17.城塞見学
住むところが何とかなれば、次はエステルお待ちかねの城塞見学である。その日も朝からアイナとラウハ、メルヴィが朝食を作っていた。今でも何となく家事分担ができているので、今後もっと明確に分かれていくだろう。
今時珍しい家置きの電話が鳴った。家主であるアイナが振り返って電話の近くにいるフレイに向かって言った。
「悪いけど、電話出てくれる?」
「了解」
何かをこねていたらしいアイナからの指示で、フレイは受話器を取った。
「はい」
『へ? あれ? あたし番号間違えた!?』
アイナの家にかけたと思ったら、男が出たからだろうか。若い女性のあわてた声が聞こえた。
「あ、いや……ハウタニエミですけど」
『あ、そうだよね。あー、びっくりした。ね、アイナいる?』
「……ちょっと待ってください」
フレイは保留を押すと、アイナに言った。
「アイナ。何かお前宛てに電話」
「何? どこから?」
「技術部二班ってなってるけどよ……」
コール画面にはそう出ていた。手を拭いていたアイナがキッチンから出てきて電話に出る。
「はい、アイナです。ああ、セルマ? うん、うん……いや、それくらい自分で直しなよ。もう少ししたら出勤するし。…………はあ、うん、わかった。それじゃあ、またあとで」
よくわからない会話をした後、アイナはガチャンと受話器を置いた。
「悪いけど、先に城塞に行ってるよ。ラウハ! 後任せていい?」
「いいよー。このうち、オートロックだよね!」
「そうだよ」
つまり、戸締りをしなくても勝手に閉まる、と言うことである。アイナはコートを着て鞄をひっつかむ。
「あれ、アイナ、もう行くのか?」
「ちょっと呼び出しを食らったので。行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
エステルの見送りを受けて、アイナが出て行く。まさかの家主不在である。ラウハが「あー!」と声をあげた。
「アイナったら朝ごはん食べて行かなかった!」
「ああ……急いで出て行ったからな……」
エステルが苦笑を浮かべて言った。今の流れでアイナに朝食をとらせるのはどのみち難しかっただろう。
「まあ、俺は朝食とってゆっくり行けばいいんじゃぇの」
家主いないけど。エステルに宿を提供した以上、アイナもその辺はわかってやっているのだろう。
「何かあったのかなぁ」
ニナがお茶を飲みながら言った。なお、彼女とエステルは料理に関して戦力外通告が出ている。ラウハとメルヴィは言葉を濁していたが、アイナがはっきりと「危ないからやめろ」と言っていたのを聞いた。本当に危なかったらしい。少なくとも、急いでいるときにはやらせられないとのことだった。
「まあ、アイナ、いろいろ言ってるけど呼び出されたら行っちゃうから」
ラウハは肩をすくめて朝食のオムレツを出した。まあ、それはわかる。何しろ、フレイたちが帰ってきた初日も呼び出されていなかったし。
「なんだかんだ言って、あいつもお人よしだな」
「そうなんだよねー。口は悪いけどね」
だが、あれで本当におとなしい性格だったら、違う意味で危険なような気がするので、あれくらいでちょうどいいのかもしれない、とも思わないではなかった。
家主不在で朝食を食べ、それから城塞に出かける。一応戸締りの確認をしたが、たぶん、いらなかったのだろう。玄関も全員でたら自動的に閉まったし。アイナは本当に家を魔改造しているらしい。
アイナ宅前では、アキがすでに待ち構えていて、もう一人。
「エルノ、お前仕事はいいのかよ」
レイマがツッコミを入れたとおり、エルノが待機していた。エルノはその優しげな顔に苦笑を浮かべる。
「町長に行って来いって言われたのー」
町長、つまりフレイの母ヴィエナの指示らしい。彼女もかなりいい性格をしているので、ありえなくはない。
「というか、アイナはどうした」
「呼び出されて先に城塞に行ったよ」
アキの問いにラウハが答えたエルノが「ふうん」と言う。
「相変わらずだねー。また町長にワーカホリック休めって言われるよ」
「本人いわく、そんな長時間労働はしてないってことらしいけど」
「どうだか」
エルノとラウハが笑った。何となく、アイナの扱いがわかるような会話だった。
城塞に行くと、初日に会えなかった人たちがフレイ、レイマ、アキを見て歓迎してくれた。それから、エステルたちも歓迎した。基本的に、気の良い人たちばかりなのだ。
「えーっと。事前に司令から城塞を案内してくれと言われているので、ひとまず今日は城塞を巡れるだけめぐりましょうか」
とエルノが仕切った。というか、この場に仕切れる城塞関係者がエルノしかいないという事実がある。エステルたち三人はお客さん、フレイたち三人は戻ってきたばかり。残りのラウハとエルノのどちらが仕切るかと言ったら、エルノだろう。たぶんこれは、アイナがいても変わらない。
「えーっと。まず、技術研究所に行ってアイナを捕まえてこようか。俺とラウハだけじゃ、案内しきれないし」
「じゃあ行きましょ、姫様」
ラウハがエステルの手を引っ張る。年の近い者をそろえた、とヴィエナが言っていただけあり、エステルは同世代と一緒にいられて楽しそうだ。首都では、決まった人しか側にいなかったらしいし。
まずは本当に研究所に向かった。フレイたちは戦争に行く前から城塞職員として出入りしていたが、基本的に戦闘員であった彼らがこの区域に来るのはほぼ初めてである。
「ぶちょー。いるー?」
エルノが『第一研究室』と書かれた研究所の扉を開けて言った。すぐに二十代後半ほどの男性が出てくる。顔見知りだった。
「エルノか。珍しいな。って、おお! 三人とも帰ってきたとは聞いていたが、元気そうでよかった。で、そちらが例のお姫様?」
立て板に水の如く話すその男性はカウコ・リエッキネンという男性だ。恒例の如く、明るい髪色をした眼鏡を着用している男性である。彼は、技術スタッフとしてフレイたちよりも先に徴兵されたのだが、しれっと戦後すぐに戻ってきたらしい。
「エステル・スラッカ・マキラだ。お邪魔している」
「あー、これはどうも。後方支援技術部長カウコ・リエッキネンです。主にこの第一研究所で情報管理研究をしています。どうぞよろしく」
「よろしく頼む」
にっこり笑ってカウコは言った。ついでに第一研究所を紹介してもらう。
「第一研究所は、先ほども言ったとり、機械のソフト部分に関する研究をしています。所属としては情報管理研究室になるんでしょうが、たいていみんな、一班と呼んでいますね。技術者は現在十八人。隣の第二研究所と協力して兵器開発などを行っています」
カウコは、以前からここの所属だった。だからこそ、技術者として徴兵されたのだと思う。
「なるほど……第二研究所は何をしているんだ?」
エステルが尋ねると、カウコは見た方が早いと微笑んだ。
「興味ない話をいつまでも聞いていてもあれでしょう。隣の方が絵的には面白いですよ」
「……そうなのか」
卑下しているわけではないが、自分たちが地味な仕事をしていると言い切ったカウコに、エステルはちょっと引いていた。
「ねえ部長。アイナ知らない? セルマに呼び出されたみたいなんだけど」
と、ラウハが尋ねる。彼女も、魔工技師見習いと言うことはこの辺りに出入りしているのだろう。たぶん。
「アイナ? そう言えば、今朝見たな。たぶん、セルマと一緒にいるんじゃないか?」
「じゃあ第二研究所だね。このまま行ってみます」
「おう。がんばれよー」
ひらひらと手を振ってカウコが送り出してくれる。こほん、と咳払いをしてから説明したのは、今度はラウハだった。
「次、第二研究所です。行ってみましょう」
と、ラウハは第一研究所より少し広めの部屋の扉を開ける。中から悲鳴が聞こえた。
「うぉあっ! 開けるときはそっとあけてくれぇ!」
「これ以上は無理だよ! ねえ、セルマは?」
ラウハが近くで叫んだ男性技術者に尋ねた。彼は瞬きして言った。
「班長? 班長なら奥に……」
「あー、ラウハじゃん。いらっしゃい。エルノもね」
やってきたのは小柄な女性だった。ラウハより背が低いだろうか。作業着を着た状態で、この部屋がハード面の仕事をしていることが良くわかる。そもそも、背後ですごい機械音がしているし。
「セルマ、ざっと紹介するねー」
エルノが間延びした口調で本当にざっとフレイたちを紹介する。初めて見る顔なので、ここ五年くらいの間に来た人だろうか。
「で、お姫様のエステル殿下」
「おー、この人が! 美人じゃん!」
何の遠慮もない人だ。しかも、テンションが高い。
「初めまして~。第二研究所班長セルマ・リエッキネンです」
「エステル・スラッカ・マキラだ。どうぞよろしく」
にっこりと二人が微笑みあう。っていうか、ちょっと待て。
「今、リエッキネンって言ったか?」
フレイが尋ねると、ラウハが「そうだよ」とこともなげに言った。
「カウコさんのお嫁さん」
……爆弾をぶち込まれた気がした。あの変人に嫁。いや、この城塞にいる人は、司令を含めほとんどが変人だけど。どうやら、カウコが徴兵されて配属された先で出会ったらしい。ということは、彼女も戦争に参加していた技術兵だったということだ。童顔だけど、二十代半ばでフレイたちより年上らしい。
第二研究所では、フレイが察したようにハード面、つまり、機械本体を作っているらしい。それを動かすシステムなどは第一研究所から提供される。そのための『協力』だった。分けている理由はわからないが、何となく意味は分かった。確かに、こちらの方が見ていて楽しい。
「そう言えばセルマ。アイナ来てる?」
「来てる来てる。もともと、あたしが招集したしね!」
ということは、彼女が電話の相手か……。フレイは今朝アイナの代わりにとった電話を思い出していた。
「アイナ~! お姫様たち来てるよ~!」
「ちょっと待って! 今行く!」
アイナの声だ。アイナの声はその顔立ちに似合わずやや低めだった。だけど、優しい響きでああ、アイナだなぁと思わせる。
奥の方からかけてきた痩身の人物を見て、帰還組はうん? と首をかしげた。カットソーに黒のパンツ、足元はスニーカー。胸元には身分証。どこからどう見ても普通の研究員だ。
「誰だお前」
「そろそろ私、怒ってもいいよね?」
肩に触れるほどの髪を一つに縛り上げ、顔を曝したアイナがそこにいた。いや、普通に美人なのだ。それだけは言っておく。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
私の中でアイナは作業着に髪結んでチェーン眼鏡かけてるイメージ。ただし、実際にはアイナは眼鏡はかけてません。




