27.空気は読め
結局、エステルの学校見学はそこまでとなり、アイナたちと一緒に城塞に向かうことになった。アイナが猛烈な勢いで計算していたのは、魔法陣解除公式だったらしい。無理やり消すこともできるが、これは機械の強制シャットダウンに近い。そのため正式な手続きにのっとって解除したのだ。
城塞に入ったとたん、アイナが足止めを食らった。様々な質問がアイナに飛んでくる。
「どうだった? 魔法陣!」
「なあアイナ~。異世界側がなんか不安定みたいなんだけど」
「小っちゃい蟷螂が少し、街の外に逃げちゃって……」
そんな事アイナに言ってどうすんだ、ということまで言われている。しかし、アイナは相手をしている。結構気まぐれな猫のようなところがある彼女だが、頼まれれば放っておかないのも彼女だ。
「じゃあアイナ。私たち、司令のところに行くわね」
最初に見切りをつけたのはヘリュだった。ひらひらと手を振ってエステルに「行きましょう」なんて言っている。一応、町長代理としてヘリュも城塞に来たのだ。つまり、エルノも一緒である。学生二人、ラウハとイルッカは置いてきたが、それ以外は全員居る。
「アイナ、もてるわねぇ」
なんて言っているのはマリで、彼女は彼女でアントンに「行こう、マリさん」と引っ張られている。まあ、マリはアントンがいれば無事に医務室までたどり着けるだろう。……実験室の方に行くのかもしれないけど。フレイたちはエステルについていくことにした。
「司令、失礼します」
ヘリュが司令室をノックして扉を開けた。何やら書類を読んでいたヘンリクは笑みを浮かべて立ち上がる。
「これは、姫様。こちらにいらっしゃるのは珍しい」
「ああ。城塞は好きに見回らせてもらっているが」
エステルは自分の父親ほどの年齢のヘンリクにも臆することなく微笑んだ。まあ、特別な用がなければ司令室なんて来ない。
「驚かれたでしょう。この街では、一週間に一度は何かが起きる」
ヘンリクが精悍な顔に優しげな笑みを浮かべて言った。その胡散臭さが何とも言えない。
「確かに驚いたが、楽しくもある」
エステルは本当に楽しそうだ。宮殿での彼女を知っているので、楽しいならいいかな、と思ってしまうフレイは甘いのだろう。
「蟷螂や魔法陣に遭遇したと聞きましたが、ご無事で何よりでした」
「ああ。みんな気を使ってくれて。本当は、もう少し近くで見たかったのだけど」
「やめてください……」
残念そうなエステルにツッコミを入れたのはアキだった。うん。やめてほしい。切実に。
「護衛たちの言うとおりです。やめたほうが良い。慣れている城塞職員だって、怪我をしたり、死んでしまうことだってあり得るのですからな」
さすがにめったにない事例だが、皆無ではない。エステルは「わかっているよ」と肩をすくめた。
すぐに、ヘンリクは今日の報告を聞く予定だということで、エステルも同席することにしたらしい。まあ、確かに、あれらがなんだったのか気になる。まあ、ここにいてもわからないことも多いが。
「失礼します」
やってきたのはアイナとマリ、それにカウコだった。マリはアイナに支えられているが、マリが体重をかけるからか、アイナがふらふらしている。フレイとレイマがあわててフォローに走った。カウコがマリを支えていないのは、嫁に遠慮したからと、彼が機材を持っているからだ。
「ありがと。ごめん……」
心なしかしゅんとしたアイナの頭を軽くたたいてから、フレイはレイマと共にマリを椅子に座らせる。マリは悪びれなく「ありがと~」と言った。何故マリの方が堂々としているのか、謎である。
「ごめんごめん。本当は僕が支えられたらよかったんだけど」
「アイナが機材を持てなかったのよ」
「魔法を使ったら持てたよ」
アイナが少しすねたように言った。基本的にしっかり者な彼女だが、年上で気心の知れたマリやカウコ相手にはこうなってしまうのかもしれない。ちょっと可愛い。
まあ、それはともかく。
「報告を頼む」
「私も、町長の代わりに聞いていきますね」
とヘンリクとヘリュがまじめな表情になる。まず口を開いたのはカウコだった。
「えーっと。朝に現れた大量の蟷螂なんですが、どうやら異世界から出現したみたいで、小さすぎて魔法障壁をすり抜けてしまったみたいです。今、魔導師たちが障壁を張り直しています」
たぶん、演算処理はアイナも手伝ったのだろうな、と思いながら、フレイはマリの斜め後ろで話を聞いていた。マリが暴走したときの抑え役である。
「それと、数匹逃がしてしまいました……魔力を持った蟷螂なので、数名町外に派遣して駆除しています」
と言っても、普通の蟷螂よりちょっと生命力が強い、くらいなので、血眼になって探すほどのものでもないようだ。
「では次、私行きま~す。校庭に出現した巨大蟷螂だけど、前に城塞の向こう側に出現したものとはほぼ同じものね。どちらも傀儡……つまり、人形だねぇ」
という、生態学者マリの見解である。というか、人形ならば生態学の範囲ではないだろうに。職員が足りないからか一人一人の職務範囲が広いのだろう。
「じゃあ、ここからは私の分野だね。調査の結果、校庭に描かれていたのは召喚魔法陣と考えられます。念写ではなく、誰かが手で書いたものと思われます」
「……口を挟んで申し訳ないが、上から見る限り、手で書いたとは思えない正確さだったぞ」
エステルが口をはさんだが、アイナは平然として言った。
「コンパスの要領だろうね。角度と縮尺をちゃんと計算すれば描ける。少し面倒だけど、慣れればそんなに難しくないって話だよ」
今度やってみる? などとのたまうアイナだ。確かに、彼女なら描けるかもしれない。
「……実は、犯人はお前なんてことは」
「私、そんな暇なことしないよ」
先ほど描いてみる? と言ったのに、今度はそんな暇なことをしないという。彼女の判断基準がわからない。
「そもそも、私がやるなら念写にする」
手で描くのは、アイナは本当はいやらしい。まあ、彼女なら一度やってみても不思議ではないのかもしれないが。
「まあそれはともかくだ。ならば、誰かがわざわざ魔法陣を描いたということだろう? 何のために?」
ヘンリクが尋ねたが、アイナは「さあ」と首をかしげる。
「そこは、私の職務範囲ではないので」
それはそうだが。もう少しまじめに答えてもいいのではないだろうか。
「……まあ、学校の校庭なんだから、犯人は生徒の可能性が高いわよねぇ。あの学校、中等部と高等部を合わせても二百人もいないでしょ。すぐに見つかるわよ」
マリがアイナの素っ気なさをフォローするように言った。エステルが少し驚いた様子で言う。
「キラヴァーラは変わった土地だと思ったが、住んでいる人も変わっているな……」
結構ひどい言いようだ、と思ったが、本当のことなので誰も否定できなかった。
△
学校の授業が終わった後、ラウハとイルッカが城塞で合流した。二人は、一人の男子生徒を連れていた。彼はアイナを見ると、思いっきり頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「え、何?」
びくっとしてアイナが尋ねた。男子生徒は泣きそうな顔で言った。
「校庭に魔法陣描いたの、俺です!」
「あ、そうなんだ……」
アイナはちょっと引き気味である。男子生徒は言い募る。
ちょっとしたいたずらのつもりで、ほら、昔ミステリー・サークルとかあったじゃないですか。それと同じノリで。まさか、本当に召喚魔法陣になるなんて……。
彼は図書館で見つけた本を参考に、オリジナルで描いたらしい。それだけでもなかなかの才能である。話しを聞いたアイナなんかは「城塞の魔法研究員になれるね」と言っていた。
「……おとがめなしでいいのか?」
「この街では、比較的よくあるから」
エステルの尤もな問いに、アイナはしれっとそう答えた。まあ、確かによくあるけど。
飛び散った蟷螂の回収も済む頃、フレイは城塞で一人の少女に出会った。高校生の、戦闘員として訓練を受けている少女だ。人口四千人の町だから当たり前かもしれないが、顔は見たことがある気がした。
彼女はフレイを見つけるとずんずんと近づいてきて、勢いに任せたまま言った。
「フレイさん! あの! 私と、付き合ってもらえませんか!」
フレイはエステルの護衛中だったのだが、その場にいた全員がぽかんとした表情になった。
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