19.異常気象
異世界との境目であるキラヴァーラでは、定期的に何か不可思議な現象が起きる。今日もそうだった。目覚めたフレイは驚愕する。
「寒っ」
起き上がった瞬間、寒くてシーツをかぶりなおしたが、あまり効果がない。同室のレイマも「さみー!」と叫んでいる。
とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかないので、起き上がり、とりあえず寝巻の上からパーカーを羽織った。それでも寒い。
「おい、見ろよ。雪降ってるぜ!」
剛毅にも窓に近寄ったレイマが言った。フレイも体をさすりながら窓をのぞく。
「マジか……マジだ……まだ九月だぜ……」
北国とはいえ、さすがに雪が降るには早すぎると思うのだが。
「でも、こう言うの見ると、『帰ってきたなー』って思うよな」
「ああ、確かに。これこそキラヴァーラって感じはするな」
ここは人界の魔境、キラヴァーラ。異世界と接したこの場所では、何が起こっても不思議ではない。とりあえず、リビングに降りよう。寒いけど。アイナに何か服を貸してもらおう。
「おはよう。セーターいる?」
「お前、今日も絶好調だな」
絶好調にマイペースだ。人の顔を見るなり「セーターいる?」と聞かれるとは思わなかった。
「いる! ありがとな!」
「あ、レイマはこっちの色の方がいいと思う。フレイはどの色でも結構着こなせそうだけどね」
二人の顔を見るなりセーターを差し出してきたアイナは、レイマが受け取った方のセーターを取りあげると、濃い青のものと取り換えた。フレイには白と黒のストライプのものを渡してきた。
「……これ、ヨルマさんの?」
「そう」
まあ、この家にいた男性はアイナの義父ヨルマだけだ。五年前からあるものだろうが、普通に着られるってどういうことだ。アイナが魔法で保存していたのだろうか。
「ちなみに、姫様が着てるのは母さんの」
そう言われてエステルを見ると、厚手のカーディガンを羽織っていた。少し大きい気がするのは、アイナの義母ペトラが長身だったからだろうか。別に、エステルやアイナだって小柄なわけではないのだが。ニナとこの二人は同じくらいの身長で、服の大きさは共有できるだろう。その服が似合うか、は別にして。
彼女らより小柄なラウハとメルヴィは、二人ともセーターを着ているがややだぼっとしている。アイナのものだろうか。アイナは、たぶん、自分のものを着ているのだろう。
「アイナ、これから調査に行くの?」
ラウハが温かいコーヒーを出しながら言った。急遽暖房器具を見直しているアイナは「ううん」と首を左右に振る。
「異常気象は私の専門外だし」
「専門があるのか!」
「馬鹿なの?」
レイマの感心したような言葉に、アイナは絶対零度の視線を向けた。まあ、研究員をしているのだから、当然専門はあるだろう。
「朝起きて寒かったからびっくりした。ここでは日常茶飯事なのか?」
エステルが小首を傾げて尋ねた。ニナが「さむいー」と両手でマグカップを持って手を温めている。
「……さすがに季節が変わるほどの異常気象はめったにないけど」
「たまに大雨とか暴風とかはあるよね」
アイナとラウハがそれぞれ答えた。エステルが気さくな性格だからか、二人とも、だいぶ敬語が崩れてきている。いや、アイナはもともと結構失礼な物言いだけど。
「あ、でもむかーし、真冬にすっげぇ暑い日があって、山で雪崩起こったことあったよな」
レイマに言われ、フレイも「あー」と声を出した。
「あったあった。結構前じゃねぇ?」
「え、何それ。あたし知らない」
案の定、ラウハは知らないと首を左右に振った。結構前だ。十年ほど前だろうか。十代前半だったフレイとレイマは覚えているが、当時十歳に満たなかったラウハとアイナは覚えているか微妙なところである。
「あった気はする。父さんが真夜中に出勤していったし」
アイナはそう言った。さすがの記憶力である。まあとにかく、こんな事態は珍しいということだ。
「とりあえず、私は城塞に行く」
アイナはベージュのコートを手に持ち、そう言った。エステルが立ち上がる。
「では、私も行く」
「……寒いけど」
「……まあ。でも、気になるから」
にっこり笑ったエステルに、アイナは早々にあきらめたようだ。自分のコートを二着出してくる。
「ちょっと待って。母さんと父さんのも探してくるから」
アイナが家の奥の方に入っていく。それを見送り、ラウハが言った。
「……かわいそうなことしたかな」
「大丈夫なんじゃねーの」
「そうだな。あいつは、憐れまれると怒るタイプだ」
レイマとフレイがそう請け負うと、ラウハは微笑んで「そうだね」と言った。
「……アイナのご両親は亡くなったということだったな」
エステルが声を低めて尋ねた。フレイがうなずくと、エステルはさらに尋ねた。
「その……戦死、されたのか?」
アイナとヨルマ、ペトラは血がつながらない親子であるが、写真で見る限り、二人ともまだせいぜい三十代だろうと判断できる。その年齢なら、徴兵されていてもおかしくない、とエステルは考えたのだろう。何しろ、当時十代だったフレイたちが駆り出されているのだ。
「義父のヨルマは俺たちと共に戦場に行き、そこで戦死。義母のペトラの方は、城塞に魔物が侵攻してきた際に戦死しています」
フレイが淡々と答えた。アイナは養父母の死に目に会うことができなかったが、実は、フレイは二人の死に際を見ていた。それをアイナに話していいものか、もう何年も迷っている。
「お待たせ。たぶん、着られるとは思うけど」
アイナが戻ってきた。しんみりした空気を振り払うようにレイマが「ありがとなー」と大きな声を出す。アイナは怪訝そうにレイマを見上げたが、何も聞かなかった。
フレイはヨルマが着ていたと思われる茶色のコートがぴったりだったのだが、体格のいいレイマは窮屈そうだった。女性陣は女性陣で、アイナのコートを着たラウハとメルヴィが服に着られている感を醸し出している。ついでに言えば、アイナに似合う色彩とデザインがこの二人には似合っていない。
「……まあ、ラウハとメルヴィはともかく、レイマはアキにコートを借りたほうがいいかもしれないね」
アイナが苦笑気味に言った。
そして、レイマの分は本当にアキのものを借りてきた。アキとは家の前で合流したのだが、フレイは家の外に出て道路の様子を見ると驚愕の表情を浮かべた。
「雪がない……だと……!?」
「こんだけ寒いのに、冗談だろ……」
レイマも呆然と言った。アイナがこともなげに言った。
「除雪用の魔法陣を道路に組み込んでるからね。でも、凍結はするから滑らないでよ」
そう言うと、彼女は先にすたすたと行ってしまう。車もあるが、人数的に全員乗れないし、危ないと判断して徒歩を選択したのだ。アキがラウハに尋ねた。
「それってさ、アイナがやったの?」
「考案はアイナだよ。あたしもちょっと手伝ったんだー」
ラウハが上機嫌で言った。まあ、魔石を指定の形に削っただけだけど、と謙遜して。
「やっぱりあいつ、楽したいだけなんじゃねーの……」
昔、雪かきが大変だったことを思いだし、フレイはつぶやいた。アイナはものぐさなわけではないが、自分の興味のないことは適当に済ます人間だ。エステルたちが来なければ、食事だって適当だろう。本当にマイペースなのだ。
「でも、あたしたちも楽だし、いいじゃん」
ラウハはそう言ってからりと笑うと、アイナを追いかけた。ラウハはアイナに追いつく直前で足を滑らせ、アイナに激突した。そして、二人仲良くこけた。
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