35.解析結果
ところで、キラヴァーラには警察はいない。小さな町であり、時々怪奇現象が起きる以外、犯罪はほとんどない街である。万が一、誘拐、殺人事件などが起きようものなら、城塞職員と町民の連携によってすぐに探し出される。そもそも、キラヴァーラで犯罪行為を行い、街の外に逃げる、ということが不可能なのだ。
つまり、警察などいなくても、この治外法権の地では自治が成り立っているのである。そんなところで犯罪まがいのこと……脅迫を行ったら、どうなるか。もちろん、一瞬で捕まる。アイナはとらわれていたわけではなく、足止めをしていた、ということになる。
もしかしたら、グレヴィリウスたちは、今キラヴァーラでは魔法が使えないため、行ける、と思ったのかもしれない。だが、キラヴァーラの戦闘員たちはそんなに軟ではない。
そもそも、魔法で強化しているからと言って、接近戦で戦うようなやつらの集まりだ。いや、魔物相手にはそれが一番効率が良いのだが。
もちろん、戦闘員たちは基礎訓練を受けているし、魔法が使えなくても技術はある。人数もこちらの方が多いのに、何故行けると思ったのか教えてほしい。
まあ、確かにアイナが自分からついていけば話は違ったかもしれないが、アイナがキラヴァーラを出るはずがない。彼女の背景事情をしっかり調べてから話を持ちかけるべきだっただろう。もっとも、調べても出てこないけど。
「アイナ。大丈夫だったか?」
隠れていたエステルがやってきてアイナに声をかけた。彼女はうなずく。
「大丈夫。……まあ、ちょっと怖かったけど」
そう言うと、メルヴィが何故か同情してくれた。
「そうですよね……私たちは今、魔法が使えないんですから……」
「……」
何度か実験を手伝ってもらったりしたが、その過程で、どうやらアイナはメルヴィに同じ分類に入れられたようだった。まあ、間違ってはいないけど。
「それで、彼らはどうなるんだ? アキたちがとても怒っていたが」
エステルが苦笑を浮かべながら尋ねてきた。アイナが答える前に、フレイが答えた。ちなみに、激怒したアキはグレヴィリウスたちを連れて司令室に向かったヘンリクについていったのだ。
「たぶん、このままキラヴァーラから放逐されるんでしょう。さっき、母さんが来てましたし」
フレイの言うとおり、彼らはキラヴァーラから放り出されるに違いない。そのために、ヴィエナたちが城塞まで来ているのだ。街から放り出すには、町長同意も必要である。今まで、ヘンリクと歴代町長の意見が割れたことはないけど。
基本的にキラヴァーラの人たちは結構鷹揚なのだ。エステルたちのように、外から来た人たちであってもおとなしく、友好的に接してくれれば、何もしない。客として、もしくは仲間として扱う。しかし、相手が不遜な態度を崩さなければ、こちらも相応の対応をする。当たり前だ。
「そうなのか……この街には警察がいないものな」
「っていうか、マキラ王国内だけど、違う国にいるみたいですよねぇ」
エステルの言葉に反応し、ニナが何とはなしに言った。違う国にいるようなのは当然だ。この街は治外法権なのだから。
結局、フレイが言ったようにグレヴィリウスたちはそのまま町外に放り出された。もう二度と、キラヴァーラの地を踏めないだろう。もう二度と来るな、というところであるが。
「アイナ、どう思った」
いつぞやと同じことを、ヘンリクから尋ねられた。今回は町長のヴィエナと秘書ヘリュも一緒だけど。
「どうって……まあ、キラヴァーラの技術を吸収して、事業を拡張したいのだろうなぁと」
「ああ。途中から目的があの物体からお前に移っていたな」
楽しげに言われて、アイナは何言ってんだ、とばかりにヘンリクを睨む。扱いが雑だと言われようとも関係ない。
「……あれを見ると、もともと人材あさりに来た可能性が高いと思うよ。キラヴァーラに入る機会を、うかがってたんじゃないかな」
アイナが自分の考えを告げると、ヘンリクがニヤッと笑った。
「それだけ見えているんなら、大丈夫だな」
「ただの技術者にしておくにはもったいないわね。だから勧誘されたんでしょうけど」
ヘンリクもヴィエナも好きなことを言う。アイナとしては、謎の巨大物体の解析作業に戻りたいのだが。
「それで、そろそろあれの正体はわかったか?」
ヘンリクがまじめな表情になり、言った。アイナは「えーっと」と首をかしげる。
「……話していいの?」
「わかりやすく頼む」
との要望だったので、アイナは少し考えてから口を開いた。
「まず、これを見てほしいんだけど」
アイナは掌を上にして両手を差し出す。そこに順に魔法構築式が展開されていく。それを手伝うために、アイナは小さく呪文を口ずさんだ。ここまでしてやっと魔法が発動し、彼女の手の間を紫電が走った。
「おお」
周囲から歓声が上がる。これだけの魔法すら、使えなかったからだ。単純な魔法であるが、発動までにいくつもの魔法構築式を挟んでいる。
「つまり、あの物体の正体がわかったということか?」
「いや、あれが何なのかはわからないけど。私は魔法構築式を分解させる力に反抗して魔法を発動させる構築式を作り上げただけで」
「天才かっ」
誰かがツッコミを入れた。アイナは別に天才ではない。こういうことが好きなだけだ。
「おそらく、あの物体の表面に掘られている文字が魔法分解術式なんだろうけど、言語学者に頼んでも解読できなかったし、数学的に見ても判別不能だよね。魔工技師たちによると、人為的に作られたものではないし」
「え、じゃあ何もわかってないじゃん!」
「だからそう言ってるじゃん」
ニナに釣られてあまり使わない言葉遣いをしてしまった。何となくみんなぽかんとしている気がする。何となく居心地の悪いアイナは、こほんと咳払いをして話を続ける。
「あと、魔工技師たちに調べてもらって、どの魔石の特徴にも一致しないことは確認したよ。あと、やっぱり中は空洞っぽいよね」
「……じゃあ、なんで持ち上がらないんだ?」
今度はフレイが尋ねてきた。アイナはうーんと首をかしげる。
「さあ? 何か、磁力みたいなものでくっついてるのかもしれないけど」
「……本当に何もわかっていないのね」
「だから、そう言ってるじゃないですか」
どうでもいいが、ヘンリクにはため口だが、ヴィエナには敬語で話すアイナである。
「とりあえず、いくつかの魔法は使えるようになったから、あの物体に覆いをかぶせてそれに対抗魔法構築式を刻み込もうと思うんだけど」
「ああ……いいんじゃないか? それで魔法が使えるようになるのか?」
「わからないけど、やってみるしかないよね」
ヘンリクから許可はもらったので、魔導師たちと魔工技師を巻き込んで、早速とりかかろう。構築式を計算するのはアイナの役目だ。
「うまくいかなかったら?」
「それはそれで、貴重なデータだよね」
エステルの問いかけに、アイナはそう答えた。エステルが苦笑を浮かべる。
「わかりにくいけど、アイナもやっぱり研究者だね」
まあ、いつぞやフレイに「おとなしいマッドサイエンティスト」とは言われたが。だが、研究者、技術者と言うのはこういうものだろう。アイナとしては、自分は技術者に近いと思っている。
「……まあ、やってみて、その結果を教えてくれ」
「わかった。事故が起こらないように祈ってて」
「と言いつつ、起こしたことはないな」
ヘンリクのツッコミに、アイナは「慎重派だからね」と答えたが、何故か全員からそんなわけない、という指摘を受けた。何故だ。
なんにせよ、これから忙しくなる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アイナちゃんは基本的に現場にいない人ですね。




