46.その秘密
無事な城塞の中で、アイナは左肩から弾丸を抜いてもらった。結局マリにやってもらったのだが、思わず悲鳴を上げるくらいには恐怖を覚えた。何よりにやっと不気味に笑うマリが怖い。
マリに治療してもらったアイナは、そのままエステルたちがいる司令室に向かった。ノックして部屋に入る。
「よう、アイナ。大丈夫か?」
振り返って手を振ってきたのはカウコだ。戦闘員を統制しているのはヘンリクだが、後方支援になる魔導師たちを統制しているのは彼だったりするのだ、実は。まあ、場合にもよるのだが。今回は魔導師長が戦闘に出ていたのだろうし、後方に残っているのが彼くらいだったのだろう。
「私は平気だけど」
「悲鳴がここまで聞こえてたぞ」
「んなわけないでしょ」
とツッコミを入れたが、そのツッコミが悲鳴をあげたことを肯定していることに後から気づいた。まあいいけど。
結局、攻め込んできたのはMMM商社の私兵、というか、民間兵らしい。社長のグレヴィリウスが極秘で雇っていた者たちだ。数はおよそ五百で攻め込んできており、戦車五台を含む重火器等もすべて沈黙している。
キラヴァーラ側の戦闘員は約二百だったそうだ。途中で勝手に乱入したりがあったので、正確な数を把握できないらしい。そのうち、約半数が魔導師だった。相手側に五百人中二十人程度しか魔導師が確認できなかったことを考えると、驚異の確率である。
アイナとエステルの精神干渉魔法が広まったころには、ほぼ鎮圧し終えていたようだが、これがトドメになった。耐性のないMMM商社の民間兵たちは精神的な苦痛に悶えて気を失ったと言う。我ながら恐ろしい魔法だと思う。
「ちなみに、被害の方は?」
エステルが真剣な顔をして尋ねた。これも、確認してきたのはカウコらしい。
「MMM商社側は、死亡者が十人、負傷者がほぼ全員。こちら側は死者はゼロ、負傷者は約百人ってところですかね~」
「そ、そうか。すごいな」
さすがのエステルもちょっと引いたらしい。倍以上の人数の相手と戦っていたのに、被害がそれだけとは。この被害には街の住民も含まれているので、みんな無事に逃げたと言うことだ。
「と言うかこれ、どう処理するんです? 一応、動乱になるんですか? でも、ここ治外法権なんですよね」
「……うむ。難しいところだ。こちらは攻め込まれた側だから訴えることはできなくはないが、そもそも、キラヴァーラの住人には他から追い出されてきたものも多いわけで」
ヘンリクも顔をしかめて言った。アイナは冷静に言った。
「じゃあ、MMM商社に直接訴えればいいんじゃない? 司法を通そうと思うからややこしくなるんだし。……あ、これ、恐喝?」
さらっと怖いことを言うアイナに、ヘンリクは「そんなふうに育てた覚えはない」と言いだす。別にヘンリクに育てられた覚えはない。
「しかし……そうだな。アイナの言うとおりだ。司法を通せば、こちらも痛いところをつつかれるからな。特に俺とマリ、アイナは危ないな……」
「それに、姫様がいることも知られない方がいいんじゃないの」
「そうだな」
ヘンリクとアイナの会話に、「やっぱり似ているな」とエステルが笑った。結局、MMM商社に直接圧力をかけることになりそうだ。もう攻めてこない、という確約が取れれば、それでよい。
「しかし、珍しい事態になったな」
「ですねぇ。俺がキラヴァーラに来てから始めてじゃないですか」
「それどころか、俺も初めての事態だ」
「マジですか」
二十年以上このキラヴァーラにいるヘンリクが初めてと言うことは、本当に珍しい事態なのだろう。ここで、素直なニナが首をかしげた。
「キュリーネン司令は、二十年間ずっと司令なんですか?」
「ああ、まあ、そうだな」
「長いですねぇ。何でキラヴァーラ城塞に来たんですか? ここで生まれたんですか?」
「いや、俺は首都の生まれだな」
娘ほどの年のニナに、ヘンリクは愛想よく答える。まあ、強面だけど。そこまで聞いて、エステルは何かを察したようだった。
「……アイナ、聞いてもいいか?」
「どうぞ」
何を聞かれるかは、何となくわかる。
「司令は、お前の父親だな?」
「私の父はヨルマだよ」
「いや、そう言うことじゃなくて、実父と言う意味で……」
「冗談だよ。よくわかったね。似てないのに」
あっさりと答えたアイナに、その場のほぼ全員が「ええっ」と驚いた声をあげた。アイナとヘンリクの顔を見比べる。
「……全然似てないよ!」
ニナがまたも素直に言った。この子は、素直に口に出して核心に迫っていく子だ。
「私、母親似だもん」
「……いや、ペトラさんにも似てないだろ!」
「そっちの母親じゃない!」
たぶん、本気で言ったレイマにツッコミを入れる。この場合の母親は、生母に決まっている。
「と言うかお前、気づいていたのか」
「時系列的に考えればわかるよね。絶対に指令をお父さんなんて呼ばないけど」
呼んでせいぜい馬鹿親父である。もちろんヘンリクはアイナが自分の娘であることに気付いていただろうが、アイナが気づいていたことには気づいていなかったらしい。
「……似てないって言ったけど、思考回路とかすごく似てるしね。司令もあからさまに私のこと気にしてるし」
うぐっとヘンリクが詰まった。贔屓している自覚はあったらしい。
ほかにもさまざまな要素を集めて考えれば、おのずと答えは出てくる。DNA検査なんてしなくてもわかる。アイナはヘンリクの娘だ。
「……なら、アイナは私の従姉だな」
にこりと笑ってエステルは言った。アイナは眉を吊り上げる。まあ、それはそうなのだけど。
同じ種類の音律精神干渉魔法能力を持っていた。遺伝性の強い精神干渉魔法だ。まったく同じ種類を持つ場合、血縁がある可能性が高い。そして、事実、エステルとアイナは血縁がある。
アイナの生みの母は、身重のままキラヴァーラまでやってきて、そこで出産したのだと言う。その子は、結婚したばかりのハウタニエミ夫妻に引き取られた。
そもそも、何故、アイナの生みの母はキラヴァーラまでやってきたのだろうか。当時を知っている人に聞くと、アイナの生みの母は首都なまりのあるマキラ語を話していたと言う。首都出身のヘンリクと同じ言葉を。
彼女は、ヘンリクを追ってここまで来たのだ。そして、彼の娘を産み落とした。
ヘンリクは元軍人で、事情によりキラヴァーラ城塞に追いやられた。その事情と言うのが、当時婚約者のいたマキラの王女と関係があったことだ。このマキラの王女と言うのが、アイナの生みの母である。
これに父親である国王が立腹し、ヘンリクはキラヴァーラへ左遷された。しかし、この王女がアグレッシブな人で、宮殿を抜け出しヘンリクを追って行った。このころには、腹にアイナがいることがわかっていたらしい。
マキラの王女……ヘレネと言うらしい……は、軍に身を置く女性だった。そこで、ヘンリクと出会ったのだろう。年齢からして彼が上官だったはずだ。
アイナに受け継がれた強力な精神干渉魔法は、ヘレネからの遺伝だ。この力を使って、ヘレネは追ってから逃げ回っていたらしい。キラヴァーラは治外法権なので、足を踏み入れてしまえばこちらのものだ。
ヘレネ王女はエステルの父、王太子の妹姫にあたる。そのため、アイナとエステルは紛れもなくいとこ同士なのだ。
まあざっくりと、こんな感じだろうか。隠すようなことではないと思うから、アイナは隠しているつもりはないのだが、キラヴァーラでも知らないものは多い。キラヴァーラには様々な事情のものが集まってくるため、下手に詮索しないようにしているのだ。例えば、アイナだってマリが何をやらかして首都の学会を追われてきたのか知らない。
「……じゃあ、アイナは実の父親がいるのに別の夫婦に引き取られたってこと?」
ニナがまたもその素直さで尋ねてきた。ヘンリクがヘレネの子を引き取らなかったのは、その子の父親が自分だと露見しないようにするためだろう。誰にかと言うと、ヘレネの子……つまりアイナに。
「……まあ、引き取られたところで家出してただろうね」
さくっと言ってのけたアイナに、ヘンリクは心なしか肩を落としたようだった。親の心子知らず、とはこのことだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アイナのお母さん、名前ヘレナだったかも知れない……。




