32.当然の結果
「あ、アイナ」
警察署から出てきたアイナを、ラウハたちは待ち構えていた。レイマとアントンが抱える荷物が増えているところを見ると、頼まれていたものも買ってきてくれたらしい。
「ごめん、待たせたね」
「ううん。もっとかかると思ってた」
ラウハがアイナに駆け寄ってくる。事情聴収されたといっても、アイナは当事者ではないので、本当に聞かれただけだ。事故現場を目撃したわけでもなく、防犯カメラを確認した方が情報は得られるだろう、というレベルだ。
「まあ、私は少し話を聞かれただけだからね。あの親子と、車に乗ってた方はまだ事情聴収されてるみたいだけど」
こればかりはどうしようもない。彼らは当事者であるので、事情聴収が長引くのは仕方のないことだ。
「なあ、アイナ」
「何」
レイマに話しかけられて、アイナは彼を見上げる。彼はがばっと頭を下げてきた。
「すまん!」
「な、何が?」
大男に頭を下げられ、ビビるアイナ。身を引いたアイナに、レイマは顔をあげて言った。
「いや……お前、俺の代わりに捕まったようなもんだろ」
「捕まってないよ。事情聴収されてただけだよ」
一応訂正を入れておく。別にアイナは逮捕されていたわけでも拘留されていたわけでもない。
「でも、俺をかばったみたいなもんじゃん。悪い。俺が護衛なのに……」
「あんたがぶん殴ってたら、それこそ逮捕されてたかもね。事情を聞かれるくらい、大したことじゃないよ」
アイナは肩をすくめてそう言うと、「行こうか」と歩き出した。レイマが殴りに行けば、アントンも続きそうだったし、これでよかったのだと思う。
「私は、感情のまま行動できるレイマはすごいと思う。人間は普通、理性が働くから、悪いことだとわかっていても止められない」
実際、他の野次馬たちは誰も動かなかった。自分にスーツ男の怒りを向けられたくなかったからだ。集団でいると、誰かがやるだろう、という心理が働くこともある。その中で、実際に動こうとしたレイマは称賛されるべきだろう。しようとした行いは、ほめられたものではないが。
「えー、なんか照れるなー。お前に言われると」
と本当に照れた顔をするレイマに、アイナは目を細めた。こいつ、本当に馬鹿だなー、と思ったのだ。ラウハが焦った様子でツッコミを入れる。
「ねえレイマ。たぶん、アイナに半分くらい馬鹿だねって言われてるよ……」
「そうなの!?」
「レイマって本当に馬鹿なんだね……」
アントンにも言われる始末である。アイナは笑ってレイマの肩をたたいた。
「ごめんて。でも、すごいと思ったのは本当。でも、もう少し自分のことも考えてほしいってことだよね。いくら正しくても、それが正解ではないことだって存在するんだ」
「……なんかいいことを言っているような気はするが、どういうことだ?」
「……まあいいよ」
アイナは肩をすくめると、駐車場に停めてある車の鍵を開けた。レイマとアントンが荷物を積み込み、アイナは運転席に座る。
「アイナ、俺、運転しようか」
「いいよ。アントンとレイマは運転が怖いもん」
正直に言った。二人とも、スピード狂というわけではないのに、運転が乱暴なのである。
田舎なので、道がほぼまっすぐである。道がまっすぐだと、何となく感覚が狂う。狂ってきたころにキラヴァーラの街の外壁が見えてきた。
「ん?」
「あ」
運転席のアイナと、助手席のラウハが声をあげた。後部座席のレイマとアントンも覗き込んでくる。
「入口んとこに、誰かいねぇ?」
「……いるね」
レイマの見たままのつぶやきに、アイナは相槌を打った。どう見ても、キラヴァーラ城塞司令官のヘンリクがいる。とりあえずアイナはそこで車を止めた。
「……帰ってきたな」
「ええっと、ただいま戻りました?」
車から降りたアイナはヘンリクにそう答えた。すると、突然アイナはヘンリクの拳骨を食らった。
「いった!」
本気で痛かった。骨が当たった。
「何をしとるんだお前は。ふざけるのは研究内容だけにしておけ。私はお前をそんなふうに育てた覚えはないぞ」
「いや、司令に育てられた覚えはないし」
かれこれ二十年近い付き合いではあるが、ヘンリクに育てられた覚えはない。ついでに言うなら、ふざけた覚えはない。
「警察から連絡が来たときは、何があったのかと思ったわ。お前は面倒事を起こすタイプではないからな」
「え、何? 説教するためにわざわざここで待ってたわけ?」
「お前、冷静過ぎてつまらなんな」
「余計なお世話だよ」
それにしても殴られた頭が痛い。馬鹿になったらどうするんだ、と言ったらお前はそれくらいでちょうどいいのかもしれん、などと言われた。
「みんな心配していたんだ。わかれ」
「ん……ごめんなさい」
とりあえず謝っておいた。心配してくれていたのはわかったので。
それにしても、思ったよりすぐに解放されたと思ったら、やはりヘンリクが関わっていたらしい。アイナが所持していたIDカードを見て、キラヴァーラ城塞に問い合わせたのだろう。
ヘンリクと別れて家に戻ると、城塞に行っているとばかり思っていたエステルたちが待っていた。お帰り、と手を振ってくれる。
「警察に捕まったと聞いたぞ。アイナにもそんな破天荒なところがあるんだな」
「捕まってないよ。事情聴収されただけ」
面白そうに話しかけてくるエステルに、一応訂正を入れる。エステルは「そうか」とうなずいたが、たぶんわかってない。
「絡まれてる親子を助けに行ったんだよねー。かっこよかったよ」
ラウハが簡潔に言った。間違っていないので口は挟まない。どさくさに紛れて上り込んできたアントンが口を開く。
「ねえアイナ。買ってきたケーキ食べたいんだけど」
「はいはい。ラウハ、コーヒー入れてあげて」
「はーい」
強制的に話がそらされた。確かに、ケーキ屋によってケーキを買って来たけど。現在、アイナ宅にいる人数が多いので、結構な重さだった。アイナは持ってないけど。
「っていうかあのおっさん、結局なんだったんだ? 何したかったんだ?」
レイマがタルトをつつきながら首をかしげた。アイナも「さあ?」と首をかしげる。慰謝料をふんだくりたかったのかもしれないが、どちらにしろあたっていたのなら払うべきはあの男の方だ。
「良くわからないけど、でもあの人、たぶんマキラの人じゃないね」
「そんなことわかるのか」
エステルが感心したように身を乗り出してきた。アイナはコーヒーをカップに注ぎながら言った。
「言語は一緒だと思うから、たぶん隣国の人かな。やっぱりアクセントが違うよね」
「それでわかるの!?」
ラウハとニナが驚きの声をあげた。アイナはびくっとして、「いや、たぶんだけど」とあいまいな言い方をする。まあ、アイナも国境にいる人間なので、少し言葉がなまっているから確かなことは言えない。少なくとも、この辺りの人ではないのは確かだが……。
「そう言えば、フレイは?」
話をそらすようにアイナは尋ねたが、答えはわかるような気がした。六人(アントンは含まず)までそろっているのに、フレイだけがいないそのわけは。
「デートだ」
エステルが楽しげに答えた。ニナも「タニヤとラブラブデート中」とほぼ同時に言った。この二人……。
「このような危機的状況で暢気なものですが、恋路は応援したくなりますね」
メルヴィ、相変わらず舌鋒がきついが、その言葉はフレイと言うよりタニヤに向けられている気がした。
というか、メルヴィは最近、イラついているように見えるが、同じく生活で魔法を多用しているアイナは気持ちがわかるので触れないようにしていた。
「アイナ! ケーキ食べないと、アントンが全部食べちゃうよ!」
ラウハが悲鳴のような声をあげて自分の分のケーキを確保している。考え事をしていたアイナは、その声に釣られるようにみんなのいる食卓に向かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ちなみに、アントンは甘党です。




