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42.冬と言えば









 すっかり雪が積もり、キラヴァーラに本格的な冬がやってきた。そして、この時期に必ず流行るもの、それが風邪である。いつもより人口の多いハウタニエミ家にも、風邪が侵入してきた。


 最初に風邪にやられたのはニナだった。いつも元気なニナがおとなしいと、家の中も静かだ。

 続いて看病をしていたラウハとメルヴィが倒れた。この二人がいないと、食事の準備が滞ってしまう。エステルとニナは戦力外であるので、男性陣二人が手伝ってくれた。

 さらにエステルとフレイも罹患し、レイマ、アイナと続いた。ハウタニエミ家最後の患者となったアイナは年越しをベッドの中で過ごすことになった。

 キラヴァーラ城塞に住まうものとしてアイナもそこそこ体力があるつもりだが、すぐに回復した職種正規戦闘員であるフレイやレイマ、ニナには及ばないらしい。彼女は年末も年始もベッドの中で眠っていた。


「アイナ~。起きてる?」

「……起きてる」


 声をかけられて、アイナは目を開いた。まだ少しボーっとする。様子を見に来たラウハは、アイナの額に手を当てる。

「まだ熱あるね。黙ってればアイナってただの美人だよね」

「うるさい……」

 ラウハはアイナの弱弱しい切り返しに「あはは」と笑った。


「苦しいでしょ~。アイナ、ここ数年熱出したことないもんね」


 アイナは、育ての親が亡くなってから、風邪と言うものを引いたことがなかった。まあ、多少体調が悪くても寝れば治るとばかりに放っておいただけだけど。

「大丈夫なら、少しご飯食べて薬飲もうよ」

「ん」

 アイナが身を起こすと、ラウハがその背中に大きなクッションを突っ込んだ。よりかかれ、と言うことなのだろう。遠慮なく寄りかかった。これは、最初にニナが倒れた時に急遽買ってきたもので、ラウハもお世話になっているものだ。


「自分で食べられる?」


 にまにまするラウハにアイナは「自分で食べる」と答えて、とろりとしたスープの入った皿とスプーンを受け取った。ぬるいそれを口に含む。


「あたしが風邪ひいたときさぁ」


 ラウハが食べるアイナを眺めながら言った。


「あたしも、今一人暮らしじゃん? 一人の時に倒れて、そのまま誰にも見つけられなかったらどうしよーって思ったのよ」


 それはアイナも考えたことがあった。今ここでアイナが倒れたら、誰にも見つけてもらえないのではないだろうか、と。

 まあ、それはないだろう。一時間姿をくらましただけで、探してくれるような仲間たちがいるし。

「だから、もしもアイナが一人の時に倒れたら、あたし呼んでいいよ。あたしもアイナを呼ぶから」

 脈絡が良くわからなかったが、ツッコむ気力もないので、「ごちそうさま」と言って半分ほど残したスープ皿をラウハに返した。


「全部食べなよ、もうっ」


 と言われても、食べられないのはラウハにもわかっているだろう。ニナが無理やり食べて吐いたりしたし。はい、とアイナはラウハに薬を渡される。嫌そうな顔をしたのがわかったのだろう。ラウハにつっこまれる。

「子供みたいなことしてないで飲んでよね」

「わかってるよ……」

 薬を水で無理やり流し込んだ。

「飲んだら寝なよ」

「その前に着替える……」

 アイナは無理やり起きると本当に着替えはじめた。ラウハはアイナが脱ぎ捨てた残骸を回収する。

「風邪ひいてるからって何しても許されるわけじゃないわよ! ちゃんと寝てるのよ!」

「わかってる……」

 ラウハ、ちょっと母親みたいである。


 ひたすら寝ているアイナであり、あまり眠気は感じなかったが目を閉じたらいつの間にか眠っていたらしい。次に目を覚ましたら、夜中だった。

 薬が効いているのか、だいぶ楽になった気がする。マリが「薬の効果なんて半分くらいプラシーボ効果よ!」などと言っていた気がするが、あまり考えがまとまらないので考えないでおく。

 とりあえず枕元においてある水でのどを潤し、風呂でも入ろうと思った。この時間ならみんな寝ているだろうし、何より汗をかいたので気持ち悪い。アイナは着替えを持ってふらふらと自室を出た。

 シャワーを浴びて風呂から出ると、リビングでフレイに遭遇した。前にもあったな、こんなやつ。

「……お前、何してんの」

「シャワー浴びてきたの」

 アイナがそっちこそ何してんの、と尋ねれば、水を飲みに来た、と答えた。五日と逆だ。

「まあいいけど、お前、髪乾かしてから寝たほうがいいぞ」

「わかってる……」

「いや、わかってねぇだろ。こっちこい」

 フレイに呼ばれて側に行くと、椅子に座らされた。フレイはアイナの肩にかけられていたタオルでアイナの髪を適当に拭くと、脱衣所からドライヤーを持ってきてアイナの髪を乾かしはじめた。

「……ありがと。面倒見いいね」

「お前の髪が昔みたいに長かったらやらなかったさ」

 確かに、子供のころ、腰元まである髪を乾かすのは大変だったけど。肩に触れるくらいで切りそろえられている髪は、当時に比べればかなり扱いやすい。


「ほらお前、こんなところで寝るな。運んでやらないからな」

「はうっ」


 軽く頭をたたかれ、アイナははっと目を開いた。寝そうになっていた。

「私、一応病人なんだけど……」

「そんだけ元気なら大丈夫だろう。というか、髪、乾かしてやっただろ」

「うん。ありがと」

 アイナは自分の金髪に触れて髪が乾いているのを確かめると、もう一度フレイに礼を言ってゆっくりと立ち上がった。

「おい、無理すんなよ。連れて行ってやろうか?」

「さっき、運ばないって言ったじゃん……」

 別にいいだろ、とフレイはアイナの手を引っ張り、階段を上らせた。そして、アイナを部屋に放り込む。

「ちゃんと寝ろよ」

「うん。おやすみ」

 アイナがベッドに倒れ込むとほぼ同時にフレイが部屋のドアを閉めた。毛布を自分の体にかけると、アイナは目を閉じた。


 翌日にはアイナの体調はかなり良くなっていた。体温も平熱に戻っていたが、ラウハにもう一日くらい寝ていろと言い渡された。

「いや、でも、仕事……」

「いいじゃん。病欠だよ。じゃ、あたしは城塞に行ってくるから、みんなに迷惑かけちゃだめだからね!」

 と、ラウハは相変わらず母親のようなことを言ってぱたんとアイナの部屋のドアを閉めた。アイナはとりあえずおとなしくしていようと思い、手元に本を引き寄せた。分厚いその魔法理論学の本を開く。普段は紙の本を読む時間などないので、いい機会かもしれないと思ったのだ。


「おい、アイナ」


 ノックと言うには荒々しくドアをたたかれ、アイナは本を閉じた。立ち上がってドアを開く。てっきりこの家にはアイナ一人だと思っていたが。

「なんでフレイ?」

「お前さすがに怒るぞ」

 いらっとした様子でフレイが言った。アイナは「ごめん」と少し笑うと尋ねた。

「何? 何かあった?」

「昼飯だよ!」

「え、何? 作ってくれたの?」

「病人に作らせたりしねぇよ」

 どうやらフレイは消去法で残ったらしい。見習いであるラウハは城塞に行く。となると、エステルも城塞に行くと言いだす。エステルが行くと言いだすと、ニナとメルヴィがついていく。となると、残るならレイマとフレイのどちらかになる。比べた結果、フレイの方が良いだろうという結論に至ったらしい。


 という説明をアイナはフレイが作った昼食を食べながら聞いていた。消化に良さそうなものが多かったが、ほぼ普通の食事である。アイナは肉団子の入ったスープをすする。

「あ、おいしい。フレイって料理できるんだね」

「おま、ラウハとメルヴィが寝込んでた時に散々手伝っただろうが!」

「うん、冗談だよ」

「おま……っ」

 怒鳴ろうとしたフレイは、すぐにガクッと肩を落とした。

「もういい。お前、そんなやつだったな……」

 フレイはあきらめたように言うと、「昼食はラウハが下ごしらえしていった」とネタ晴らしした。まあ、そうじゃないかと思ったが、フレイもそれなりに料理ができるだろうに。

 この時点でだいぶ調子が戻っていたアイナは、翌日には久々に城塞に出かけて行ったのだった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


私もたまに思う。独り暮らしで倒れたらどうなるんだろうと……。


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