04.警報
「アイナ。お前、何してるんだ?」
家で工具を片手にカメラをいじっていると、背後からヨルマが声をかけてきた。アイナは顔をあげてヨルマに言った。
「カメラ直してる」
「いや、見りゃあわかるよ、それは。そうじゃなくて、なんで直してんだ? フィルムカメラなんて年代もの」
最近ではカメラもデジタルになっているのが普通だ。フィルムカメラは珍しい。アイナが修理しているその理由は。
「エーレスさんに、『練習』っていって渡されたんだよね」
アイナもこういうのは嫌いではないので壊れた部分を修理している。物はよさそうなので、ここを直せば使えるようになるだろう。
「へえ。お前、すごいよなぁ。魔法しか取り柄がない俺とは違うわ。さすがは俺達の娘」
「私は父さんの魔法もすごいと思うけど」
「……優しいなぁ、アイナ。父はうれしくて涙が出そうだぜ……」
「父さんって年がいないよね」
「そしてこの毒舌である」
知識はどれだけあっても困るものではない。アイナは魔法構築学を主にしているが、魔法工学などにも興味はある。魔法工学をかじるのなら、普通の機械工学も学んでおけ、と言うのがエーレスの指示だった。技術もあって困るものではないし。
アイナはツンデレだとよく言われる。ヨルマはアイナの実の父ではないが、こうして可愛がってくれるのが本当にうれしい。だからこそ出る憎まれ口でもある。
「つーかお前、女の子が胡坐かくな」
カーペットにじかに座り、胡坐をかいて修理をしていたアイナに、ついにヨルマはダメ出しをした。まあ、アイナもラウハに比べて女子力が低いとは思う。
「それ、母さんに育てられた私に言われても無駄だと思うんだよね」
「……いや、まあ、ペトラも男気があるやつだけど……むしろそう言うところに惚れたんだけど……」
「そう言う惚気はいいから」
さすがのアイナも、親の惚気話を聞けるほど人間できていない。
最後にフィルムをセットして蓋を閉める。フィルムも最近ではめったに売っていない。
「ためしに何か撮ってみようかな」
「直ってるか確かめるのに? じゃあ、もうすぐペトラが帰ってくるから、家族写真にしようぜ。せっかくだし」
「……うん。いいかも」
アイナがうなずいた時、タイミングよくペトラが帰ってきた。彼女は今日、城塞に訓練に出ていたのだ。
「たっだいまー。って、何してんの、二人とも」
何故かテレビの前のカーペットに直接座っている夫と娘を見て、ペトラが首をかしげた。ヨルマが「よお」と手を上げる。
「ちょうどよかった。写真撮ろうぜって言ってたところでな」
な、と同意を求められたアイナがうん、とうなずく。
「うん。そう。母さんお帰り」
「このタイミングで!? ただいま!」
ツンデレでマイペースなアイナである。ヨルマがどこからか三脚を探してきて、セットし始めた。テレビを背景に写真を撮ることにしたらしく、ソファをどかしていた。
「いまどきフィルムカメラなんて珍しいねぇ」
ペトラがアイナが直したカメラを見ながらしみじみと言った。まあ、みんなそう言いたくなるくらいは珍しいと言うことだ。
「動作確認ってことで、一緒に映ってよ」
「もちろんいいよ。可愛い娘の頼みだし」
「……あのさ。父さんも母さんも親ばかだよね」
アイナが常々思っていたことを言うと、ハウタニエミ夫妻はそろって真剣な顔で言った。
「アイナが可愛すぎるのが悪い」
「……」
親より冷静な娘。この場合の対処法は?
「……あ、そう」
クールと言うか塩対応。よくレイマやフレイに泣かれている。対応が雑すぎて。
「とにかく写真撮ろうぜ」
「あ、私、コート着たままだ」
ペトラがいそいそとコートを脱いでアイナの左手に立つ。ヨルマはカメラのタイマーをセットしてから回り込んで、アイナの右側に立って彼女の肩に手をまわした。
愛されているなぁと思う。それは、とてもうれしい。その愛情にかまけてばかりではだめなこともわかっている。だから、アイナはシャッターが下りる寸前に言った。
「大好きだよ」
そう言ったアイナは、今まで写った写真のどれよりもいい笑顔で家族写真に写ることになった。
△
また、戦争に戦闘員が徴兵されていった。今回は十二人。段々、一度に徴兵される人数が増えてきている気がする。まだキラヴァーラは徴兵を始めたばかりだから人が多いと思っているのだろうか。もともとの人口が少ないのに。
ハウタニエミ宅の向かいの家のお兄さん、アキも徴兵されていった。彼には兄もいたが、その兄もすでに徴兵されていた。数か月前に、死亡した、との連絡が来たのも知っている。
アキもその兄も、お向かいさんの女の子であるアイナに何かと気を使ってくれた。アキはアイナを見るたびに「かわいいねぇ」と言ってきたが、悪気があるわけではない。自称フェミニストの子供好きなのだ。正直うざいと思うこともあったが、もう聞けないのかもしれないと思うとさみしい気もした。
次々といなくなっていく。昨日まで笑っていた人が、今日にはもういない。がりがりと心の柔らかい部分を削り取られていくようだ。
次は、ヨルマやペトラかもしれない。ヨルマは魔導師で後方支援員だが、その攻撃魔法には定評がある。ペトラは女性であるが、その戦闘力には目を見張るものがある。
今の戦争は、銃や戦闘機、駆逐艦などの数がものを言う。それでも、連れて行かれる戦闘員たち。この城塞を護る彼らは、その性質上、剣を手に戦っているのに。
人が減っていくから、アイナやアントンが城塞に行くことも増えた。二人も、もうすぐで十五歳を迎えるから、そう遠くないうちに正式に城塞の職員になるだろう。となると、そろそろひとつ年下のエルノあたりが城塞に上がってくるようになる。
「……十五歳になったら、アントンたちも徴兵の対象になるのかな」
魔法陣の計算をしながら、アイナがつぶやいた。それを見ていたエーレスが「そうだねぇ」と返す。
「たぶん、徴兵は今、十六歳以上が対象だけど……だんだん対象年齢が下がっているから、わからないね」
「……そうだね」
エーレスが手袋をはずし、素手でアイナの頭を撫でた。
「アイナ、みんなのことが好きだね」
「うん」
「……素直な答えにビックリしたよ」
普段、アイナはそれだけツンデレを発揮していると言うことだ。いや、ツンデレじゃないかもしれないけど。
「戦争がなくても、ここはどんどん人が死んでいくところだ。……だから、覚悟はしているつもりだけど、やるせないね」
「……」
エーレスも、大切な人、というか、思い人を亡くしている。年上の女性で、エーレスの片思いだったそうだ。彼女は十年近く前に亡くなり、その忘れ形見であるラウハを、エーレスは大切に育てている。
「ねえアイナ」
「何?」
「僕に何かあったらさ、ラウハのこと、よろしくね」
アイナははかなげな容姿のエーレスをきっと睨み付けた。
「なんで、そんな事、私に言うの」
「アイナはしっかり者だから」
「……そんな事、聞いてない」
アイナがかぶりを振ると、エーレスは壁に寄りかかって座り込み、言った。
「アイナは優しいね。怒ってくれるんだ」
「怒ってない」
「はいはい」
慣れているから、エーレスはアイナの意地を笑って受け流した。
「僕は、きっと徴兵はかからないし、この先きっと戦闘に出ることもないと思うよ。でも、僕の体はどこまで持つかわからない。今までは漠然とそんなに長生きできないだろうなって思っていたけど、最近はいなくなっていくやつが多いから……」
「……現実味を帯びてきた?」
「うん。そう。アイナ、はっきり言うねぇ」
苦笑するエーレスは体が弱い。マリもそんなに長く持たないだろうと言っているそうだ。だから徴兵はかからないだろうし、戦闘に出ることもないだろう。でも、死ぬ可能性は……誰にだってある。その可能性が、エーレスは他の人よりちょっと高い。
「ごめんね。きっと僕がいなくなっても、アイナは悲しんでくれるのにね」
「まだ学びたいことがあるから、いなくなられたら困る」
「素直じゃないなぁ、アイナ。そう言うところが可愛くもあるんだけど」
さて、休憩はこれくらいにして、とエーレスが立ち上がった時、めったに聞かない警報が鳴った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あからさまにフラグ。