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24.降ってきた!










 真夏の冬事件が終息し、学校が始まったころ、エステルがキラヴァーラの学校を見に行ってみたいと言い出した。アイナなんかは「いいんじゃない?」と適当に返事をしている。相変わらずのGoing my wayである。一方のラウハがあわてた。


「えっ、姫様、学校見に来るの!?」

「そうできたらいいなと思うんだが……」


 私が学校に通ったことがないからな、と少し恥ずかしそうにエステルが言った。だからこそ、興味があるのだと。それを聞いたお掃除ロボットの整備中だったアイナが「わかる気はする」と言った。


「私も学校には行ってなかったし、興味はなくはないよね」

「そうなのか?」


 エステルが意外そうにアイナを見た。

「てっきり、大学を飛び級したのかと」

「そもそも十五歳の時点で大学卒業レベルだったし」

「お前、学位もってんの?」

 フレイがキラヴァーラを出た後の出来事なので、知らないのだ。別れた十四歳時点で年上のフレイヤレイマよりも相当頭がいいと思っていたが、想像以上であるらしい。

「一応は。通信だけどね」

 つまり、実際に大学には通っていないのだろう。学位のとり方はいろいろあるし。その身の上を考えると、アイナがあまりキラヴァーラの側を離れたがらないのは理解できる。


「とにかく、ヴィエナさんに聞いてみればいいんじゃないの? たぶん、いいって言ってくれるよ」

「お前、自分のことじゃねぇからって適当だな……」


 フレイが言うと、アイナは「いいじゃん」とやはり適当。

「フレイが気まずいだけでしょ。会おうと思っても、もう会えないことだってあるんだから、ちょっとぐらい気まずいのがなんだよ」

「……」

 アイナの実感のこもった言葉に、非難の目がフレイに向けられた。フレイの唇の端が引きつる。

「……わかったよ。ちょっと外す」

 フレイは立ち上がると、廊下に出て携帯端末の母の番号を呼び出した。


『もしもし、フレイ?』

「あ、母さん?」


 フレイは電話に出た母に簡単にあらましを伝えて、エステルが学校を見学したい、と言っていることを伝えた。町長である彼女にプライベートでお願いをすることは規律違反であるが、エステルの願いはできるだけ叶えるように、というのがヴィエナやヘンリクの指示なので、これは許してほしい。


 とりあえず許可を取り付けた。ヴィエナの許可は出たが、学校側の許可もいる。許可と言うか、日程調整か。決まり次第知らせるので少し待て、とのことだった。


『それよりあなた、アイナに迷惑かけてないでしょうね』

「アイナに迷惑をかけられていないか、の間違いじゃねぇの」


 思わずフレイがそう言うと、ヴィエナは『だって、アイナのところに世話になってるでしょ』と正論を言ってきた。その通りである。

『ま、多少迷惑をかけたところであの超絶マイペース娘が気にするとは思えないけど』

「母さん、何気にひでぇ」

 下手したらフレイよりひどい。フレイは一応、気を使うし。まあ、フレイしか聞いていないからかもしれないけど。


 通話を切ってリビングに戻ると、今度はアイナがテレビを解体していた。そう言えば、音声認識がうまくいっていない気はした。

「あ、フレイ。町長さん、なんて?」

 ニナが最初に気付いて尋ねてきた。フレイは先ほどまで座っていたソファに戻りながら言った。

「学校見学は可能だそうだ。ただ、日程調整がいるから、実際の見学は明後日以降になるらしい」

「ああ。そちらの都合で構わない」

 エステルが鷹揚にうなずいた。お姫様と言うのはわがままだ、という印象があるが、エステルはそんな事もなく、とてもやりやすいお姫様だ。


「うわー。でも、姫様本当に見に来るんだ。うわ~」


 ラウハがあわあわしながら言った。そんな彼女は宿題をしている。自分の部屋でやればいいのに、とも思わないではないが、ここにいれば理系関係の問題はアイナが教えてくれるので、気持ちはわからないではない。

 エステルが見に行くと言っても、ラウハは模範的な生徒だし、問題ないのではないだろうか。フレイが勝手に心配しているのは、むしろイルッカの方だった。

「あ、アイナ。これってこっちの公式を使えばいいの?」

「ん? どれ?」

 テレビの修復をしながらアイナはラウハの宿題を覗き込んだ。すぐに宿題に戻れるラウハも、大した神経をしていると思った。
















 そして、学校見学の段取りが整ったのは話があってから二日後のことだった。ラウハは先に登校しているし、アイナは城塞での仕事が片付いていないので不参加、という相変わらずのマイペースぶり。行くのはエステルたち三人と、護衛三人の計六人。学校でエルノと合流予定だ。

「じゃあ、私は城塞に行くから。何かあったら電話して」

「お前、電話でないだろ」

「……そう言えばそうだね」

 アキに指摘されて、アイナは首をかしげて同意した。すでに彼女も電話に出ないキャラが確立している。

 それじゃあ行ってきます、と別れようとしたとき、メルヴィが静止の声をあげた。


「待ってください!」


 そう言ってメルヴィが見たのは、北の方、つまり、異世界側だ。フレイたちもつられてそちらに目をやる。

 空に、黒い雲のようなものが見えた。うごめいている。


「アイナ! 障壁!」


 アキが叫ぶのと、アイナが魔法障壁をくみ上げるのがほぼ同時だった。アイナが作り上げた不可視の障壁に大量の小さな黒いものがぶつかってきた。それが落ち着くと、その黒いものは重力に引かれて地面に落ちる。


「何……これ」


 ニナがつぶやいた。それにかぶさるようにレイマが大声を上げる。

「うぉあっ!? なんか痛ぇ!」

「レイマ、動かないで!」

 素早く反応したアイナが、レイマの服の背中部分に手を突っ込んだ。大男の服に美女が手を突っ込んでいる光景は衝撃的で、レイマも「どわっ」と再び声をあげた。

「……これだ」

 アイナがレイマの服の中から引っ張り出したのは、彼女の指ほどの長さの昆虫だった。すなわち、蟷螂だ。それを、アイナは、レイマの服の中に手を突っ込んで、素手で引っ張り出した。つっこみどころが多すぎてよくわからなくなってきた。マイペースな彼女は、今の光景がどう見えていたかなど考えていないのだろうけど。

「え、蟷螂?」

「こちらのものも蟷螂ですね」

 ニナと先ほどアイナが障壁で防いだものを確認していたメルヴィも口を開いた。確かに、ぶつかった衝撃で死んでしまったのか、蟷螂の死体が積み上がっている。

「だが、何故こんなにたくさんの蟷螂が?」

「つーかこれ、外に出て行ったりしないのか」

 首をかしげるエステルと、意外と鋭い指摘をするレイマ。確かに、それは気になるところである。

「……わからないけど、たぶん、出て行こうとした街を覆う結界が発動するはずだから、たぶん大丈夫。たぶん」


 二回たぶんって言った。なら、大丈夫だと思っておこう。


「尋常でない数だったぞ。やっぱ、あのでかい蟷螂と関わってんのか?」

 フレイが尋ねると、アイナは「わからない」と正直に答えた。

「あれは傀儡だったみたいだけど……たぶん、マリさんが喜んで解析してくれるよ」

「ああ……」

 思わずみんなから納得の声が上がった。来たばかりのエステルたちが納得するくらいには、マリはマッドサイエンティストだった。


 その時、フレイの携帯端末が着信を告げた。見ると、母からだ。


「もしもし」

『もしもし、フレイ? 今どこ?』

「まだアイナんちの前だけど……」

 突然どうした。学校見学ができなくなったか。そう思っていると、違った。

『そうなのね。側にアイナはいる?』

「……いるけど」

『ね、ちょっと代わってくれない?』

「……」

 フレイは顔をしかめたが、文句は言わずにアイナに携帯端末を差し出した。

「何?」

「俺の母親から。お前に代わってくれって」

「何それ」

 と言いながらも、アイナは端末を受け取ってヴィエナと会話を始めた。ヴィエナの声は聞こえないため、アイナ側の返答だけ聞こえている。


「はい……はい。でも、城塞は……いえ、特にないですけど」


 いくらかやり取りをした後、アイナは「わかりました」と答え、通話を切ってフレイに端末を返した。

「私も一緒に学校に行くことになった。というか、私に直接かけてくればいいのに」

「お前が電話に出ないからだろ……」

 フレイは呆れて言った。アイナが電話に出ないのはキラヴァーラでは常識だ。まあ、まったくでないわけではなくて、気まぐれに出ることもあるけど。


「確かにそうだね」


 アイナはあっさりと肯定した。一応、自分が電話に出ない、という自覚はあるようだ。

「……なあ、アイナ。何か背中いてぇんだけど……」

 レイマの訴えを、アイナは容赦なく切り捨てた。

「さっき、蟷螂に切られたんじゃないの? 大丈夫。毒はないから、すぐに出血止まるよ」

 そう言うことじゃない、と思ったが、アイナに訴えたあたりレイマに腹が立ったので、フレイは黙っていた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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