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40.それは幽霊?









 後ろから腕を引かれて倒れたアイナは、タニヤに受け止められた。礼を言って自分の足で立つ。それから自分を引き倒したフレイの様子をうかがった。何かに対して剣を振り下ろしたようだが、あとから振り返ったアイナには空を切ったようにしか見えなかった。


「切れた?」

「いや、手ごたえがなかった」


 尋ねてきたタニヤに、フレイは剣を鞘に納めながら答えた。そう言えば、二人ともアイナの背後を見ていたし、二人には何か見えていたのだろう。

「何かいたの?」

「いたのって……アイナの後ろにこーんな大きな鎌を持った死神みたいなやつがいたんだよ。鎌を振り上げてた」

「俺もそんな感じに見えた」

 タニヤの身振り付きの言葉に、フレイがうんうんとうなずく。アイナは首をかしげる。


「抽象的過ぎ。大体でいいから、数字で表してよ」

「これだから理系は!」


 タニヤがむーっとむくれた。そんなことをしても、ただ可愛いだけである。


「と言うかお前、気配くらいは感じなかったのか?」

「いや、全然。幽霊だったのかな」

「ちょ、そう言うのやめて!」


 ぶるっとタニヤが身震いした。タニヤも幽霊が怖いらしい。

「幽霊かどうかはわからねぇけど、消えたように見えたのは確かだな」

 冷静に言うフレイに、タニヤは「やめて」と叫んだ。

「むしろアイナは怖くないの?」

「いや、私霊感ないし」

「そう言う問題じゃないでしょ!」

「正体のないものの何が怖いの?」

「これだから頭いい人は……!」

 タニヤが共感してくれないアイナを睨み付ける。ちょっとかわいそうになってきたアイナは愛想笑いを浮かべた。

「ごめんて。私は他にもっと怖いものがあるだけだから」

「お前が怖いものってなんだ?」

「さりげなく弱点聞き出そうとするの、やめてくれる?」

 すかさず突っ込んできたフレイに、アイナは眉をひそめる。タニヤの背中を押して帰るように促した。

「ほらフレイ、送って行ってあげなよ。夜の女の子の一人歩きは危ないんだよ」

「アイナ、それ、自分にブーメラン!」

「キラヴァーラの住民で私を襲おうなんていうつわものはいないでしょ」

「無駄に自信満々! まあ、あたしも思わないけどね」

 タニヤがそう言って肩をすくめた。結局、ハウタニエミ宅の方が城塞に近かったので、そちらにアイナを送ってから、フレイはタニヤを送って行った。二人になったとたん、また喧嘩してたけど。


「……しまったなぁ。映像でもとっておけばよかったかも」


 アイナはそんな事を言いながら自宅の網膜認証を通過してドアを開けた。


「ただい、まっ!?」


 ドアを開けた瞬間に顔の横をガラスのコップがすり抜けた。もとい飛んできた。ドアにあたって砕ける。


「ごめんー! 手が滑った!」


 と、奥から駆け出てきたのはニナだった。どう手が滑ったらこうなるのか。

「お帰り! 怪我はない?」

「ないよ。っていうか、何してるの。台所には近づくなって言われただろ」

「水飲もうとしただけだもん! あ、すごい」

 アイナが軽く指をふってコップの破片を片づけているとニナが目を輝かせて言った。

「アイナってメルヴィより器用よね」

「聞こえてますよ! ニナ!」

 今度は台拭きが飛んできた。これは勢いがなかったので途中で落ちたけど。アイナはそれを普通に拾い上げた。割れたコップは宙に浮かせたままだ。

「あら、アイナ、お帰りなさい」

「ただいま」

 ちょっぴり嫁に出迎えられる気分である。アイナは嫁になる方だけど。

「あら、コップ。怪我してません?」

「大丈夫」

 アイナは軽く指をふるとコップの破片をゴミ箱に片づけた。

「……アイナ、それ、どうやるのですか?」

 先ほどアイナより不器用だと言われて怒ったメルヴィがそんなことを聞いてきた。まあ、確かに、アイナの方が細かい魔法が得意だろう。細かい計算が得意なのと同じ感じだ。手先が器用、みたいな。

「……まあ、慣れだね」

「慣れ、ですか」

 むむむ、とばかりにメルヴィが顔をしかめた。アイナは目を細めて、たぶん、メルヴィにはこういうのは向かないだろうなぁと思った。


「アイナ、お帰り~。ごはん先に作ってたよ」

「うん。ありがと」

「お帰り。事件が解決したそうだな」

「嘆かわしいことにうちの班員だったけどね」


 ラウハもエステルもアイナを見て気さくに声をかけてくる。すっかりなじんでいる。今では、アイナにとっても彼女たちが家にいるのは当たり前のようになっている。

「本当にスピード解決だな。首都だったら迷宮入りだ。もう犯人に逃げられている」

「そもそも、キラヴァーラから出られないからね」

 アイナは平然と答えて着替えに部屋に戻った。最近、ちらほら雪が降るようになってきて、寒い。しかし、雪が降っている日はむしろ温かいのだ。摂氏ゼロ度をきるキラヴァーラの冬は、晴れている日の方が寒い。


 エステルが来たばかりのころに起こった夏場に雪が降る事件の時にも着たセーターを着る。エステルたちもセーターだったが、アイナのものではなく、彼女らに合わせてちゃんと買ってきたものだった。

 アイナがリビングに降りていくと、ちょうどフレイが帰ってきていた。ぎりぎり夕食前に全員集合である。

「……着替えてくる」

「?」

 なんか顔をそらされた。どちらかと言うと面倒見がよく愛想の良いフレイに目をそらされるなど、初めての経験だ。

「どうしたの、フレイ」

「んー、わかんないけど、タニヤと最近喧嘩多いみたいよ」

 ラウハが首をかしげながら言った。彼女は高校でタニヤと同じ学年なのだ。

「そう言えば今日も言い争いしてた」

「お前、乱入したの?」

「眼があっちゃったから」

「お前、いつも俺にいろいろ言うけど、お前も大概だぜ」

 レイマにつっこまれてアイナは少しむっとしたのだが、彼女自身もやってしまった、と思ったので反論はしなかった。そして、それで思い出したことがある。


「ねえフレイ。結局、私の後ろに幽霊いたの?」

「え、何それ」

「つーかお前、この状況で話しかけるか?」


 面白そう、と言うような顔をしたラウハに対し、フレイは嫌そうな顔をした。まあ、確かに空気は読んでいないな、と自分でも思う。

「いや、フレイの機嫌なんて私には関係ないしね」

「お前マイペースっていうかただ我が道をゆく人間だな!」

「それを人々はマイペースと言うんだよ」

 平然と切り返したアイナである。まあ、アイナは自分が慇懃無礼なふるまいをしているとは思っている。

「……私、今、少しタニヤの気持ちがわかった気がします」

 ため息をつきながら言ったメルヴィに、アイナは尋ねた。


「え、どのあたりで?」


 アイナが切りこんでいく。メルヴィはピシッと言った。


「つまり、『私とアイナ、どっちが大切なの!』状態ですね」


 すっとフレイが視線を逸らしたところからして、当たっているらしい。メルヴィ、素晴らしい洞察力。いや、これは洞察力云々の話なのか?

「……まあ、それはいいや」

「いいのですか」

「私には関係ないし」

「お前が聞いたんだよ!」

 メルヴィとフレイに突っ込まれつつ、アイナは話を戻す。

「で、結局幽霊だった?」

「わからん。だが、確かに斬ったはずなのに、斬った感触がなかった」

「そんな事ってあり得るのか?」

 頭の軽いレイマも不思議そうに首をかしげた。ここで「すげえ!」とか言わない辺り、なかなか思慮深い性格である。


「まあ、キラヴァーラ城塞だもんねー」


 とラウハがからからと笑った。心が強い。キラヴァーラ城塞には正体不明なものがうようよいるけど。大体、誰かの実験物である。

「めったなことはないと思うが、気をつけろよ、アイナ」

「善処はする」

 アイナとしては精いっぱい譲歩したつもりなのだが、周囲から非難轟轟であった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アイナは空気が読めないわけではありません。読まないのです……。


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