41.鎮めてほしい
キラヴァーラの冬は、日照時間が短い。朝の八時に城塞に行っても、まだ太陽は登っていなかった。後一時間ほどで日の出だ。アイナは一人で城塞内を歩いていた。
たぶん、一緒に暮らしている誰かが一緒なら「言った側から!」とツッコミを入れてくるだろうが、あいにくとアイナの職場には自分勝手な奴ばかりだった。そんな中の一人であるアイナは、今日も今日とて一人だった。
「ん?」
さあっと風がアイナの髪を揺らした。肩に触れるほどの金髪が揺れる。アイナが周囲を見渡すと。
「……」
目が合った。いや、目があった気がした、と言うべきか。それの目元は深くかぶったフードで隠れていたから。
これか。フレイやタニヤが言っていたやつは。アイナは恐怖を覚えるより前に納得した。
「ねえ、君誰? 本当に幽霊? あ、写真撮ってもいい?」
昨日、記録をとらなかったことを悔いたことを思いだし、アイナは空気を読まずに言った。空気は読むものではない。
アイナはぱしゃりと場違いな音を鳴らして写真を撮った。現時点では写真に写っている。幽霊は写真に写らないのではなかったか。……いや、それは吸血鬼だっけ。心霊写真があるってことは、幽霊はうつるんだっけ。
その幽霊がアイナを手招いた。そのまますーっと移動する。これは幽霊っぽい。アイナは携帯端末を撮影モードにしてそれについていった。
幽霊は階段を降りていく。地下に下っているのだ。そして、行き止まりですっと壁の中に消えた。
「え、ここまで来て、置いていくんだ……」
アイナは顔をしかめると、その壁を調べ始めた。技術者を名乗る彼女だが、研究者であることも否定できないので、こういうことは得意な方である。
ほどなくしてアイナは隠し扉を発見した。改修を重ねているとはいえ、キラヴァーラ城塞はマキラ王国ができる前から存在する要塞である。見つかっていない隠し部屋など、たくさんあるだろう。アイナが知っているだけでも、壁の厚みがおかしい部屋や、窓の数が合わない場所などが存在する。
みんな気付いているだろうが、あえて触れないようにしている。そんなものに、アイナはわざわざ踏み込もうとしているわけだ。
隠し扉を開いて中に入る。扉が閉じないように、魔法で固定しておくのを忘れない。通信は圏外で、閉じ込められた場合助けを求めるのは難しそうだからだ。
さらに階段を降りる。そのらせん状の階段の下で、再び幽霊に遭遇した。暗いので魔法で明かりをつける。
「うわっ」
らしくなく悲鳴をあげるアイナだった。近くには幽霊しかいないけど。その幽霊は顔を覆い隠していたフードを取り去った。っていうか、幽霊でもこういうの、できるのか。
現れたのは若い女性の顔だった。額から眼にかけて大きな傷跡がある。彼女は見事な中世貴族風の挨拶をすると、すっと闇の中に消えた。アイナは息を吐いて周囲を見渡す。こもったような臭いが鼻を突いた。
散らばるのは白骨死体。一つや二つではないのが気になるが、とりあえず、いったんここから出ようと思った。
「霊感ないと思ってたけど、ばっちり見えたな……」
そんな事を呟きながら階段を上る。開けっ放しにした扉が見えてきた。地下とはいえ、普段使っている廊下まで出れば明かりが見えてくる。だが、そこに見えてはいけないものが視えた気がした。
「……進退窮まるってこういうことを言うのかなぁ」
こんな時にまでのんびりとした口調。今度は死神の仮面をかぶり、大鎌を持った幽霊が見えた。うん、たぶん、幽霊なのだろう。透けてるし。フレイとタニヤが見たのはこれか。
あいにくと、アイナは幽霊の浄化の呪文なんて知らない。いや、でも、アイナは結構精神干渉力が強いから、やってみれば行ける……のか? っていうか、そもそもすり抜けて行けばいいような気もしてきた。
とりあえずアイナは階段の途中で立ち止まっていることにした。あの大きな武器は、狭い階段では振り回せまい。戦い慣れていないわりに冷静なアイナである。しかし、その考えが幽霊相手にも通用するのかははなはだ疑問であった。
「うおーい、アイナー!」
アイナを呼ぶ声が聞こえた。これ幸いとアイナも叫ぶ。
「アキ~! ここ~!」
「どこだお前!」
ツッコミを入れながらも探してくれているらしいアキに感謝である。というか、彼女が姿をくらましてからそんなに時間が経っているのか?
死神幽霊は、人が増えたからかすっと姿を消した。アイナは小首を傾げながらも階段を上る。
「お前、心配したんだぞ! ってか、どっから出てきた!」
アキが本気で心配した顔で姿を見せたアイナに駆け寄ってきた。そして、彼女の背後にある隠し扉にちらっと眼をやる。
「隠し部屋だよ」
「見りゃわかるよ……お前、一人で入ったの?」
「うん」
正直にうなずくと、アキはアイナの頭をはたいた。彼女は「あいたっ」とはたかれた頭を押さえる。
「誰でもいいから呼べよ! っていうか、よくこんなの見つけたな!」
あるだろうなとは思ってたけど! と興奮して怒鳴るように話すアキである。アイナははたかれた頭をさすりながら言う。
「いや、幽霊についてきただけなんだけど」
「幽霊って、またタイムリーだな。つーか、お前霊感あるの?」
「や、それはわからないけど、見えたね」
「あるじゃねーか、普通に!」
お前といるとツッコミ大変だわ! とアキに嘆かれた。いや、別にツッコんでほしいなんて言ってないけど。
「アキ、いたか!?」
「いたいた。こっちだ!」
アキの返答をもらい、駆け寄ってきたのはエステルだった。彼女は勢いのまま抱き着いてくる。
「アイナ! 心配したんだぞ!」
「そんなに長時間いなかったの?」
アイナが不審に思って尋ねると、一時間くらいは所在不明だったぞ、と言われてちょっと驚いた。そんなに時間が経っているとは思わなかったのだ。
後にアイナの神隠しなどと言われるこのちょっとした事件が解決したあと、地下の隠し部屋の捜索が行われた。
「これ、何かの実験でもしてたの?」
レイマに背負われて階段を降りてきたマリが尋ねた。そこまでしてみたいものだろうか、これは。しゃがんだマリは骨を確認する。
「もう百年くらいたってるかねぇ。あ、骨に斬撃の痕があるよ。ってことは、剣か何かの試し切り……?」
「あ、そう言えば、上に出ようとしたら階段の上に大きな鎌を持った幽霊がいたんだよね」
壁際にある本棚をあさっていたアイナが冷静な口調で言った。
「あー、それじゃない? 使われた刃物の形状を調べれば、鎌か剣かわかるし」
マリの言葉に、アイナは肩をすくめた。やりたいのなら、止めはしないけど。
「あー、とりあえず、この遺体、弔った方がいいんじゃないか……」
まともな意見を言ったのはフレイだった。最近、彼がキラヴァーラの最後の良心のような気がしている。
と言うわけで、キラヴァーラの共同墓地に埋葬した。マリは調べたがったが、百年も前のことを掘りかえしてどうするのか。そんなことをしているから学会から追放されるんだ。まあ、口には出さないけど。
「あ」
共同墓地で(形だけは)祈っていたアイナは、大きな墓石の横に、彼女を地下の隠し部屋まで連れて行った女性の幽霊を見た。っていうか、明るくても見えるのか。
その幽霊はニコリと微笑むと、一礼してすっと墓石の中に消えた。彼女の遺骨も、埋葬した中にあったのかもしれない。
「ちょ、アイナさん……お前見えちゃいけないもんが見えちゃいませんか?」
レイマが震える声で言った。アイナは平然と首を傾げて言った。
「別に幽霊が見えちゃだめなわけじゃないでしょ」
「おまっ、やっぱり見えてんじゃねーか!」
レイマが身を震わせてツッコミを入れた。アイナがふっと笑ったとき、頬に冷たいものが触れた。
「あ、雪」
エステルが空を見上げてつぶやいた。メルヴィが「これは積もりそうですね」と空を見上げる。たぶん、彼女が言うのなら積もるのだろう。アイナが伸ばした掌に雪が落ち、すぐに融けた。小さく息を吸う。
冷たい空気を、静謐な歌声が震わせる。気休めだが、鎮魂歌だ。ワンコーラスだけ歌い終えたとき、エステルが驚いたような表情でアイナを見ていた。
「アイナ、お前は……」
何かに気付いた様子の彼女に、アイナは肩をすくめて見せた。エステルはすぐに「何でもない」と話をそらす。たぶん、彼女の直感は間違っていない。
そしてその日。もう一つのニュースにエステルの意識は持って行かれたようである。フレイとタニヤが破局したのだ。何故だ。
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