48.ご注意ください
再開です。
エステルたちがキラヴァーラを後にしてからひと月ほどたった。経ったが、ラウハだけは相変わらずアイナと一緒にハウタニエミ宅に暮らしていた。あれだけ大勢で暮らした後、今更一人暮らしに戻るのが耐え難いらしい。正直アイナも同じ気持ちなので、ラウハがいてくれることはうれしい。
「あ、もちろん、アイナが結婚するときは出て行くよ!」
と言うのがラウハの言であるが、むしろ彼女の方が先に結婚する気がする。
そのラウハはそろそろ卒業試験と言うことで勉強中である。今日は学校がないのだ。いや、正確には登校日であるのだが、ものすごい暴風雨で休校になったのだ。城塞職員であるアイナですら外出禁止令が出ていて外に出られない。明日には前線が抜けていくだろうから、それまでの辛抱である。
アイナたちが外に出られないのなら、キラヴァーラ城塞にいる職員たちも外に出られない。つまり、たまたま城塞にいた者たちは全員、明日、この暴風雨が収まるまで城塞を出ることができない。それはそれで不運だな、と思う。
「雨も風も全く弱まってこないねぇ」
雨の音に気をとられたらしいラウハが言った。確かに、弱まる気配すら見せない。
「外出禁止令が出るくらいだしね。実験、いいところだったのに」
たぶん、城塞に残っているみんなが続きをやってくれているとは思うが、この暴風雨で魔導師たちが対処にあたっている可能性もある。
「アイナ、そればっかり……まあ、あたしたち二人くらいなら、明日まで持つでしょ」
「天気が崩れることはわかってたから、食料は確保してあるもんね」
アイナだけならどうなっていたかわからないが、ラウハはちゃんと食料を確保してきていた。
テレビをつけてニュースを見ると、マキラ国内の各地で暴風雨で被害が出ているらしい。土砂崩れや川の決壊、停電なども起こっているらしい。
「け、結構ひどいんだね……」
ニュースを見たラウハが緊張気味に言った。アイナは「そうだね」と相槌を打つ。キラヴァーラは、ここまでの被害が出る可能性は低い。
「キラヴァーラは土砂崩れが起きるような山はないし、停電も起こらない。川の決壊だけは注意しておかないとだけどね」
「キラヴァーラは科学と魔法で生活を成り立たせてるもんね……」
どちらかが途絶えても、どちらかが補う。そう言う風に出来ているのだ。
つまり、実際的な被害は出ないだろうと言うことだ。住人達が好んで外に出なければ。
外が光り、次いで、ごろごろと音が鳴った。雷だ。ラウハがきゃーっと悲鳴をあげる。本気で怖がっているわけではなさそうだ。キラヴァーラに住んでいると、超自然現象に耐性がついてくるのである。暴風雨も雷もただの自然現象だ。
「今の、結構近くに落ちたんじゃない?」
「……まあ、結界を突き抜けることはないだろうし……火の手も上がってないみたいだし」
「……アイナってさ、そう言うのわかるの?」
「結界を突き抜けて来たらわかるよ」
この場合に結界とは街を覆う結界のことだ。別にアイナが関与しているからとかそう言うことではなく、覆う規模が大きいために突き抜けてくると感知できるのだ。
ラウハの勉強を見たり、ゲームをしたりしていると、唐突に家の電話が鳴った。アイナが出ないことでおなじみ、固定電話である。エステルたちがいる間は、よくアイナ以外が出ていた。
「はい、ハウタニエミです」
『おー、アイナ~?』
電話をかけてきたのはセルマだった。彼女が電話してくるとろくなことがない気がするのはアイナだけだろうか。
「なに? どうしたの?」
アイナが尋ねると、セルマはいつも通りの間延びした声で言った。
『いやー、今さ、家?』
「……まあ、そうだよね。外出禁止命令が出てるもんね」
嫌な予感がしつつ、アイナは答える。電話の相手であるセルマは、城塞にいるのだろう。
『なんかね、川が氾濫しそうなんだって。今こっち人手が足りないくらいだから、見に行ってほしんだけど』
「……それ、私に死ねって言ってる?」
外は暴風雨だ。アイナの体など簡単に吹き飛んでしまいそうである。そもそも、川の氾濫はどちらかと言うと役所の管轄になるはずだが、まあ、そんなことは言っていられないのだろう。どちらにしろ、川の防波堤には魔法陣が使われている。
『アイナさーん!』
「……わかった。行ってくるよ」
断れない自分が嫌になる。電話を切るとラウハに向かって言った。
「ちょっと川の様子見てくる」
「ええっ? 危なくない? 一緒に行こうか?」
「余計危ないから遠慮しておく」
ラウハを連れて行くのはリスクが高いと思い、アイナは断った。彼女はぷくりと膨れた。
「何それ~」
「まあおとなしく待ってなよ。万が一戻らなかったら城塞に連絡入れて」
「わかった。司令なら探してくれそうだね」
などとラウハは言ったが、本当にヘンリクなら探しにきそうで何とも言えない。
アイナはとりあえずの雨の装備を身に着けると、家を出た。出た瞬間に体を持って行かれそうになる。
「……っ!」
悲鳴を上げられないほどの暴風だった。思ったより寒くはないが、たたきつけるような雨が痛い。何とか魔法障壁で自分のまわりの雨だけは緩和するが、対象が明確ではないので完全には防げない。
だが、歩けないことはない。なので、アイナはゆっくりと歩き出した。
川までは通常、歩いて十五分ほどだが、三十分以上かけてたどり着いた。そして、なるほど、と思った。土手から見下ろしている……というか、土手と同じくらいにまで水面が来ていて、氾濫しかかっている。自然の猛威により、魔法陣が破れかけているらしい。
「……イナ!」
名を呼ばれて気がして目を眇めて周囲を見る。少し離れたところに人影が見えた。二人分。近づいてくると、フレイとアントンであることが分かった。
「何!? 城塞から派遣されてきたの!?」
叫んでいるのは、そうしないと声が聞こえないからだ。大声でも聞き取りづらい。
「家にいたら電話がかかってきた!」
フレイが答えた。アントンもうなずいていることから、彼も同様だとアイナは判断した。手当たり次第に電話をかけているのだろうか。
「それで、どうするんだ!?」
「洪水対策の魔法陣を強化する! フレイ、手伝って!」
「良くわからんがわかった!」
どっちだ、と聞きたいような返答をフレイはした。アントンは魔法を使えないので川の流れを見ていてもらうことにした。いや、魔法に集中して鉄砲水を避けられなかったとかになったら本当にシャレにならない。
アイナはざっと必要な計算をすると魔法構築式を組み立てていく。フレイが同時進行でそれを魔法陣に変換していく。戦えるしこういうこともできるし、便利な男である。
順調に魔法陣をくみ上げ、少し水を押しやった。勢いはそがれないけど。
とにかく一旦撤収だ。アイナの家が一番近いのでそちらに向かった。フレイもアントンも黙ってついてきた。
「ただいまー」
「おっかえりー」
奥から出てきたラウハはずぶ濡れの三人を見て「わっ」と声をあげた。
「大丈夫!? ってか、なんでフレイとアントンが一緒なの?」
「私と同じで、川を見て来いって言われたんだって」
「へえ~。あ、タオル持ってくるね」
アイナの分しかタオルを持ってきていなかったので、ラウハはタオルを取りに戻った。アントンが「すっかりなじんでいるね」とつぶやくように言った。
「ま、もう一年近く住んでるからね」
なんだかんだでそれくらい経つ。追加のタオルを持ってきたラウハは、それをフレイとアントンに渡した。三人はざっと水気をぬぐって家の中に入る。アイナはとりあえずセルマに連絡を入れ、魔法陣を強化したことを告げた。
いつまでも濡れたままでいるわけにはいかないのでシャワーを浴びて着替えろ、とラウハがせかした。シャワーを浴びてきた彼女に、ラウハは言った。
「ね、アントンってアイナの服、着れるかな」
身長同じくらいよね、とラウハは何気に残酷なことを言う。確かに、アイナの服はユニセックスなものが多いし、アントンにも似合うとは思うが。
「体格が違うから、入らないんじゃない?」
背丈は同じでも体格は違う。肩幅的に、入らないのではないかとアイナは思う。
と言うわけで、ラウハはアントンにアイナの服を着せるのをあきらめたらしい。フレイたちがまだこの家にいたころの服がしまってあったので、それを着せることにした。
「二人とも今日は泊まってくでしょ」
アイナが当然、とばかりに言った。フレイが苦笑を浮かべる。
「まあ、この雨の中また外には出たくないな」
「俺もだ」
アントンも同意したので、二人は一日お泊りである。ラウハが張り切ってご飯を作った。
「悪いな、また世話になる」
食器の片づけを手伝いながら、フレイが言った。アイナはちらっと窓を見た。風が窓枠をがたがた揺らしている。夜中には低気圧が通り過ぎる予定だ。
「ううん。外に出して遭難しても困るし」
「はは……この状態だと、洒落にならないな」
フレイが苦笑を浮かべて言った。アントンがラウハに甘いものを食べたい、などと訴えている。ここもここでなじみ過ぎである。
「前に使ってた部屋使っていいけど、シーツは自分たちでしいて」
「お前、ぶれないな」
翌朝、空はからりと晴れていた。昨日の大雨が嘘のようである。魔法で護られたキラヴァーラであるが、復旧しなければならないところも多く、魔導師や技術者たちは雨の上がった街を駆けまわることになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
再開しましたが、あと二話くらいで完結の予定であります。




