30.謎の巨大物体
アイナが城塞に出てくると、気の早い技術者や研究員たちがすでに準備を始めていた。巨大物体の近くに行くと、すでにカウコとセルマの夫婦が準備を始めていた。
「ようっす。おはよー、アイナ!」
セルマがテンション高くアイナに抱き着いてくる。アイナは倒れないように踏ん張りつつ、「おはよう」とあいさつを返した。
「この岩、動かすの?」
「と、思ったんだが、びくともしないんだよな」
カウコがまじめな表情で言うが、「そもそも」とアイナは指摘を入れる。
「この岩、高さも幅も奥行きも七メートルくらいあるよね。こんな大きなもの、置く場所ないよね……」
セルマがこくこくうなずいている。どうやら、誰もツッコミを入れられなかったようだ。
というわけで、巨大物体の近くに調査本部が置かれた。巨大物体の方には足場が組まれ、上まで上がれるようになった。
「うぉーい、アイナ!」
早速足場を上っていたアイナは、カウコに呼ばれて引き返した。
「何?」
「非常に残念だが、俺とセルマは仕事に戻らなければならない。アイナ、ここは頼んだ」
「ああ……うん。私は仕事にならないからね……」
第三研究所はまだ落ちた機械の残骸が残っている。どちらにしろ、あれが無事でもあれは魔法機械なので、作ることはできない。
「私はここでこれ調べてればいいの? どの範囲まで魔法が使えなくなってるかも気になるんだけど……」
「ああ……そこは別の調査員が調べてくるから、お前はこれがその原因だと突き止めろ」
どうやらカウコも魔法が使えない原因はこの巨大物体だと思っているらしい。いや、アイナもほぼ同意見だけど。
だが、調査は偏見なくすべきである。アイナはまず、その巨大物体の大きさを計ることから始めた。基本情報を端末に打ち込んでいく。
重機を使って動かせないか試み、ドリルを使って壊せないか試す。どちらもできなかった。重量を計りたかったし、材質を知りたかったのだが。
さらにさまざまな魔法を使ってみるが、どれも魔法式を構築することすらできなかった。この魔法が使えないという絶望感。巨大物体の上でしゃがみ、ため息をつく。
アイナは立ち上がると、作業着の上を脱いで腰のあたりで結んだ。そこに、足場を上ってきた研究員が声をかける。
「アイナぁ。何か下で、先生が気持ち悪いんだけど」
「意味が分からないんだけど」
先生と言うのはマリのことだ。彼女は生態学の研究者でもあるが、医師も兼ねている。そのため、『先生』と呼ばれることが多いのだ。しかし、気持ち悪いとはどういうことか。
「被害はないなら、放っておけばいいんじゃない?」
「いや、みんな気持ち悪がって引いてる」
とにかく、何とかして、ということらしい。これを言いに来た彼は、アイナより五つばかり年上の男なのだが、何故現在、魔法が使えないただの小娘であるアイナを頼るのか。
ため息をついたアイナは、足場の階段を降りる。上にいるときはともかく、下から見上げるとこの巨大物体、本当に巨大である。アイナの五倍くらいの大きさだから、当たり前だけど。
「おお~。弱ってる、弱ってる~。魔物が魔力を動力源にしているってのは、本当なのねぇ」
うん。確かに気持ち悪い。少し回り込んでマリを発見したアイナは、素直にそう思った。
ひょいっと覗き込むと、どうやら籠の中の魔物を観察しているらしい。ふわふわの、比較的可愛いやつだ。動きが弱弱しいのは、魔物は魔力をエネルギーとしているからである。
「……マリさん。気持ち悪いって苦情来てるんだけど」
「うん? あらー、アイナじゃない」
「うん、私だね……」
駄目だ。テンポがずれている。アイナも自分がマイペースである自覚はあるが、マリも相当である。
「この物体が現れてから、魔物の動きが悪いのよね。興味深いでしょ」
「確かに興味はあるけど……調査に差し障るから、城塞の中でやってくれない?」
「あーん、アイナが冷たい」
「いや、そもそもその子がかわいそうでしょう……」
魔物なのだが、何となく姿がかわいらしいので同情してしまった。
「ああ、いたいた、先生! 何やってるんですか!」
マリの助手にあたる医者の青年がマリを連れ戻しに来た。彼はアイナを見ると早口に言った。
「ごめんね、アイナ! 邪魔したね! ほら、行きますよ!」
「ちょ、私だって調べたいのに!」
マリが名残惜しそうにしながらも連れて行かれる。そうなると、少し罪悪感を覚えるアイナであった。
「アイナ!」
また名を呼ばれて、アイナはそちらを見た。今度は大人数である。
「司令、町長」
ヘンリクとヴィエナが一緒にいるのを見ると、ろくなことがないような気がするのはアイナだけだろうか。二人は、エステルとその護衛たちを連れていた。フレイは自分の母親が一緒で居心地悪そうだ。
「ここの責任者はお前か?」
「まあ、第三研究所はまだ使えないですから……成り行きで」
本当に成り行きである。一応責任者なのかもしれないが、先ほどのマリのように、気が付くと人数が増えていたりするので、アイナも正確な人数を把握していなかったりする。
「どうだ、解析は。進んでいるか?」
「進んでいますけど、何もわかってません」
アイナは一応「説明します?」と確認をとる。ヘンリクがうなずいたので、アイナはとりあえず今までに確認したことを順番に述べていった。
「まず、大きさは、高さ約七メートル、周囲は約三十メートル、重量は測定不能の為、不明です。そもそも、動かすこともできていません。魔法、クレーン車、ブルドーザー等を使ってみましたが、びくともしませんね。傷つけることもできませんでした。のこぎりや刃物、先の鋭い錐、電動のこぎり、水圧のこぎりなどを試してみたのですが」
「魔法は? 街全体で使えなくなっているのだけど」
ヴィエナが尋ねた。その件で、昨日のアイナは大変だったのでちゃんと調べてある。
「少なくともこの街の中では、現在、魔法は全く使えません。まあ……半径十キロくらいでしょうか。この物体を中心にして」
「……測ったのか」
誰かがいれたツッコミにアイナはこっくりとうなずいた。実際に測ったのはアイナではなく、他の調査員たちだけれど。
「おおむね十キロの円周の外に出ると、魔法は使えるようですが、この街に近ければ近いほど、魔法の力は弱いようです。先ほど、マリさんも調べていましたけど、魔力をエネルギー源とする魔物も、この物体の周囲では動きが鈍くなるようですね」
本当に、この物体がある限り、魔法が使えないということだ。魔物も動きが鈍くなっている以上、襲ってくることはないだろうが、それでも不安はある。
「じゃ、じゃあ、どうするの!?」
今の声は明らかにニナだった。一応、彼女の白兵戦も肉体強化の魔法に護られているので、彼女の心配はもっともだ。
「……まあ、気になることもあるんですが」
と、アイナは巨大物体の黒々とした表面に触れる。
「実際には量れなかったのですが、こいつの実際の重量は、見た目より軽いのだと思います。まあ、それでも人の力では持ち上げられないとは思いますが。それに、表面に文字のような紋様があります。これが、呪文や魔法陣の役割を果たしているのだとしたら……」
アイナは巨大物体を見上げる。
「魔法は、発動しないのではなく、発動する前に分解されているのかもしれません」
みんなぽかんとしていた。意味が分からなかったのだろう。まあ、アイナもわかると思って説明していないし。
アイナの考えでは、魔法は魔法として正常に発動しているのだと思われる。しかし、発動する前に魔法式が分解されているのだ。さらに、大気中の魔力素もこの物質が吸収していると思われ、その影響を受けているのが魔物たちだ。
だが、本当にそうなのだとしたら対抗策はある。むしろ、アイナの得意分野だ。
とはいえ、先にこの物質を調べることが先。マリではないが、とても興味深いものだ。
「とりあえず、この物体をここから動かすことは不可能です。壊すことも不可能。これがある限り、魔法は使えませんからライフライン等はすべて魔法回路ではなく電気を使ってください。現状を見る限り、魔物が襲ってくる可能性も低いでしょう。つまり、今のキラヴァーラは、『ただの国境の街』ということになりますね」
そう。半分魔法で成り立っていたこの街は、今、ただの街なのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ちなみに、だいたい半分くらいまで来ています。




