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47.別れ









「実はな、アイナ」


 キラヴァーラ侵攻があってから一週間ほどたったころ、ハウタニエミ宅の食卓でエステルがアイナに話しかけた。エステルも、あと三日ほどで首都に帰ってしまう。


「私がキラヴァーラに来たのは、叔母のヘレネがたどりつくなら、ここしかあり得ないと思ったからなんだ」

「……」


 ヘレネ王女は、ついに見つからなかったのだと言う。そんな彼女がたどりつくとしたら、このキラヴァーラしかあり得ないのだ。

「ヘレネ王女が身ごもっていたのは知っていたからな、会えるのなら、その子に会ってみたかった」

 そして会えた、とエステルは微笑んだ。アイナは首をかしげる。

「会っても面白くはなかっただろ。というか、いつから気づいていたんだ?」

「いや、ずいぶん面白かったが……そうだな。確信したのは私の精神干渉魔法に同調してきた時だ。でも、もしかしたらと思っていたのはほら、隠し部屋の事件のあと、お前、鎮魂歌を歌っただろう?」

「……歌ったかもね」

「その時だ。あ、もしかしたらアイナがって思ったの」

 エステルが気づいたのは、彼女が初めからヘレネの子がキラヴァーラにいるかもしれないと思っていたからだ。他のレイマやフレイは気づいていなかったようだし。

「じゃあ、アイナって本当に王女様なんだ……」

 あの時いなかったラウハが衝撃の表情を浮かべた。いや、そもそも存在を認識されていないだろう。亡きヘレネ王女がどういう風に扱われているのかわからないし。エステルといとこ同士であることは変わりないけど。

「別にだからと言って何が変わるわけじゃないよね。私がキラヴァーラの外に出ることはありえないし」

「……そうか、だからお前はキラヴァーラから出たがらなかったのか」

 やっと得心がいった、とばかりにフレイがうなずいた。治外法権であるキラヴァーラ内では守られている彼女も、一歩外に出れば簡単に捕まり、首都に連れて行かれる可能性がある。だから、彼女は外の街に出かけることはあっても、外に住もうとは思わなかった。


「ま、そう言うこと」


 アイナはうなずき、水を口に含んだ。


「……もうすぐ、姫様たち帰っちゃうんですね……」


 ラウハがため息をついて言った。彼女たちがやってきてからもう半年が経つ。すっかり、生活の一部になっていたのだ。


「さみしいけど、永遠に会えないわけじゃないからな」


 エステルが笑って言った。彼女たちが帰る前日、つまり明後日の夜送別会だ。エステルは結構、こういう俗っぽいものにも乗ってくれるのである。こういうところもあって、キラヴァーラになじんでいったのだろう。

「荷物も片づけなければなりませんね」

「結構散らばってるよねぇ」

 メルヴィとニナも顔を見合わせて言った。まあ、半年も住んでいれば物は結構散らばる。集めてこなけれなならないだろう。

「アイナ、置いていけるものは置いていってもいいですか?」

「……いいけど」

 あとで処分することになるだろうなぁと思う。置いていくものと言えば、大半が服だろう。この三人が着ていた服はアイナには似合わないのである。


 私物の片づけや司令や町長への挨拶、さらに片づけなどをしている間に、あっという間に別れの日の前日だ。初めてエステルが来たときと同じレストランで送別会である。いわゆる歓迎会の時とは比べ物にならないほど人が集まっていた。


「今日ばっかりは城塞も開店休業だねぇ」


 アイナの隣でニコニコしているラウハはそう言ったが、それはちょっと意味が違うのではないだろうか。言いたいことはわかるけど。つまり、いつも仕事をしているような城塞職員たちも、みんなここにきている、と言うことだ。どうしても仕事を抜けられない人たちからは、明日見送りに行きます! という伝言を預かっている。半年の間に、エステルも慕われたものだ。

 その間に魔獣が攻めてきたりしたらどうするのか、という問いは無粋である。誰も口にしなかったし、魔獣たちも空気を読んだのか攻め込んでくることはなかった。


 アイナは飲み比べでヘンリク(実の父親)をつぶした後、風にあたってくる、と言って一度店を出た。春とはいえ、この最北の地はまだまだ夜は冷える。

「アイナ」

「何? びっくりしたんだけど」

「まったく驚いたようには見えませんが」

 冷静にツッコミを入れたのはメルヴィである。アイナも気配には気づいていなかったので、指摘の通りさほど驚かなかった。

 アイナと同じく店を抜け出してきたらしいメルヴィはここからでも存在感を放って見えるキラヴァーラ城塞を見る。


「すっかり見慣れてしまいました。帰るのが残念です」

「そう」


 そっけなく答えたアイナだが、その後に言葉を続けた。

「……私も少し、寂しいかな」

 エステルたちがいる間、にぎやかだった。ここ五年ほど、一人しかいなかったハウタニエミ宅に、大勢の人が居たのだ。

「……楽しかったよ」

 そう。楽しかったのだ。育ての両親が亡くなっても、彼女は、実の父親の元へ行くことはしなかった。アイナにとって、父と母はヨルマとペトラしかあり得ないのだ。

 だから、思い出の詰まった家で暮らし続けた。それでも、寂しかったのだと思う。もう帰ってこない人たちとの思い出が詰まった場所で暮らしているのは。


 だけど、その思い出もまた上書きされた。もう、あの家で暮らしていても寂しいとは思わないだろう。まあ、エステルたちと別れるのはさみしいけど。


「……そんなアイナに、言っておかなければならないことがあります……」


 神妙な顔つきで言うメルヴィに、アイナは首をかしげた。

「メルヴィが、私のことを探っていたってこと?」

「気づいていたのですか!?」

 大声を出したメルヴィははっとして周囲を見渡す。幸い、誰も聞いていなかったようだ。メルヴィは少し音量を下げた。

「……いつから?」

「最初から、メルヴィはニナみたいに純粋に姫様の護衛じゃないだろうなとは思ってた。まあ、確信したのは姫様が私の正体を言い当てた時かな」

「……顔色、変わりました?」

「変わらなかったね。でも、口挟んでこなかったし」

 ちょっとした違和感だ。でも、しばらく見ていて気が付いた。それだけ。メルヴィがため息をついた。

「アイナ……本当に姫様の従姉なのですね。そう言うところ、そっくり」

「司令に似てると言われるよりはいいね」

「アイナ、どれだけ指令のことが嫌いなのですか」

「嫌いと言うか、うっとおしいだけ」

「完全に反抗期じゃないですか」

 指摘されて、アイナもうっかりそうかもしれない、なんて思ってしまった。


「……アイナ。私は、首都であなたのことを報告する義務があります」

「……まあ、仕方ないよね。言ってくれるだけ、ありがたいもんね」


 メルヴィはアイナに何も言わずに報告することだってできたはずだ。だが、そうしなかった。


「一応、私はあなたのことを友人だと思っていますから」


 メルヴィに言葉に、アイナは微笑んだ。


「ありがと。私もだよ」


 翌日、アイナは街境までエステルを見送りに来ていた。別れに大泣きしているニナと、それにつられて泣きだしたラウハをあやしつつアイナも別れを告げる。

「それじゃあ元気でね。無茶しないでよね」

「ははっ。ぶれないなぁ、アイナは。そちらも、無理せず三食食べて夜は寝ろ」

「……善処する」

 その間が気になるなぁ、と言われつつも、エステルは言った。

「では、また会おう、従姉殿」

「姫様、お元気で」

 手を差し出されたので握り返すと、ぐっと手を引かれた。そのままぎゅっと抱きしめられる。

「会えてよかったよ」

「私も」

 少しだけエステルを抱き返し、体を離すと今度こそ彼女らを見送った。見送りに来ていた住民たちが一斉に声を上げるので、何を言っているのか全く分からん。

 アキの運転する車が見えなくなるまで見送ったあと、アイナはため息をついて自分にしがみついているラウハを引きずりながらさみしくなった家に帰った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


誠に勝手ではございますが、一週間ほど更新をお休みします。

ちょっとリアルが立て込んでおりまして……。あと三話くらいで終わりなのですが、きりがいいので。

読んでいる人がいるのかわかりませんが、よろしくお願いします。



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