33.厄介な来訪
相変わらず魔法は使えないので、アイナは黒い巨大物体の解析をしていた。わかったのは何もわからない、ということだけだった。使えなくなっているのは魔法だけで、機械の方は正常に作動しているのに、何のデータも取れないのである。しいて言えば微弱な魔力を放出しているが、すぐに離散してしまう。表面に描かれた文字も、どうやら全体に及んでおり、同じ言葉を繰り返しているらしい、ということはわかったが、なんと言っているのかは全く分からなかった。
さすがにそろそろ、巨大物体の事件も下火になってくる。人間はなれる生き物であり、魔法が使えない状態でも、わりと何とかなっている。
アイナが城塞を歩いていると何やらエントランス付近が騒がしいことに気が付いた。異世界側からエントランスの方に抜ける。吹き抜け二階にいたアイナは、そのまま手すりに寄りかかって階下を見下ろした。身なりの良い男と城塞の職員が口論をしていた。
「あ、アイナ!」
「セルマ」
背後から声をかけてきたのはセルマだった。段々と人が集まってきた中、アイナの隣を確保したセルマは「何事?」とアイナに尋ねた。
「さあ? 私も今来たところだし」
「なーんか見なれない人たちね」
セルマが手すりについた腕に顎を乗せて言った。アイナも相槌を打ちかけたが、その前に「ん?」と首をかしげた。
「どーしたのー?」
白熱する階下の口論を眺めながら、セルマが問う。アイナは「うーん」と少し口ごもった。
「なんか見たことある気がする」
「あんたの記憶力なら信憑性あるわね」
電話には出ないが、記憶力には定評のあるアイナである。セルマが冷静につっこんでくれた。
「どこで見たの? あんた、めったにキラヴァーラを出ないじゃん」
ちょくちょく町外に買い物に出ているセルマならともかく、ほぼキラヴァーラにいるアイナだ。確かに、どこで見たの? となるだろう。
「前に買い物に行ったとき。たぶん、事故ってたやつだと思うんだけど、警察から解放されたんだ……」
あの時は今口論をしているスーツ男しか見なかったが、他にも二人、男がいた。いかにもな護衛と、いかにもな成金である。スーツ男は秘書とでも言ったところか。
「アイナ、セルマ。何してるんだ?」
今度はエステルがやってきた。彼女もいつも通りの好奇心で階下を覗き込む。
「お客さんか? 何やら面倒そうだな。ヘンリク殿が対応にいったぞ」
どうやら、エステルは今日もヘンリクと話をしていたらしい。まあ、初めから遊学のようなものだし、実験場をうろつかれるよりはましだ。
「じゃあ、大丈夫ですね」
セルマが安心したように言った。司令官であるヘンリクが出張るのなら大丈夫だろう。何しろ、二十年にわたりこの城塞の司令官を務めあげる男である。……関係ないか。
「おーい。アイナ!」
「……」
ことあるごとに呼ばれるのはなぜだ。階下から呼ばれたアイナはため息をつく。セルマとエステルが「呼ばれてるよ」と言うので、仕方なく階段を降りた。飛び降りてもいいくらいだが、魔法が使えない今、そんなことをすれば確実に怪我をする。
ヘンリクの隣に立ったアイナを見て、秘書らしき男が目を見開いた。
「お前! あの時の!」
声を荒げた彼だが、ヘンリクはわざとらしく驚き、「おや、彼女をご存じで?」などと言った。たぶん、ヘンリクも彼らが事故現場でアイナと対立した人たちだと気付いているだろうに。
「彼女はアイナ・ハウタニエミ。キラヴァーラ城塞の技術者で、あなた方がおっしゃる異世界に現れた巨大物体の解析についての研究班の責任者です」
「先日はどうも」
アイナは軽く頭を下げる。秘書らしき男が「何をしゃあしゃあと」と言わんばかりの表情になるが、成金男が秘書を押しのけた。
「いやはや、責任者の方がこんなにお綺麗な方だとは驚いた。私はベンヤミン・グレヴィリウスと申します。魔法道具などの製造販売を生業としている。先日はマルクが失礼をしたようで」
「いえ」
アイナは首を左右に振る。でしゃばったのはアイナだから、半分自業自得だ。
一応、全員の紹介を受けた。成金っぽい男はベンヤミン・グレヴィリウス。本当に成金で、魔法道具の製造・販売を業務とするMMM商社の社長だった。
アイナが口論をした秘書っぽい男性は本当に秘書で、マルク・スヴァールバリ。もう一人の体格の良い護衛っぽい男性はヨルゲン・エクストレームといって本当に護衛だった。
三人とも、マキラ王国の人間に近い外見や名前だが、やっぱり隣国レーゲルグレーンの出身だろう。隣であっても、国が違えば多少受ける印象は違うものだ。
「アイナ。グレヴィリウスさんはお前が解析中の巨大物体に興味を持ち、わざわざここまで来られたらしい。せっかくだから説明してもらえるか?」
「……構いませんが」
だが、どこまで説明していいのだろうか。たぶん、ヘンリクもついてくるだろうから彼に確認しつつ話をするしかないか。アイナが自分から離すのではなく、相手の問いかけに答える形で答えれば、たぶん、問題ないだろう。たぶん。
二階から見下ろしているエステルたちと目があった。彼女が出てくるとややこしくなるので、このままおとなしくしていてくれると助かる。好奇心旺盛だが、彼女は賢明な人で、自分の立場をよくわかっている。
アイナはヘンリクと共に城塞の上に上がった。エステルには近くでその巨大物体を見せたのだが、グレヴィリウスたちはまだそこまでの信頼を得ていないということだ。
「現在解析中の巨大物体です」
そう言って異世界側を指し示した。ほぼ真下で、巨大物体が今日も解析中である。だが、だいぶ人数は減った。本当にまったく何もわからないので少しずつ通常作業の方に人数が割かれていったのだ。ちなみに、魔法研究を主に研究している第三研究所は、未だに魔法を使用できないので通常営業にはなっていないが、この状況下でも使える魔法はないかと研究中である。
城壁上から見下ろしても、かなり大きいことがわかる。三階の窓からのぞいても良かったのだが、部屋は普通に使用しているので邪魔するのはいただけない。
「なるほど、大きいな」
グレヴィリウスは下を見下ろして言った。それからアイナに問いかける。
「あれの周囲では魔法が使えないと聞いたが」
「ええ。あの物体から、約半径十キロ圏内は魔法が完全に使えません。キラヴァーラ内では、魔法は使えないと思ってください」
「国境のこの街で魔法が使えないのは不便ではないか?」
唐突に関係ない質問が飛んできて、アイナは素っ気なく答える。
「別に、この街はすべて魔法で動いているわけではありませんから」
魔法と、現代科学が半々。今は完全に科学の力で動いているが、不便なことは特にないはずだ。
「なるほど。しかし、移動させようとは思わなかったのか? 邪魔ではないか?」
「あちら側に降りることはめったにないので、邪魔と言うことはありませんが。それに、移動はさせようと思っても、できないので」
アイナが正直に答えると、グレヴィリウスは「ほう」と面白そうな表情をした。
「動かせないのか」
「びくともしませんね」
これは本当だ。重機を使っても人力でも動かなかった。滑車も使ってみたが、持ち上がらなかった。たぶん、ほぼすべての方法を試したが動かなかったのだ。
「ちなみに、分割することもできません」
「そうなのか」
アイナはちらっとグレヴィリウスを見て、それからヘンリクを見上げた。彼は肩をすくめて見せる。アイナは一瞬目を細めて彼を睨むと、グレヴィリウスの問いかけに淡々と答える作業を再開した。
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さすがにストックなくなりそうです。




