりした。


 彼女の怯えがわかるのだろう。より一層大きく吠えて、アイナは体を震わせた。魔物がとびかかってくる。


「……っ」


 恐怖からぎゅっと目をつぶったが、悲鳴をあげたのはアイナではなく魔物の方だった。アイナはそっと薄目を開く。

「アイナ、無事か!」

「あ……レイマ……」

 魔物を倒したのはレイマだった。長剣を片手に、アイナの肩を揺さぶる。

「怪我は?」

 アイナはふるふると首を左右に振った。レイマはほっとしたように「そうか」とうなずく。

「街側の城門、もう閉じちまった。シェルターに行くぞ」

 そう言うレイマは、アイナをシェルターまで送り届けてくれるつもりらしい。手を引かれたが、アイナは足をもつれさせて倒れそうになった。


「ちょっとごめんな」


 レイマは一応アイナに断りを入れると、片手で彼女を抱え上げた。まあでも確かに、アイナが走るよりも速い気はする……。

「アイナ!?」

「あ、ヨルマさん。よかった」

 シェルター付近でレイマはアイナを降ろした。たまたまそこにいたヨルマが駆け寄ってくる。

「大丈夫か!? つーか、街側に出なかったのか?」

「で、出られなか……っ」

 恐怖と、父と会えたことの安心感にのどが詰まって声が出ない。目が潤むのを感じるが、泣くまい、とアイナは唇をかみしめた。

「出る前に、魔物と遭遇しちゃって」

 アイナの代わりにレイマが言った。ヨルマがそうか、と言ってアイナを抱きしめて背中をたたく。


「よし、もう大丈夫だぞ。シェルターにいれば安全だからな」

「……うん」


 抱きしめられたらちょっと落ち着いてきた。ヨルマが苦笑する。

「じゃあ、俺も手伝いに行かなきゃいけないから、ここでおとなしくしてろよ」

「うん。気を付けてね」

 素直にうなずいてアイナはヨルマの頬にキスをした。ヨルマはでれっと笑み崩れると、もう一度アイナをぎゅっと抱きしめてその頭を撫でた。


「ああ。ちょっと行ってくるからなー」


 戦闘支援を、ちょっと買い物に行ってくるわ、くらいのノリで言った。


「アイナ、俺も支援に行くんだけど」


 ヨルマとのやり取りを見ていたレイマが、アイナに向かって手を広げる。アイナはレイマを見上げると、ちょいちょいと手招きした。ほいほいとレイマがしゃがむ。

「レイマも気を付けて」

 そう言ってレイマの頬にもキスをする。ヨルマが「レイマ、これ終わったら待ってろよ」と笑いながら言った。

「レイマは助けてくれたから、特別。ありがと」

「おう!」

 ヨルマの宣戦布告にびくっとしたレイマだが、アイナからの感謝の言葉に再び笑った。見送るしかできない自分が嫌になる。


「アイナ」


 先にシェルターにいた人たちに手招きされ、アイナは中に入った。丈夫な扉が閉じられ、ロックがかけられる。どれくらい閉じ込められることになるかわからないが、おそらく、一時間はくだらないだろう。

 シェルターにいるのは、非戦闘員ばかりだ。マリやエーレスはいない。マリは戦闘力があるし別にいいが、エーレスは大丈夫だろうか。別のシェルターに入ったのだろうか。

 異世界で何かが合えれば、キラヴァーラの街でも一応警報は鳴る。しかし、今まで何かあったためしがないため、平和ボケしている感はある。たいてい、城塞と異世界の緩衝地帯となっている場所で、それらは起きるからだ。


 だから、アイナがこうして実際に現場に居合わせるのは初めてだった。怖かった。あんなものに、ヨルマやペトラはいつも向き合っているのか。

 戦闘員がだいぶ減っているから、きっと、レイマやフレイたちも戦うのだろう。そう言えば、アントンは今日訓練に来ていたのだろうか。なんともないといいのだけど。

 シェルターの危機状況が解除されたのはアイナたちが入ってから二時間近く経過してからだった。一応、シェルターの中には数日過ごせる生活用品が備えてあるが、できればあんな狭いところにいつまでもいたくないので、アイナはほっとした。


 しかし、外に出ると、城塞の様子は一変していた。破壊された廊下、血や、よくわからないシミが浮かぶ壁。少し視線を走らせれば、魔物らしき遺体も見える。

 それに、人のようなものも……。


「アイナ!」


 駆け寄ってきたのは父のヨルマだった。彼もいくらか返り血を身にまとっているが、怪我はなさそうだ。

「父さん」

「無事だな」

「シェルターにいたんだから、当たり前。母さんは?」

「ペトラは強いからな」

 ヨルマはそう言ってアイナを抱きしめ、それから言った。

「すまん。俺はちょっと片づけを手伝ってこないと。あとで誰か寄こすから、街側の門が開いたら先に帰ってろ」

「わかった。でも、一人でも平気だよ」

 アイナがそう答えるが、ヨルマは「俺が心配だからダメ」と答えた。一緒にシェルターにいた非戦闘員たちもこれから片づけに入るのだろう。それぞれ持ち場に向かいながら親子の微笑ましいやり取りにくすくす笑っていた。


「……何なら、父さんと一緒に片づけ手伝おうか」


 却下されるのをわかっていての提案だ。ヨルマはこればかりは真剣な表情で「ダメだ」と言った。


「今回は、被害が大きかったからな……」

「……うん。わかった」


 ここは言われたとおりにしている方がよさそうだ。おとなしく帰って、父と母の帰りを待とう。アイナは、家で待っていれば両親が帰ってくるものだと、それが当然なのだと思っていた。この時までは。

「ヨルマ! ここにいたのか!」

 戦闘員の一人が駆け寄ってくる。頭に包帯を巻いていて、頭を打ったのだろうが走っていいのだろうか。

「アイナも一緒なのか……」

 彼はアイナを見てためらったように見えた。アイナは彼を見上げて首をかしげる。

「どうした?」

 ヨルマが促すと、彼はやっと口を開く。

「いや、その……ペトラが」

 思わず、アイナとヨルマが目を見合わせる。ほぼ同時に二人とも駆け出した。みんなが医務室として使っている場所に向かって。


 どうして当然だと思っていたんだろう。必ず、帰ってくるなんて保証、どこにもないのに。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちょっぴりシリアス。


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