31.正義感の問題
キラヴァーラは国境の街であるが、店の品ぞろえは良い。しかし、どうしても入手できないものなども存在し、そう言ったものが欲しいときは、ネット通販か、もしくは近くの地方都市まで行く。
アイナは自分で手に取って選びたいものがあり、近くの地方都市へと繰り出していた。とはいえ、国境にあるキラヴァーラから一時間ほど車を走らせた都市だった。
「アイナ。後は何買うの?」
アイナの左腕にぺっとりとくっついてきたのはラウハだ。彼女はこの買い物の同行人である。アイナは手元の端末をスクロールさせて買ったものを削除していく。
「あとは……化粧品」
「……ここまで工具や化学用品が続いて、最後に化粧品?」
「キラヴァーラでは手に入らないものってあるからね」
と、アイナは言う。だが、ラウハは「そうじゃなくて」と少し離れてアイナを見上げる。
「その格好で化粧品買うの? 男装で?」
「別に男装してるわけじゃないよ」
ユニセックスな服装を好むためか、アイナは男装していると取られることが多かった。ちなみに今日は、シャツに細身のズボン、ハイカットスニーカー、ジャケットである。確かに男装っぽいが、女性がしない恰好ではない。
一方のラウハがふわっとしたワンピース姿なので、余計にそう見えるのかもしれない。
「でもずるいよな。女の人がズボンでもアイナみたいにかっこいい女子になるのに、男がスカート履くと、途端に変態なんだぜ!」
馬鹿なことを言いだしたのは、荷物持ち兼護衛に連れてきたレイマだ。もう一人、アントンも護衛についてきている。女二人と男二人の方がダブルデートっぽくて目立たない、と誰かが言ったのだが、アイナが男っぽく見えているのなら、あまり意味がない。
「服なんて、人の好みでしょ。これ以上変なこと言ったら、その辺に捨てていくからね」
「アイナ、ひでぇ!」
「うるさい」
アイナはとりあえず、レイマの後頭部をぶん殴っておいた。レイマが涙目になるが、アントンが冷たい目で「自業自得でしょ」と突っ込んでいた。
「アイナ、化粧品買いに行くんでしょ。姫様たちからの頼まれごともあるし、早く行こうよ」
「ん、そうだね」
あからさまに話を変えにかかったラウハであるが、アイナとしても日が暮れる前に帰りたいので同意した。目的地である百貨店へ向かう。
アイナは移動の途中にちょっと魔法を使ってみる。簡単な干渉魔法であるが、ちゃんと使えた。
「さすがにこれだけ離れてると使えるんだな」
「ここって、キラヴァーラとどれくらい離れてるの?」
レイマとラウハが、ちゃんとアイナの魔法が発動したのを見て尋ねてきた。
「正確に測ってないけど、キラヴァーラから七十キロくらい離れてるからね。自分の魔法力が消えているわけではなくてほっとした」
「まあ、あたしもアイナも、魔法が使えないと自分の身すら守れないもんね」
ラウハの冷静な指摘に、アイナはうなずく。その通りである。一応、近接戦闘も学んでいるが、それでレイマのような体格の良い男を撃退できるかと言ったら、できない。
百貨店の前に着いたとき、結構近くから急ブレーキを踏む音が聞こえた。続いて何かがぶつかったような音。どうやら、交通事故のようだ。
「……み、見に行く?」
「いや……私たちはあまり関わらないようにするべきだと思うけど」
アイナは慎重論を唱えたが、レイマとラウハが気になるらしく、そわそわしているので様子を見に行くことにした。現場は人だかりができていて、すぐに見つかった。だが、そのあたりから怒鳴り声が聞こえる。
「俺達が悪いってのか! そのガキが飛び出してきたんだろ!」
「す、すみません。でも、信号が……」
三十歳前後ほどに見えるお母さんらしき女性と、その子供らしき五歳くらいの男の子。その二人に、スーツ姿の男が怒鳴り散らしていた。
「車も壊れちまっただろうが! 修理代出せよ、修理代!」
「で、でも……」
「でもじゃねぇだろ! そっちが悪いんだから!」
まったく聞く耳持たないスーツ男。たぶん、警察がやってくる前に片を付けたいのだろう。
隣で話を聞いていたレイマが怒りの表情で足を踏み出そうとしたので、アイナはその手をつかんで止めた。
「アイナ! 行かせてくれ!」
「いやだよ。行かせたら、レイマ、あの男のことぶん殴るだろ」
「いいじゃん、殴れば」
アントンも過激なことを言うが、アイナは小声で「アントンも、あおらないでよ」と言った。
「わかった。いい。私が行ってくるから、三人はここで待ってて」
「え、逆に危なくない?」
ラウハが心配するが、アイナは「殴りこむよりましでしょ」と言って自分の鞄をラウハに預けると人ごみをかき分けて現場に出た。
「あの~。ちょっといいですか?」
「ああ?」
果敢にも声をかけたアイナに、スーツ男はガラの悪い声を出したがアイナの顔を見るとびっくりした顔をした。アイナ自身も、自分が美人である自覚はあるのでその辺を踏まえての行動である。
「な、何だ?」
たぶん、アイナが男か女か判断がつかなかったのだろう。じろっと全身を見られた。アイナはスーツ男の前に親子に話しかけた。
「ちょっとごめんね。怪我したところ、見せてくれる?」
「え、お医者様……ですか?」
「違うけど、医療従事者ではあるよ」
マリの助手をしているので、間違ってはいない。基本的に彼女は技術者ではあるが。
「膝と手をすりむいてるね」
ということは、転んで膝と手をついたということだ。この子は転んだことに間違いはないだろう。
「ほかにいたいところは? ぶつけたところはない?」
すると、男の子はふるふると首を左右に振った。アイナはいぶかしんで、「ちょっとごめんね」と言って男の子の頭や背中を『視る』。確かに、ぶつけた様子はない。
ということは、初めからこの子は車とぶつかっていなかったことになる。アイナは顔をあげて防犯カメラの位置を確認した。いくつかカメラが設置されている。
「良し、もういいよ。あとで病院に行ってみてもらった方がいいけどね」
「あ、はい……」
アイナは立ち上がると、スーツ男の方に向き直った。まっすぐに見つめられたせいか、男がたじろぐ。
「彼は車とぶつかっていないようですよ。よかったですね」
無表情でそう言い切る。スーツ男はどもりながら言葉を返す。
「しかし……車が」
「ぶつかってないんなら、最初からどこかに不具合があったんでしょ。よかったら見ますけど」
「あ、ああ……」
アイナが立て板に水の如く話すので、勢いでスーツ男はうなずいた。アイナは遠慮なく車に積んである工具を取り出してきて手袋をはめる。それからボンネットを開いた。
「あんた、何者だ?」
「技術者。少しブレーキが効きづらくなってるから、直しておきます」
と、勝手にいじる。たぶん、これは最初からそう設定されていたのだろうが、知ったことではない。アイナは他に壊れている部分がないか確認すると、ボンネットを閉じた。とりあえず、これで動く。というか、最初から動くけど。
「まあ、ちゃんと自動車屋行って直してもらったほうがいいですよ。それと、不正改良は警察に捕まっちゃいますからね」
最後は声を低くして言った。そして、タイミングをよんだかのように警察が到着した。遅い。
「交通事故ですね。署の方で詳しくお話を聞いてもいいですか。あ、そこの金髪のお姉さんも」
行きかけたアイナは振り返る。いや、この国に金髪は多いのだが、呼びとめられるような人間は自分だけだと思ったのだ。そして、案の定アイナのことだった。
「マジかぁ……」
そりゃそうだ。自分から関わってしまったのだから、事情を聞かれるのは当たり前だった。
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