20.調査と襲撃
城塞に到着すると、正式な職員であるアイナとラウハはIDカードを機械にタッチした。こんな中世的な外観で、中身は近代的である。
「そう言えば、アキたちの扱いってどうなってるんだろう」
「確かに。でも、城塞の戦闘員に復帰するなら、司令がIDカードを発行してくれるでしょ」
「そうだよね」
ラウハは一応、アイナの言葉に納得したようで自分のカードを首から下げた。アイナは手にぶら下げている。
「あー! アイナ、出勤遅い!」
「おはようセルマ」
作業着の上にコートを着た女性、セルマがアイナを襲撃した。そして、アイナの反応は相変わらずのマイペースっぷりである。
「おはよう、みなさん。もうっ。みんな、解析はじめてるよ!」
「私、気象関係は専門外なんだけど……」
「い・い・か・ら! 行くよー!」
「はいはい……」
アイナがセルマに拉致られていく。アイナは振り返って困り気味の表情で手を振った。思わずフレイたちも振り返す。最後までマイペースである。
入れ替わるようにやってきたのは司令のヘンリクだった。
「やはりおいでになりましたか。おはようございます、姫様」
「おはよう、司令官殿。せっかくの異常現象なので、見学したいと思ってな」
わくわく、とした様子でエステルは言った。普通、夏が冬に変わったら興奮より前に恐怖が来ると思うのだが、彼女はその限りではないらしかった。
「……まあ、こんな大規模なものはめったにないんですが。せっかくなので、城壁に上ってみますか?」
「ぜひ!」
というわけで、寒い中城壁に上がることになった。フレイは一応ラウハに尋ねる。
「ラウハは魔工技術部に行かなくていいのか?」
「平気。たぶんみんな、城壁の上だし」
ラウハは平然と答えた。フレイは「そうか」としか言いようがなかった……。
城塞の上は、当たり前だが寒かった。風がないだけましだが、異世界側にも雪が積もっている。
「一応、このキラヴァーラ城塞が異世界との境目ですが、ここから先がすぐに異世界であるわけではなく、一キロほどの緩衝地帯を経て異世界に入る、と言われています」
「なるほど。すぐ近くに城塞を作るのは危険だものな」
エステルがヘンリクの説明に納得してうなずいた。城壁の上では、この異常気象を解明しようとする観測部隊が多数いた。たぶん、後方支援技術部だ。
「でもこれって、調べたところで何とかなるのか?」
レイマが結構まともな指摘をした。確かに、異世界側から流れ込んできた異常気象であるならば、魔法などではないから対策しようがないし、規模も大きいためどうにもならない気もする。
「でもまあ、調べときゃあいいんじゃねぇの。データとして残しとくだけでも」
フレイが適当に答えた。データはどれだけあっても困るものではないだろう。
「異世界では夏じゃなくて冬なのかな」
城壁の手すり部分に捕まって異世界側を見ながら、ニナが言った。ヘンリクは苦笑して「案外そうかもしれない」と言った。
「異世界側がこちら、人界と同じ時間の流れである保証はないですからね」
確かにその通りだ。このキラヴァーラでは、何があっても不思議ではない。
「あれ、みんなも上がってきたんだ」
フレイたちが上がってきたのとは別の階段から、アイナが姿を見せた。髪は束ねているが、コートはそのままで何やら機材を持っている。
「持つか?」
「ありがとう」
レイマがすかさずアイナから機材を取り上げて持った。頭はあまりよくないが、こう言うところがあるからレイマは結構モテる。
「何をするんだ?」
「向こう側に降りて調べてみようと思って。まあ、あまり意味はないでしょうけど」
エステルの疑問にアイナが答えた。念のためなのだろう。アイナ本人が言ったように、何か収穫があるだろうとは思えなかった。
「私も降りていいか?」
エステルが顔を輝かせてアイナに尋ねた。ニナが「え~、危なくないですか?」と嫌がる。たぶん、未知の世界が怖いのだろう。城塞の側なら、ただの人界であるが、現在のキラヴァーラを見てもわかるとおり、何があるかわからない。
「司令がいいって言えば」
「いいのではないか?」
あっさりとヘンリクが許可したので、アイナは少し彼を睨んだ。ヘンリクは鷹揚に笑った。
「構わんだろう、アイナ。護衛はつける」
「……まあ、司令がそう言うんなら」
アイナはあきらめたのか、エステルと共に城壁の異世界側に降りることに納得した様子を見せた。降りる準備が終わると、ヘンリクも降りようとするので、「そこで待っていてください!」というアイナのツッコミが入ることになった。ちなみに、戦闘力のないラウハも城壁の上でお留守番だ。
「あまり変わらないな」
「まあ、ここはまだ人界だからね」
エステルの言葉に、アイナは冷静に答えた。その後、一緒に降りてきた研究員たちに指示を出しはじめる。
「とにかく、何でもいいからデータとって」
ざっくりした指示を出した。それでも返事をして動く研究員たち。単純にすごい。
エステルはアイナたちが調査している間、積もった雪の上を歩いている。彼女らも異世界らしいものを探しているようだが、さすがに見つけられないだろうと思った。アキがアイナに尋ねる。
「どうだ?」
「……何もわからないね。異世界の天気が流れ込んでいる可能性も捨てきれないし」
アイナの意見がニナと同じであったことに驚きつつ、そうであればこの雪はどうしようもないな、とフレイは思った。アイナたちがいろいろな計器で計測しているが、結果は変わらないようだ。
「フレイ」
メルヴィがフレイを呼んだ。彼を呼んだのは、たまたま一番近くにいたからだろう。
「どうした?」
「……何かが近づいてきているようなのですが……今の速度だと、今から一分半以内に到達となります」
確信を持ってメルヴィが言った。フレイはとっさにアイナにむかって叫ぶ。
「アイナ! 何かが近づいてきている!」
「え、どうしてわかるの」
当然の疑問に、フレイは説明を省く。
「あとで話してやるから、今は退避を急いだ方がいい」
「……まあ、わかったよ」
アイナはうなずくと、研究員たちに城壁の上に上がるように指示した。自分は最後に上るつもりらしい。
巻き上げられる雪の嵐が見えてきた。数秒の間にここに到着する。フレイはとっさに判断すると、アイナを片腕で抱え上げて大きく飛びのいた。先ほどまで二人がいたあたり一帯が大きくえぐれた。
「何あれ」
アイナがつぶやいた。白い蟷螂のようないでたちの魔物だった。しかし、その大きさがシャレにならない。五メートルの高さの城壁の半分ほどの高さがある。でかすぎだ。
「……倒せるか?」
正直、フレイたちは役に立てると思えない。これまで対人戦ばかりをしてきたので、久々の対魔物戦はむしろ足を引っ張るだろう。
「……どうだろう」
アイナが眉をひそめる。五年前、まだ子供だった彼女が魔物と遭遇すると体を震わせていたのを思い出すが、慣れたのか訓練したのかわからないが、今は冷静だ。ちょっと及び腰だけど。
「アントン! イルッカ! 何とかできるか!」
「大丈夫!」
「任せてください!」
護衛役として付いてきていたアントンとイルッカが返事をする。年下の彼らの方がきっと慣れているから、彼らに任せた方がいいかもしれないが、まかせっきりと言うのも気が引ける。
城壁の上から指示を出したヘルマンが、さらに追加指示をする。
「アイナ! 二人の援護に回れ!」
「了解」
アイナがアントンたちの方に向かおうとする。その前にフレイを振り返り、言った。
「見ててもいいけど、巻き込まれないでよね。面倒くさいから」
その言い草に相変わらずだな、と思いつつ「うるせぇよ」と返しておく。ともかく、フレイはエステルたちの元に走った。
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