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49.おじい様










 去年の夏、マキラ王国の王女エステルがやってきたのが遠い昔のことのようだ……と思いながら、アイナは彼女から届いたメールに目を通していた。もう一年も前のことである。なんだかんだで、アイナはエステルとやり取りをしていた。

 おそらく、エステルの侍女であるメルヴィが、アイナがエステルの従姉であると報告しているはずだが、今のところ何のアクションもない。っていうか、誰に報告したのだろうか。

 まあそれはともかく、アイナがエステルのメールを読み進めていると、判断に困ることが書いてあった。


「ん?」

「どうかしたの?」


 向かい側で勉強中のラウハが首をかしげた。先日無事に高等学校を卒業した彼女は、正式に城塞職員となり、魔工技師の訓練を受けている。勉強は、そのためのものだ。


「……何でもない」


 とりあえずラウハにはそう答え、明日、ちょっと聞きに行ってみようと思った。


「司令、今大丈夫? 大丈夫だね」

「……まあ大丈夫だが、勝手に人の予定を決めつけるな、アイナ」

 一応ノックをしたが、勝手に扉を開いて顔をのぞかせたアイナにヘンリクはツッコミを入れた。いくらなんでも遠慮がなさすぎである。

「いや、ちょっと緊急事態なんだよね」

 などと言ってみる。ヘンリクが「緊急事態?」と聞き返した。

「うん。昨日、姫様からメールが届いたんだけど」

「姫様から?」

 ヘンリクの顔つきが変わった。なんと書いてあった、と聞いてくる。

「またキラヴァーラに行くかもしれない、今度は祖父も一緒に! って。この祖父って私にとってもじーさんで間違いないのかな……」

「……本気で来るかもしれんなぁ」

 ヘンリクがため息をついた。アイナは顔をしかめる。

「何? 何隠してるの。禿るよ」

「なんで禿るんだ。お前、その口の悪さ誰に似たんだ」

 一応、ヘンリクの名誉のために言っておけば、彼はふさふさである。まあそれはともかくだ。


「なんでこんな危険な田舎までやってくるの」


 時代は立憲君主制とはいえ、一国の王様がやってくるところではない。そもそも、普通の人がやってくるところではないのだ。いや、一国のお姫様はやってきたけど。

「……少し前にな、首都にお前を派遣してほしいと言う依頼があった」

 王家からだ、とヘンリクは告げた。アイナは眉をひそめる。

「出張は請け負ってないよね」

「ああ。俺たちはキラヴァーラにいる限り、治外法権に護られているからな」

 普通は法律に護られているものだが、キラヴァーラの住人に関しては治外法権により守られている者の方が多かった。


 つまり、ヘンリクも断ってくれたのだろう。アイナはキラヴァーラ所属の職員であるし、そうである以上、この街を動けない。動いてはいけない。

 アイナが出張することを断られると、今度は自分からキラヴァーラに来ようとする。これはあれだ。エステルと同じパターンのやつ。自ら会いに来る、と言うやつである。


「……あれなの? ヘレナ王女は父親に可愛がられていたの?」


 ヘレナはアイナの生みの親であり、マキラ国王の娘である。ヘンリクは少し考えてから答えた。


「……まあ、そうだな。と言うか、たいていの親は子が可愛いだろう」

「そんな親から娘を奪った極悪人と言うわけだね、司令は」

「そんな親心をスルーする娘もいるがな」


 さらっとアイナのことを言われたが、ヘンリクの言葉通りスルーした。


「しかも、婚約者がいたんだもんね。それなのに別の男の子を産もうとしたわけだ……」


 よく考えなくても、スキャンダルになっただろう。国王はおそらく、アイナに会おうとして来るのだとして、エステルも同行してくるだろう。というか、エステルだけ来ればいいのに。

 可愛がっていた娘が生んだ子に。ただ会いに来るのか、何かたくらみがあるのかはわからないが、アイナにとってはうれしくない事態だ。

「……来ないでって言えないわけ?」

「言えたらこんなことになっていないな」

 さらっとヘンリクがツッコみ、アイナは逃げられないことを悟った。そもそも、言ったところで彼らは来るだろうし。

 とっさに逃げることを考えたが、現実的に考えて不可能だ。アイナはこのキラヴァーラを動けないし、引きこもって研究をしていても遠慮なく乗り込んでくるだろう。と考えると、待ち構えているのが一番安全なのかもしれない。


 まあ、問題はアイナよりヘンリクだろう。


「……来るものは仕方ないよね。ところで、司令は大丈夫なわけ?」

「心配してくれるのか」

 嬉しそうに言うヘンリクに、アイナは素っ気ない。

「別に。ただ、いきなり人が変わって体制が変わるようなことになったらやりにくくなると思っただけ。勘違いしないでよね」

「……お前、ホントにツンデレ」

 むしろ、五十がらみの男の口からツンデレと言う言葉が出てきた方がびっくりだ。まあ、アイナはヘンリクを父とは思っていないが、司令として信頼はしている。

「とにかく、何とかしておいてよね」

「善処しよう」

「うん。期待しないでおくよ」

 アイナはそう言って司令室を出た。実のところ、あまり心配はしていない。


 町長ヴィエナの元にも正式に通知があり、マキラ国王ヨアキムは長男の三番目の娘にあたる孫エステルを連れてキラヴァーラを訪れた。夏が始まったばかりのころである。この時期のキラヴァーラは、まだ涼しい。

「キラヴァーラ城塞へようこそ、陛下。お久しぶりです」

「貴様の顔なんぞ、二度と見たくはなかったわ」

 顔を合わせた途端にこれである。ロマンスグレーを通り越した、七十歳前後の国王であるが、背筋は伸びているしかくしゃくとしていた。一応、アイナはこの人の孫にあたるらしいが、会うのは初めてだ。

 いつぞやと同じく二階から階下を見下ろしていたアイナは国王ヨアキムの後ろにいる女性が手を振ったのを見て、同じように振り返した。エステルだ。彼女に会うのは純粋に楽しみだった。

「陛下はキラヴァーラに来るのは初めてですか。案内いたしましょうか」

「構うな。それより、ここにヘレナの娘がいると聞いているが」

「ああ、『私の』娘ですね」

 しれっとヘンリクが言ってのけ、アイナは「あんたの娘じゃない」と思ったが、首都に連れて行かれるくらいならヘンリクの娘でもいいかなぁ、なんて思っていた。


「アイナ!」


 呼ばれたので行くことにした。呼ばれなかったら行かなかったけど。ヨアキムは目の前までやってきたアイナはじっと見つめた。

「そうか。お前が。確かにヘレナの面影があるな」

 アイナは写真でしか実の母の顔を知らないが、父よりは母に似ているとは思う。ただし、ヨアキムの場合は母の思い出補正がかかっている可能性が高い。

「初めまして。アイナ・ハウタニエミと申します。エステル殿下にはよくしていただきました」

「いやいや。私の方が世話になったのだ」

 国王に対して最上礼を行ったアイナに対し、エステルが笑いながら言う。こういうところはさすがだなぁと思う。


 昔を懐かしむような目をしている国王を見上げていると、ヘンリクがアイナの背中をたたいた。何となく察した彼女は言った。

「陛下、場所を改めてお茶でもいかがですか」

「……ああ。エステルとも、積もる話があるだろうな」

 ここでは人目が多すぎる。移動したいが、ヨアキムはヘンリクの言うことを聞かないだろう。と言うことで、彼はアイナにわざわざ言わせたのだ。そして、ヘンリクのもくろみ通り簡単に釣れている。


 今回、アイナとヘンリクの目的は同じだ。穏便にヨアキムを追い出す事。まさかの親子共同戦線であった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次で終わり。の予定。


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