13.初めての夕食
アイナが予約を入れた店は、レストランと大衆食堂の中間くらいに位置する飲食店だった。レストランほど堅苦しくないが、大衆食堂ほど砕けてもいない。店の一角にはオルガンがあり、ステージもあることから、誰か楽団やバンドが演奏することもあるのかもしれない。
何か適当に注文しろ、と言われて困っていると、ラウハと城塞での仕事を終えて合流したアントンが次々と注文を口にしていく。ほとんど、この辺りの郷土料理ばかりだから、客人であるエステルを気遣っているのだろう。予約を入れてアイナはマイペースにメニューを眺めていた。
「あー、誰かお酒飲む?」
「飲んでいいなら飲む」
ラウハの問いかけに答えたのはレイマだった。この国では十八歳以上から飲酒可能であるが、ざっと見た感じここで飲酒できそうなのがほとんどいない。年齢的に考えれば、エステルやメルヴィ、エルノやアントン、アイナだって飲酒できるが、この面子で飲みそうなやつ……いるか?
「フレイ、付き合ってやれ。じゃあ、レイマとフレイ」
アキが勝手に答えた。まあいいか。ラウハが集計をとりながら「了解」と答える。
「アイナも飲む?」
「私、そんなにお酒が好きなわけじゃないんだけど」
と言いながら、アイナも酒を注文した。甘い果実酒であるが、彼女の家にあった酒瓶の多さを考えれば、こいつ、見た目はともかく実はかなり飲めるのかもしれない。
飲み物と一緒に料理が次々と運ばれてくる。途中でピアノ演奏が入ったりして、結構騒がしくなってきた。まあ、高級なレストランなど、そもそもこの街にはないけど。
おなかが満たされてくると、過去話に花が咲く。エステルも城塞の街での暮らしを面白がってあれこれと尋ねてきた。
「初心者で申し訳ないんだが、戦闘員がいると言うことは、異世界から魔物などの生物がやってくると言うことだな。街の中に侵入されたことはあるのか?」
「まあ、皆無ではないですよね」
「二、三年に一回はあるよね~」
エルノとラウハがにこにこと答えた。しかし、今までそれで死者はほとんど出たことがない。みんな覚悟しているし、そもそも。
「性質上、魔導師や魔法剣士が多いですからね」
と、答えたのはアキだ。いつの時代だ、と言いたいかもしれないが、異世界には近代兵器よりもこうした古めかしい方法の方が効果的なのである。
「ラウハは魔工技師? だと言っていたな」
「そうですよ。魔物を相手にするための剣とか、魔よけの道具とかを作るんです。まあ、私は武器を見るよりも魔石の加工を主に受け持ってるんですけど」
「魔石……魔力を持った石、か。最近はライフラインでも使われているな」
「加工が簡単にできるようになりましたからね。安全で、効率の良い方法が見つかりましたから。まあ、アイナが開発したんですけど」
すごいでしょ、と言わんばかりに、自分のことのように自慢気に言うラウハ。当の本人であるアイナはのんびりと両手でグラスを持って酒を飲んでいた。両手でグラスを持っちゃうところなどが昔と変わらなくてほっとするが、飲んでいるのは酒である。すでに三杯目だが、彼女はまだけろりとしている。
「……アイナ、お前、大丈夫か?」
彼女の向かい側に座っているフレイが尋ねると、アイナは「平気」と答える。ろれつもまわっているし、本当に大丈夫なのだろう。
「アイナ、めちゃくちゃ酒豪なんですよ」
エルノが面白そうに言う。この顔に騙されて飲み比べとか吹っかけて、あわよくば、と思ったやつがいたそうだが、返り討ちにされたらしい。それは本当に強い。
「つーか、アイナって結局城塞で何やってんだ? 今日だって、マリさんと一緒にお産の手伝いに行った~とか言ってただろ」
レイマが身を乗り出して尋ねた。彼は既に半分出来上がっている。フレイは自分があまり強くない意識があるのでちびちび飲んでいるが、こいつは一気飲みしている。
「何でも屋」
ぽつん、と答えたのはレイマの隣にいるアントンだった。こいつはひたすら食っている。肉料理の半分くらいは、アントンの腹の中に消えたのではないだろうか。
「一応所属は魔法構築解析室だけど。だからまあ、魔法研究員かな」
要するに魔導師だ。アイナはフォークでぶすりとハムを突き刺した。自分の皿にとる。
「場合によっては機械整備班とかにも顔を出すけど」
「あー、魔法工学について研究中なんだっけ」
「そうだね」
エルノの問いかけに対する返答が適当であった。とりあえずまあ、いろいろやっているのだと言うことはわかった。
「お、いたいた、アイナ」
どうやらアイナはいい感じに街になじんでいるようだ。まあ、彼女の養父母がある意味有名人だったのでみんな気にしていた、という面もあるだろう。
「つーか、アキもレイマもフレイも無事に帰ってこられたんだな」
「ああ、まあ」
アキが引き気味に答えると、すぐに声をかけてきた男は興味をアイナに戻した。
「お前、これ弾ける?」
「……弾けるけど」
「客からのリクエスト。頼む」
「……」
アイナはわかりやすく顔をしかめたが、ひったくるように見せられた楽譜を受け取った。置かれているピアノの方に向かって行くアイナを見て、エステルが隣に座るアキに尋ねている。
「アイナはピアノを弾けるのか?」
「ええ、まあ。アイナの父親が弾けましたからね。……育ての親ですけど」
アキの言葉に、エステルは「本当に何でも屋なんだな……」と苦笑を浮かべた。アイナは確かに昔からなんでもそつなくこなしていた。
やがて、アイナの伴奏に合わせてどこかのバンドのボーカルが歌い始める。明るい調子の曲だが、よく聞くと歌詞がすごい。
客たちが盛り上がり、一曲終わったところで「アイナ、歌えー!」などと合いの手が入った。アイナは「絶対歌わないから」と言って楽譜もそのままに戻ってきた。
「歌えばよかったのに」
ラウハが戻ってきたアイナに言った。
「私、歌いに来てるわけじゃないし」
と、アイナは素っ気ない。アントンが「ふうん」と目を細めて言った。
「俺はアイナの歌声、好きだけど」
「うん! わかる!」
「……私じゃなくて、姫様たちに話しかけなよ」
ぷいっと子供っぽく言ったアイナに、ラウハがちょっとむくれた。アイナの隣にいるフレイは彼女を見て尋ねた。
「……照れてる?」
「照れてないし」
速攻で否定された。これでこそアイナである。
「素直じゃねぇなぁ」
「うるさい」
テーブルの下で足を蹴られた。
△
今後しばらくお世話になるアイナ宅に帰宅する段階で、フレイとレイマはやや酔っぱらっていることがわかる足取りだったが、アイナは本当にけろりとしていた。本人いわく、
「そんなに飲んでないし」
とのことであったが、たぶん、フレイたちと変わらないくらいは飲んでいるはずだ。
「酒に強いってマジなのかよ……」
レイマが平然としているアイナを見て言った。途中でアントン、エルノ、イルッカと別れ、ちょっと人数が減っていた。
「まあ、酔っぱらったところ見たことないし……っていうか、レイマ、大丈夫?」
ラウハに心配されるレイマは結構情けなかった。確かに顔が赤いし、千鳥足ではある。こちらも心配であるが、フレイはアキと共に前を歩くアイナと、彼女に話しかけるエステルを見守っていた。アイナは結構辛辣であるのだが、エステルの心が強いので結構うまく会話ができている。
「ああ……俺もそっちに泊まりたいよ」
家に到着するころに、アキがそんなことを言った。こちらが楽しそうだと言うことだろうか。
「でも、こっちに来るとマットレスすらねぇぞ」
「一日くらい大丈夫だろ。戦争んときは地面で寝てたんだからな」
アキもフレイと同じ感想のようだ。レイマが地面に寝るくらいなら木の上で寝る! とか言い出して木から落ちたのは今となってはいい思い出だ。
「……アイナに、ヨルマさんのこと話すべきだと思うか?」
「……ま、あいつが聞いてくるなら話せばいいと思うけど。それまでは黙っておけよ」
「そうだな……」
フレイは顔をしかめる。彼は、アイナの養父ヨルマと同じ部隊にいた。もちろんだが、彼の戦死現場にも同席していた。
……せめて、遺体を回収できたなら。
生きているのならそれが一番であるが、遺体すら回収できなかったのが悔やまれる。戦争をしていた他国の領地での出来事であるため、遺体の回収は今でも難しい。戦場となった場所は、未だ封鎖されているはずだった。
「ま、お前、しばらく一緒に住むんだから、様子見ててやれよ」
本当なら俺がついててやりたいけどな~、とアキ。フェミニストである彼だが、この発言は悲しんでいるであろう女性に対するものなのか、妹分に対するものなのかはいまいちわからなかった。
「……そうする」
フレイがため息を一つ落としたころ、家に到着した。
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