38.珍しいこと(不謹慎)
最近、キラヴァーラの城塞で幽霊が出るという噂があった。
アイナは、復活した第三研究所でその噂を聞いた。休憩中の研究員たちが話していたのである。彼女らは計器を調整しているアイナに尋ねた。
「アイナは見たことある? 幽霊」
「いや、私霊感ないし」
と、適当に返事をする。正直なところ、霊感があるかどうか、よくわからない。魔力と霊感は比例しないが、魔導師に霊が見える、というやつが多いのも確かだ。
「じゃあ、幽霊って信じます?」
「まあ、キラヴァーラだし、いても不思議じゃないんじゃないの?」
「適当!」
アイナの塩対応に、研究員たちが悲鳴を上げる。アイナは軽く笑って言った。
「ま、見たら教えてよ。今から起動テストするから手伝って」
「はーい」
どちらに対する返事かはわからないが、とにかく返事は返ってきて、話をしていた二人も立ち上がったので、テストに付き合ってくれるのだろう。
その後、研究所の人間たちは幽霊の話など忘れてあーだこーだと議論を交わしたのだった。
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「ね、アイナ。城塞には幽霊がでるの?」
「は?」
昼間聞いたような話を、夜、家でも聞かれてアイナは思わず間抜けな声をあげた。聞いたラウハは「は? ってひどくなーい?」とむくれている。ハンバーグを焼いているメルヴィが加わってきた。
「そもそも、幽霊って存在するのですか? いえ、ここになら、いても不思議ではありませんね」
そう言って自分で納得したメルヴィである。アイナは、共に暮らすうちに彼女とは思考回路が近いような気がしてきている。
「でもあたし、見たことないよ。アイナは?」
「私もない」
そう答えると、リビングの方から「気づいてないだけじゃなくて?」というニナのツッコミが入ってきた。アイナとラウハは顔を見合わせる。その発想はなかった。
「う~ん。ありえないとは言い切れないよね~」
「そうだね……」
ラウハにアイナも同意した。基本的に、ラウハはぽやっとしているし、アイナはマイペースだ。気づいていなくても不思議はない。
「今度、肝試しでもしてみる?」
「違う意味で怖そうだね」
幽霊などではなく、変人が多いという意味で。夜中にマリにでも会おうものなら、ちょっとしたトラウマになるだろう。
「そう言えば前、実験用のスライムが大脱走してみんなで回収したことあったよね」
「あ、あったー。あたし、あとから聞いたけど、アイナは回収手伝ったんでしょ」
「うん。その日の夜中に城塞の廊下を歩いてたら、スライムがぼわーっと」
「ぎゃーっ!」
「嘘だよ」
「……」
悲鳴をあげたラウハが無言でアイナを殴った。からかった自覚はあるので、甘んじて受ける。
「アイナの冗談はわかりにくいですね」
メルヴィにも言われたが、アイナは首を傾げる。
「そう? でも、次の日に研究所に行ったらスライムが大量発生していたのは事実だけどね」
「……それ、どうしたの?」
「焼いた」
「犯人は?」
「マリしかいないよね」
これだけで、マリがあの城塞に置いても相当の変わり者だとわかるだろう。首都の学会を追い出されるわけである。
「おい、そこだけ楽しそうだぞ」
「っていうか、おなかすいたよ」
エステルとニナからの苦情である。というか、ニナの主張は身もふたもない。
「もう焼けますから、ちょっと待ってくださいね」
メルヴィが笑ってそう言ったのだが、ラウハはアイナがスライムを焼いた話を思い出したのか、微妙な表情になった。
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ちなみに、であるが、キラヴァーラ城塞には七不思議なるものも存在するらしい。危険地域であるのにどこか暢気な街である。危険地域には違いないが、治安はいい。だから、こういうことはめったに起きないのだが。
「明らかに人が斬った痕だよねぇ」
そう言ったのは検死を担当したマリだ。いや、まだ検死と言うほどの段階でもないけど。現場で簡単に遺体の状況を確認しただけだ。
そう。遺体。自然死ではない。かといって、魔物などに襲われたわけでもない。どう見ても人間が剣で斬った痕があった。科学捜査のために呼ばれたアイナにもわかるくらいだ。
「見た感じこう……背後から横一線に切られてる? たぶん、身長は被害者と同じくらいかな」
被害者は成人男性だ。当たり前だが、城塞職員で面識がある。戦闘員だったと思うのだが。城塞内で殺人事件と言う奇怪な状況に、野次馬の集まり方が半端ではなかった。
マリがぶつぶつと状況を確認していく。正直、科学捜査なんてしなくても、魔法やらなんやらですぐに犯人が見つかる。でも一応、指紋や血液採集はするべきだろうか。ちなみに、これらはアイナの専門ではない。
「何ボーっとしているんだ、アイナ。マリを手伝ってやれ」
「荷物くらいなら運ぶけどね。正直、私よりマリの方が優秀な捜査官だよ」
「お前の場合はやる気がないんだろう」
「そもそも専門外なんだから仕方ないだろ。っていうか、城塞内の治安に問題があるんじゃないの、司令」
相も変わらず辛口なアイナに声をかけてきたのは、もちろんキラヴァーラ城塞司令官ヘンリクである。五十がらみの男は鷹揚に「ははっ」と笑った。
「確かに、お前の言うとおりだ……しかし、奇妙ではあるな」
「というと?」
「犯人像が全く分からん」
というヘンリクに、アイナはとりあえず言ってみた。
「……さっき、マリが同じくらいの体格って言ってたじゃん」
「お前、本気でやる気ないな。自分でちょっと調べてみようとは思わんのか」
「や、興味ないし」
興味のあることなら没頭できるのだけど。殺人事件には興味がない。誰か、そう言うのが得意な人がやればいいのだ。
と、思いつつもアイナは目を凝らして、それから首をかしげた。
「魔法痕が、ない……?」
「気づいたか。そうだ。何の痕跡もないんだ」
ヘンリクがしたり顔でうなずく。ちょっと腹が立った。
通常、魔法を使うとどうしてもその痕跡が残るものだ。被害者を魔法的な視点から見た場合、その魔法痕が見当たらない。
かといって通常の視点で見ても、『何もわからない』。魔法だけではなく、彼が死した状況の痕跡だけが欠落しているのである。まるで、初めから結果が用意されていて、その通りになっただけのようだ。
ただ、こつ然と、その結果だけがここに現れた。そんな感じに見える。
そう思うと、がぜん興味がわいてきた。現金であるが、アイナは遺体をしげしげと眺めた。近づいても離れても、結局魔法痕は見えなかったので、アイナは最終的に科学的な捜査を行ったのであった。
「それ、完全に司令に乗せられてない?」
帰宅後、そうツッコミを入れたのはラウハだった。すでに料理をしながらしゃべるのがお約束になっている。どうしても料理をするメンバーで話しやすいので、アイナ、ラウハ、メルヴィが一緒に話していることが多い。
「……まあ、そうかもしれない」
アイナは素直に認めた。ちょっと自覚はある。けしかけられたような、気はする。
「アイナってさ、なんだかんだ言って流されるよね……」
「人がいいんですよねぇ。マイペースですけど」
「いや、メルヴィも相当だよ……」
似た者同士の会話をしていたのだが、メルヴィがまじめな方向に話を戻した。
「魔法の痕跡が見つからなかったということは、魔法が使われていないということでしょうか」
まじめと言うか、興味のある方と言うか。アイナとメルヴィは魔法を主能力とする魔導師であるし、ラウハも分類するなら魔導師の部類に入るだろう。
「魔法が使われていないだけなら、残留思念を読み取ることができるはずだけど、それもできなかった」
「アイナは残留思念の読み取りができるのですか?」
「いや、どちらかと言うと過去視だけどね。そんなに強力じゃないし」
「あなたどれだけ力があるんですかっ」
メルヴィがつっこむ。彼女が攻撃系の魔法を得意とするのに対し、アイナは細かい魔法が得意であると言うだけだ。というか、メルヴィだって未来視の気があるではないか。
「経過すら読み取れないっていうのは不自然だよね」
「じゃあ迷宮入りかなぁ」
ラウハがつぶやいたが、そうもいかないだろう。城塞職員は優秀だから。
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