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39.幽霊が出る









 結局アイナが言った通り、事件は迷宮入りとならなかった。キラヴァーラ城塞にあるまじき地道な調査を重ねた結果、アイナ率いる第三研究所の研究員が犯人であることが発覚したのである。事件から二日たった日のことだ。


「申し訳ありませんっ。魔がさして……」


 東洋などで見ると言う平身低頭で謝る研究員に、アイナはため息をついた。マイペースな彼女だが、さすがに「そうか」とは言えない。


「魔が差したレベルの話じゃないよね」


 年下の女の子、しかも割と我が道をゆくマッドサイエンティストに突っ込まれて、研究員はがっくりとした。まあ、気持ちは分からなくはないけど。


「……まあ、思ったより早く見つかったな……」


 ヘンリクが引き気味の笑いで言った。これから彼をどう処罰するかは考えものであるが、そこら辺はアイナが考えることではないので気にしない。

「はい、アイナ」

「何?」

 司令室に一緒にいたマリが手をあげた。


「結局、なんで魔法痕跡は視えなかったの? アイナだけならともかく、感応能力者の半数に試してもらったのになーにもわからなかったのよ」


 半分むくれるようにマリは言った。一応言っておくと、彼女は三十をいくらか超えた年であるのだが、妙に似合っていて困る。

 そう。あの後、ちゃんと魔法捜査をしたのだ。それができなかったから科学捜査に切り替わったわけだが、キラヴァーラ城塞の人間としては、魔法が効果を発揮しなかった、と言うのは大きい。以前の魔法を分解する巨大物体が現れた時と同じだ。ちなみに、今回はそれに関係している。

「前に、巨大物体が出現したでしょ」

「うん」

 マリがうなずいた。彼女もあの時治癒魔法が使えない! と騒いでいた。

「あの時、あの物体を覆って、その表面に魔法構築式を刻み込んだよね」

「私はやってないけど、うん」

 作業は目立っていたので、直接かかわっていないマリも知っているだろう。ヘンリクは城塞の上からよく眺めていた。暇なのだろうか。


「あれの応用だね。あれもある意味、魔法式を分解するための魔法構築式であったから、すこし改良を加えれば、つまり、普通の魔法構築式も分解できるようになるってわけだね」


 アイナは多面体の形をした小さな魔法道具を取り出す。そこでうなだれている研究員がこっそり作っていたものだ。取り上げたのである。マリもヘンリクもアイナの手元を覗き込む。

「これが?」

「魔法構築式を分解する魔法道具」

 しれっと答えたアイナに、ヘンリクが「本当か!」と声を荒げる。彼が焦るのはわかる。

「これを使ったから、魔法痕跡が見えなかったんだね。だから、殺す時も魔法を使っていない」

「ああ……まあ、そのあたりはあとで詳しく聞くとしよう」

 ヘンリクがちらりと犯人を見て言った。相変わらずうなだれている。

「ところで……それは効果範囲はどれくらいなんだ?」

 まあ、気になるだろう。ヘンリクが尋ねたのもうなずける。アイナは落ち着いて自分が把握している範囲のことを話した。

「私が調べた限りでは、効果範囲は半径二メートルにも満たない。一回に付きの持続時間は二分程度。出力もそれほど大きくないから、無理やり魔法を使おうと思えば使えなくはないし」


 おそらく、単純な魔法だと打ち消されてしまうが、複雑な、強力な魔法ならば使用できるだろう。実際、できた。


 まあ、魔法構築式を分解するのは確かであるし、ある程度効果があるのも確かだ。

「まあ、これは試作品だし、使っている魔石も安物だしね。もっと良いものを使えば、もっと強力なものができるかもしれないね」

「軍事転用できる、と言うことか」

 アイナが投げたその小さな魔法道具を、ヘンリクが受け取った。それをしげしげと眺める。

「それは解体したから、もう効力はないよ」

「先に言え!」

 どうやら、魔法を試そうとしたらしい。すでに解体したので、もう効果がないに決まっている。そのままにしておくのは危険だと判断したのだ。

「実際に軍事に使おうと言うのなら、半径二メートルでは足りん。戦場ひとつ覆うくらいだから……せめて街を一つ覆えるくらいのものがいる」

「そんなに広げるなら、それこそ前に見た巨大物体くらいの大きさが必要だよ。魔法構築式が複雑なんだ。省略できない。そもそも、系統が違う魔法のすべてを打ち消すようなものだよ。私も、以前のことがなければ考えようともしなかっただろうね」

 アイナは首をかしげてヘンリクを見上げた。


「まあ、これについては司令に任せる」

「あとでヴィエナと相談しておこう。すまんな、二人とも。遅くまで」


 そう言われて外を見ると、確かにもう暗かった。まあ、冬になってくると日が暮れるのが早くなるのだけど。

「何かあったら呼んでください」

「私は呼ばないでね~」

 マリが気が抜けるような口調で言った。まあ、呼ばれるのはアイナだろうな、どちらかと言うと。


 夜の七時。最近、定時に帰ることが多かったアイナにしては遅い時間だ。だが、他の研究員たちはまだ残っている。

「ねえ、私、先帰るから」

「ほーい」

「……司令から呼び出しかかったら、連絡ちょうだい」

「はんちょー電話に出ないじゃん。メール入れるよ」

 エリナにつっこまれつつもそう言われてアイナは「よろしく」といって本当に帰った。


 夜になると城塞内の明かりは薄暗いものになる。一応、夜と言うことで建物の中でも一応暗くするのだ。視界が悪いので、アイナは魔法で明かりを作り、帰るべくエントランスに向かって歩いていた。視力が落ちてきたのだろうか。眼鏡を作ろうかな、とちょっと思う。


「?」


 背後で気配を感じて振り返る。当たり前だが、何もいない。ふと、以前聞いた噂を思い出す。


 『城塞には、幽霊が出る』


 そのときに言ったように、アイナは城塞になら幽霊が出ても不思議ではないと思っている。だが、実際に自分が出くわすかと思うとちょっと怖い。


「幽霊退治ってどうすればいいんだろう……」


 そんなことを呟きながら、アイナは歩く。そして今度はかすかな人の話し声……びくっとしたが、よく聞いたら聞き覚えのある声だった。そちらに明かりを向ける。そして、失敗した、と思った。マイペースだが空気は読めるつもりである。


「……いや、私は何も見てないから」


 そう言って去ろうとしたが、「ちょっと待てぇっ!」と呼びとめられた。アイナは行きかけたのを少し戻る。

「別に口止めしなくても誰にも言わないよ。フレイとタニヤが城塞内で逢引きしてました、なんて」

「言う気満々だな!」

「っていうか、アイナ、言葉古くない?」

 感情的なフレイに比べて、ラウハと同い年のタニヤからは冷静な指摘が入った。アイナは、まあいいか、と思い、尋ねる。


「それで、何してんの? 呼びとめられても困るんだけど」


 尋ねると、フレイとタニヤが口ごもる。二人は視線を合わせなかった。喧嘩中だろうか。付き合い始めて一か月ちょいくらいか。まあ、そんなこともあるだろう。しばらく待ってみたが、二人とも口を開かない。

「ね、ホントにただ呼び止めただけなら帰っていい?」

「ダメ!」

 これは二人からの返答だった。二人はにらみ合う。って、本当に喧嘩中なのか。ならば余計に帰りたいんだけど。

「……けんかの仲裁ならほか当たってよ」

「いや……いや、そうなんだが」

 歯切れの悪いフレイに、アイナが不審げな顔をしたとき。タニヤが驚愕の表情を浮かべた。

「タニヤ?」

「あ、アイナ……」

 タニヤが震える指先でアイナの背後を指さした。アイナは振り返る。そして、何ごとか認識する前に強く腕を引かれて後ろに倒れた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


思えばタニヤが出るのは初めてかも……。


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