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37.話さなければならないこと










 久々の魔物の襲撃から一夜明け、アイナが異世界側のあの巨大物体のある場所に行ってみると、その巨大物体は忽然と消えていた。いや、それは感知していたのだが本当に忽然と消えているとは思わなかったのだ。もちろん、覆いをしていたからそれを外して中を確認した。


「どこに消えたのかなぁ」

「そもそも、どこから現れたのかもわからないけどね……」


 アイナは苦笑を浮かべ、エリナにツッコミを入れた。いや、笑っている場合ではないのだが笑うしかない。


「ま、特に影響がないんだから、いいじゃん?」


 確かに、出現したときと違って消滅したときの影響は少ない。これまでのアイナたちの苦労はどうなる、と思わないでもないが、貴重な経験ができた、という面ではありがたいのかもしれない。こう思えるあたりが、アイナがマッドだと言われるところなのだろう。

 ……というか、今まであえてツッコまなかったのだが、さすがに指摘してみようか。みんな聞きたそうだが、聞けないようだし。そのため、アイナがちらちら見られているし。つまり、聞け、と。


「……で、カウコ。どうしたの、顔」


 と、アイナは自分の右目のあたりをたたく。カウコは右目のあたりに痣を作っていた。眼に直撃しているわけではなさそうだが、痛々しい色をしている。ついでに言うなら、目元から微妙にそれているので眼帯などもできないのだろう。できてもしなさそうだけど。

「……セルマと喧嘩した……」

「だろうね」

 まあ、だいたい予想はついていた。カウコの痣はスパナで殴ったものだろうし、彼の顔面を殴れるのは妻のセルマくらいだ。

「わかってたのかよ!」

「夫婦喧嘩は犬も食わないからね」

 できれば首を突っ込みたくない。エリナがぺとりとアイナにくっついてくる。


「カウコさん、セルマになにしたのー」


 エリナが遠慮なく聞く。初めからお前が聞けばよかったんじゃないか、と思わないでもなかった。

「どうせ些細な喧嘩でしょ」

「……」

 否定できないようだ。


「……とりあえず、マリに治してもらって来れば?」


 アイナが提案したが、カウコは「いい……」と断った。まあ、いろいろあるのだろうとアイナは深く突っ込まなかった。決して面倒くさくなったわけではない。

「まあ好きにすればいいけどさ……大丈夫? 眼、見えてる?」

「心配してくれるのか?」

 カウコが驚いたように言った。アイナはどれだけ血も涙もないと思われているのだろうか。

「いや、確認作業手伝ってもらおうと思って」

 純粋に心配したわけではなかった。素直に言うと、カウコにがっくりされた。やっぱり、アイナには血も涙もないのかもしれない。
















 アイナは夜中にぽっかりと目を覚ました。目元に違和感を覚えて目元をぬぐうと、涙の痕がある。何か悲しい夢でも見ていたのだろうか。

 目が覚めてしまったので、アイナは起き上がる。水でも飲もうと思ったのだ。階下に降りる。そこで、ばったりとフレイと遭遇した。


「……朝帰り?」

「寝ぼけてるのか?」


 思わず言ってしまったが、確かにまだ夜明け前だ。アイナは「そうだね」とうなずき、コップに水を注いでのどを潤した。

「目が覚めたのか」

「うん。水でも飲もうと思って」

 アイナはシャワーを浴びたあとらしいフレイにもコップに入った水を渡した。フレイは「ありがとう」と言ってそれを受け取る。

「フレイはこの時間までデート? タニヤは未成年なんだから、気を付けないとだめだよ」

「……デートなのは否定しないが、九時ごろ家に送った。その後、城塞のおっさんどもに捕まった……」

「うん、まあ、頑張ったんじゃない?」

「アイナ、適当すぎるだろう」

「関係ないしね。ってか、今何時?」

「そこからかよ……」

 自分で時計を確認する。夜中の一時だ。たぶん、十二時くらいにフレイは帰ってきたのだろう。城塞職員たちは陽気で、アイナも付き合わされたことがあるが、ひどかった……。


「じゃあ私、もう寝るから。フレイも早めに寝なよ」

「あ、いや、ちょっと待ってくれ」


 部屋に上がろうとしたアイナは、フレイに手首をつかまれて振り返った。呼びとめたのは彼なのに、何故か顔をひきつらせていた。

「……何?」

 一応尋ねると、フレイは「いや……」と口ごもる。


「ずっと、お前に話さないと、と思っていたことが、あって」

「……」


 言いにくそうなフレイがいかにも頑張っています、という感じで口を開くので、アイナはとりあえず話を聞くことにした。並んでソファに座る。

「……アイナ、お前はさ……前に、その、死に目には会ってないって話、してただろ」

「ああ……」

 エステルがこの家に来たばかりのころ、そう言えばそんな話もしたかもしれない。アイナが血がつながらずとも養父母を慕っていたのは周知の事実なので、みんなはこの話題を避けていたのだろう。

「俺は、二人の死に際を見ていた。ペトラの時も、ヨルマの時も……」

「……」

 さすがにコメントに困り、アイナは沈黙した。そう言えば、そうか。城塞の戦闘員であったフレイは、ペトラが戦死したとき、同じ場所で戦っていたはずだ。戦争に徴兵された後も同じ。彼は、ヨルマと同じ部隊に所属していたと聞いている。

「ずっとお前に話さなければ、と思っていたんだが……」

「言えなかったということだね。いや、別にいいけど。そんな甲斐性がフレイにあったらびっくりだし」

「ひどいなお前!」

 基本的に毒舌であるアイナだが、ここまで言うということは結構動揺していたのかもしれない、とアイナは思ったより冷静に考えていた。


「……悪かったよ、ごめんて。機嫌直して」


 アイナはすねたように見えるフレイの肩をたたいた。

「良ければ話してほしいんだけど」

「……いいのか? 大丈夫か、話しても、お前」

「フレイから振ったんでしょ……でも、眠いから簡潔にお願い」

 アイナはふわっとあくびをする。いや、眠いのは本当なのだ。でも、せっかく話してくれるのであれば、聞いておきたい。アイナはもう子供ではないし、養父母の死から既に五年。五年という月日は、彼らの死の衝撃を思い出に変えている。


 まずは、ペトラの話からだ。五年前、城塞まで魔物が攻め込んできたときにアイナの養母であった彼女は戦死した。アイナが駆けつけた時には、すでに亡くなっていて。顔が傷ついてて、見るべきではないと言われた。そのため、アイナはペトラの死に顔を見ていない。

「ペトラは……足をけがして、動けなくなったところを、魔物に食われたんだ」

「……」

 予想はしていたが、かなり衝撃な最後である。ペトラがいた場所は少し離れていて、フォローに入るのが間に合わなかったのだろう。

「もしかしたら、助けられていたかもしれないのに……」

「うん、まあ、どうだろうね……」

 そこら辺は何とも言えない。ペトラは当時城塞で一番強い戦闘員であったし、彼女なら大丈夫、という思いも強かったのだと思うし。

「父さんは?」

「ヨルマは、戦場で、俺と同じ部隊にいて。隣国に攻め入っていた時だった。夜襲を受けたんだ」

「……今でも結構古典的な戦法を使うんだね……」

 どうでもいいツッコミだが、こういうことを言っていないとまともに話が聞けないと思ったのだ。

「まあ、魔導師相手だと火力をぶつけてもあまり意味がないからな……相手も、魔導師だった」

 夜で奇襲だったこともあり、うまく命令系統が機能しなかった。近くにいた魔導師たちを取りまとめようとしたヨルマは、最後までその場に残り、敵魔導師の魔法の餌食となった。遺体は回収できなかった、というのは聞いている。


「……そっか」


 簡潔な説明だった。アイナがそう言ったからだけど。アイナはふらっと立ち上がる。

「うん。聞いてよかった。と思っておくよ」

「何だそれは」

 フレイが苦笑を浮かべた。アイナも少し微笑む。アイナに話したことで、フレイの心が軽くなったのなら、聞いた価値があるのだろう。

「今度こそお休み」

「ああ。お休み」

 今度はちゃんと、朝まで眠れそうだ。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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