14.新生活にあたって
小さな話し声が聞こえて、フレイは目を覚ました。起き上がると、狭いソファで無理やり寝ていたためか背中が痛かった。
「あ、ごめん。起こした?」
布巾を持ったラウハが起き上がったフレイを見て小声で言った。もう一方のソファでは、まだレイマが寝ている。マットレスがないと言うことで、二人はアイナ宅のリビングのソファで寝ていたのだ。
「いや、これじゃどのみち起きてただろ」
そう思うくらいには背中が痛かった。起きてしまったらもう眠れない。フレイは体にかけていたタオルケットをくるりとまとめてソファに置くと、ぐっと伸びをした。
「朝食づくりか?」
「うん。アイナとメルヴィも一緒だよ」
「そうか」
「うん」
ラウハがうなずき、テーブルを拭きに行く。もともと、ダイニングにあたる場所には四人掛けのテーブルしか置いてなかったが、こちらは別の部屋からテーブルを持ってきていて、椅子も全部で八脚並んでいた。椅子の形が違うのには目をつむる。テーブルも高さが違っていたが、高さを合わせるために、高い方のテーブルの足を、アイナが自分できっていた。今ではぴったりきている。
「なんか手伝うか?」
フレイはキッチンをのぞきこんで言った。家が広いためか、それに比例して広いキッチンでは、ラウハが言ったようにアイナとメルヴィが働いていた。アイナはフライパンでベーコンを焼いているし、メルヴィは食パンにバターを塗っている。今日の朝食はサンドイッチらしい。
「おはよう。こっちはいいから、顔洗って着替えてきなよ」
母親のようなことを言うアイナに「お前、母親かよ」というツッコミを入れ、フレイは本当に顔を洗いに行った。ついでに、ジャージから着替える。どうでもよいが、フレイはジャージがあまり似合わないと言われる。何故だ。
リビングに戻ると、レイマがラウハに起こされていた。こいつも体が痛いらしく、伸びをしている。
「お、なんかいい匂いする」
レイマが鼻をひくつかせながら言った。まあ、いい匂いがするのはわかる。おなかがすいてくるようなにおいだ。
「おはよう」
「おはようございまぁす」
エステルとニナが起きてきた。エステルが朝食を作っている三人を見て言う。
「すまない。手伝うべきだったのに……」
「うちのキッチン、広いですけどさすがに五人も入れませんよ」
アイナがしれっと言った。愛想がないわけではないのに、何となく言い方がさばさばとした娘だ。ラウハの解説が入る。
「今のはこっちがホストなんだから気にしないで、ってことです」
「ラウハ」
「はぁい」
アイナがラウハを睨んだが、ラウハは堪えた様子がない。アイナの性格をよく知っているからだろう。クールかつツッコミが鋭すぎる毒舌家であるが、基本的にアイナは温和な性格に分類される。
アイナはエステルとニナに手伝わせなかったが、フレイとレイマのことは容赦なく手伝わせた。主に、高いところのものや重いものをとるときにであるが。だから、彼らもほとんど何もしていないに等しい。
朝食はホットサンドだった。この量を作るのは大変だっただろうに、三人はけろっとして「気にしないで」と言わんばかりだった。申し訳ないやらうれしいやら、である。
「でね。うちにあと二つベッドとマットレスあるし、持ってくればいいかなって」
「ラウハ、お前、ずっとこの家に住むつもりなのか……?」
レイマが怪訝そうに言った。ラウハは笑って「それでもいいかも」なんて言っている。まあ、止めないけど。
ラウハの家にあるベッド二つとは、ラウハのベッドともう一つ、彼女の保護者だったエーレスのものだろう。体が弱く、徴兵されなかったエーレスであるが、一年前に亡くなった、と聞いた。風邪をひいてから体調を悪くし、そのまま亡くなったらしい。知らせは受け取っていた。
だから、ラウハも一人で家にいるのがさみしいとわかっているのだろう。ラウハがアイナと一緒にいてくれるのなら、いろんな意味で安心ではある。
「そうだとしても、どこかからトラック借りてこないと、さすがに手では運べないでしょ」
アイナが指摘を出した。ラウハが「そっか」とうなずく。
「それに、手伝ってもらわないと、あたしじゃベッドは運び出せないや」
そりゃそうだ。ラウハがベッドを担げたらびっくりする。
「それくらいなら、俺達が手伝うぞ」
レイマが申し出た。まあ、そもそもここは男手が少ないし、手伝うこともやぶさかではないが。
「トラックは城塞から借りれるけど、レイマ、運転できる? できないなら私がするけど」
「いや、俺もできるけど、つーかお前、本当に何でもできるんだな……」
「大型車の免許は必要に迫られて取っただけだよ」
さらりと言ったアイナであるが、フレイにはレイマの気持ちもわかった。アイナのような美人が大型トラックを乗り回しているのを想像すると、何と言うのか、どきどきする。
「じゃあ、レイマとフレイはラウハと一緒にベッド取りに行ってよ。……でもその前に、網膜パターンを登録させて」
そう言えば、この家の鍵は網膜認証であった。今のところ、この家に鍵を開けて入れるのは、アイナ、ラウハ、エルノ、アントン、イルッカ、マリであるらしい。微妙に人数が多いのは、アイナが動作テストをするために登録したからだ。だが、アイナがシステムを変えれば、登録した者たちも入れなくなるので、セキュリティー的には問題ないのだろう。
「人数増えるから、セキュリティー強化した方がいいかな……」
「これ以上、強化できるんだ……」
ラウハが困ったように笑った。とりあえず、ざっくりと予定が決まる。ラウハの家までベッドを取りに行くこと。それに、他の必要なものを買うことに合わせてエステルたちに街を案内する。ただ、フレイは買い物組に同行することになった。さすがに、女性だけと言うわけにはいかないだろう。ラウハにはレイマとアキについて行ってもらうことにした。
朝食を食べ終わったころ、アキがやってきた。アイナがノートコンピューターを持ってきて計器につないでいる。
「なんじゃそりゃ」
「みんなの網膜パターンを登録するんだよ。暗証番号も考えておいて。四ケタで。適当でいいけど、ぞろ目はなしだからね」
「ふ~ん。まあ、入れなかったら困るからな……」
「そう言うこと」
アキとアイナの会話であるが、この会話の間、アイナは一度も顔を上げなかった。コンピューターにものすごい勢いで何やら入力している。エステルも後ろから覗き込んでいた。
「……アイナ、すごいな」
「まあ、これが仕事なので」
昨日、魔導師であると聞いたような気がするのだが、一応エンジニアの一面もあるのだろう。
「じゃあ、やってみようか。アキ、これ付けて」
「……サングラス?」
「……まあ、形状が似てるのは否定しないけど、網膜パターンを登録する投影機だよ」
アキがサングラスに似たケーブルのつながった機械を眼に装着する。アイナが「始めるよ」と合図を送ると、そのサングラスのような機械の端が光った。
「はい、いいよ。あと、これに四ケタうちこんでくれる?」
アイナの指示に従い、アキがコンピューターに四ケタの暗証番号を入力した。アイナが「ありがと」とコンピューターの向きを自分の方に向け直す。そして、猛然とキーボードで何やら入力し始めた。
「……全く分からない」
「同感です」
エステルとアキが覗き込んでいたのだが、結局、理解できなかったらしい。あきらめた。
「よし、登録完了。アキ、ちょっと一回外に出て試してみてよ」
「マジかよ……今来たところだぜ」
「……別に、アキが締め出し食らっても私は気にしないけど。そもそも向かい側に家あるしね」
「……すみません」
アキはアイナにつれなくされて寂しそうに玄関に向かって行った。一応、アイナたちもついて行った。
「……なあラウハ。アイナのやつ、昔よりも性格きつくねぇ?」
尋ねたのはレイマだ。昔から落ち着いた雰囲気を漂わせていたが、確かにここまで舌鋒はきつくなかった気もする。
「うーん、どうだろ。まあでも、アイナだしね」
ラウハは食器を片づけながら言った。答えになっていない。だが、アイナとアキが戻ってきたのでここで会話は打ち切りだ。
「うまくいったか?」
エステルが興味津々に尋ねた。アイナがうなずく。
「ちゃんと入れましたよ。協力どうもありがとう」
そうは言ったが、アイナはきっちりあと五人分、データを登録した。
「面倒かけて悪いな」
フレイが謝ると、アイナは「別に」とつぶやき、コンピューターを片づける。
「データがたくさん取れるから、私としては構わないし」
「お、おう」
あまりにも冷静に言われ、気を使われたのか本気なのか全くわからなかった……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アイナちゃんは人見知り。




