12.この街の事情
「お邪魔します」
エステルがアイナに続いて家の中に入る。アイナがすたすたと奥の方まで入っていった。そうしないと、後続が入れないからだ。最後にアキが入って扉を閉めた。
「つーか、ロックは最新式なのに、ドアを開けるのは手動なんだな」
「ドアまで付け替えたら、結構お金かかるんだよね」
フレイの疑問にアイナから現実的な回答が返ってきた。
「うおっ」
エステルの侍女兼護衛のニナが声を上げる。アッシュブロンドの、背は高いが年下の方だ。
「何これ」
足にぶつかってきた四角の機械のような自走ロボットを持ち上げ、ニナが首をかしげた。アイナが「ああ」とうなずく。
「清掃ロボット」
「自作か?」
「もちろん。ああいうのも需要があるからね。試作段階だけど」
「なんか俺は、お前が楽したいだけのような気がするんだが」
「それもある」
あるのかよ。まあ、人の役に立つようなことなので、深いツッコミは入れないことにした。とりあえずリビングに入る。アイナが割と几帳面な人間なので、一人暮らしでも家は片付いていた。
「……っと。部屋はどうしよう……とりあえず、客間……」
お姫様の旅にしては少ない荷物を見て、アイナが首をかしげた。ちなみに、侍女二人とアキ、フレイが手分けして運んできた。
「でも、客間ベッド二つだ……」
「私とニナは数に入れなくても大丈夫ですので」
と言ったのは、もう一人、年上の方の侍女メルヴィだ。ラウハと同じくらい小柄な女性で落ち着いた雰囲気を漂わせているが、彼女も結構ぶっ飛んだ人である。
「さすがにそうはいかない。こちらからしたら、二人もお客さんなんだから」
「……アイナ、いい女だなぁ」
アキがそんなことを言っているが、各方面にスルーされた。
「そもそも、何人この家に泊まるの? えっと……私も含めて七人?」
「八人じゃないのか?」
「アキは家に帰って。向かいでしょ」
「……はい」
そりゃあ、家が向かい側にあるのにこちらに泊まられたらたまらないだろう。おそらく数に入っているフレイとレイマは、家が少し遠い。二人とも、ラウハの家の近所に実家がある。帰ってきたのだから、顔くらい見せに行くべきか? と思ったが、そう言えば唯一の家族である母には会ったばかりであった。
「えっと。寝具は今、全部で五組あるから……フレイとレイマは今日、マットレスなくてもいい? 明日買いに行くから」
「俺は構わん」
「悪いね」
本当にそう思っているのか怪しい口調でアイナが言った。まあ、明日になれば買うでもどこかから調達するでも何でもできるだろう。戦争に行っていたときは、地面で寝ていたのだから、家の床であってもありがたい。
「部屋自体はたくさんあるんだけど、客間以外は片付いてないから」
「じゃあ、とにかく姫様たちの荷物は客間に入れておくぞ」
アキの言葉に、アイナが「よろしく」と言った。
「それと、両親の部屋からマットレスおろしてこないと」
「そっちは俺が行こう」
フレイはそう言うと、アイナについて階段を上った。客間は一階だが、アイナを含め家族の部屋は二階にあるのだ。
「アイナ、その、面倒をかけるな」
一緒にペトラが使っていたらしいマットレスを持ち上げながらフレイが言った。アイナは「別にフレイのせいじゃないでしょ」とやっぱりクールな回答。
「司令たちが、勝手に気を使ったんだと思う。姫様がうちに泊まるとなれば、フレイたちも来るでしょ。……にぎやかな方が、いいと思ったんじゃないの」
余計なお世話だけど、とアイナは言った。彼女は、フレイたちが戦場に連れて行かれてから、一体どんな生活をしていたと言うのか。
ベッドの枠組みを運ぶのは明日以降にし、とりあえずマットレスだけ持ち込み、その上にシーツと毛布を掛けた。あと、枕も。夏とはいえ、この北端の地域の夜は寒い。
買い物組が帰ってくるまで、リビングで待つことになった。アイナがコーヒーの準備をしに行くのを見て、メルヴィがたたたっと駆け寄る。
「手伝います」
「あ、ありがとう」
アイナがコーヒーの乗ったトレーをメルヴィに手渡す。メルヴィがそれぞれコーヒーを手渡す。アイナは自分の分を自分で持ってキッチンから出てきた。
「アイナ、これ、ご両親か?」
「ん? ああ、そうですけど」
エステルがニナと一緒に棚に並んでいる写真立てを見ながら尋ねた。そこには、アイナの家族写真や友人との写真などがフレームに収まって飾られていた。
「あんまり似てないね」
ニナが素直な感想を漏らす。エステルが小声でニナを叱ったが、アイナは気にした様子もなく言った。
「まあ、血がつながってないからね。似ていたら逆に怖いよね」
「え……そうなの?」
自分で言ったくせに、ニナが驚いた様子でアイナを見た。
「この街では結構多い。片親がいないとか、両親が亡くなって、親戚に預けられてるとか。そのまま孤児院に入る子もいるしね。まあ、私の場合はまた特殊なんだけど」
「そうなのか?」
「ええ。まあ」
相槌だけ打って、アイナは詳細を答えなかった。有名な話なので、キラヴァーラの人間なら全員が知っていることだ。気になるのか、エステルがそわそわとアイナやフレイ、アキたちを見る。アイナと言えばマイペースに「あ、皿もないや」などと足りないものを確認し始めていた。いや、それも大切なんだけど。
「……アイナの母親は、アイナを身ごもっているときにこのキラヴァーラに来て、ここでアイナを出産してすぐに亡くなりました。それで、アイナはこのハウタニエミ夫妻に引き取られて育てられたんですけど」
アキがちらっとアイナを見たが、彼女は自分のことを話されていると気付いているだろうが、特に気にした様子はなかった。
「では、アイナは本当に、縁もゆかりもない人に育てられた、と言うことなのか」
「まあ、平たく言えばそう言うことですね」
「実の母親が誰かわかっているのか?」
「『ヘルガ』って名乗っていたそうですけど、たぶん偽名だろうって司令が。言葉になまりがなかったから、首都出身じゃないかって言われてますけど、まあ、私は会ったことがないし」
会話に加わってきたアイナであるが、入ってきたら入ってきたでこんな感じである。
「自分が本当は誰の子か、知りたいと思ったことはないのか?」
「……逃げてきたと言う話だから、あまり首を突っ込まない方がいいのかと思っていますし、それに、私の両親はヨルマとペトラだけですから」
クールな回答である。それに、アイナは本当に育ての両親のことを慕っていたのだとわかる言葉でもあった。エステルは納得しがたい、と言うような表情をしていたが、フレイたちにはアイナの気持ちがわかる気がした。
ピンポーン、と来訪を告げるベルが鳴った。ラウハたちだろう。アイナが玄関に向かう。アキもついて行った。
「変わった子だな、アイナは」
「否定はしません。マイペースだし、毒舌ですしね。でも、いい子ではありますよ」
「ああ。それはわかるよ」
フレイのアイナを擁護する言葉に、エステルは笑って答えた。そこに、アイナとラウハがやってくる。
「いっぱい買っちゃった」
「まあ、大丈夫じゃないの」
大量のパンを抱えているラウハに、何故かペットボトル入りの水を持ったアイナが答えた。ラウハが勝手知ったると言うようにキッチンに入っていく。
「相変わらず何もないね。あ、お皿ないね!」
「何もない……ってか、すげえ酒の種類!」
その他食材を運んできたレイマとエルノもキッチンに入っていったのだが、レイマのそんな声が聞こえた。
「えっと、ヨルマさんの?」
「五年もたってるんだよ。そんなわけないじゃん」
ってことは、アイナが飲んでいるのか。あの可愛らしい顔で、意外である。
「アイナ、車の鍵は?」
「ん、ちょうだい」
エルノから車の鍵を受け取り、アイナは壁にかけた。いろんな鍵がそこにはかかっていた。家はいろいろと手を加えているのに、車はほぼそのままである。整備は自分でしているとのことだが、いわく手を加えると車検が通らない、とのことらしい。
「お皿もないし、フォークも足りない? コップはかろうじてあるけど。あ、紅茶も切らしてるじゃん」
「……ラウハ。いいお嫁さんになれるよ」
「アイナはもう少し人間らしい生活をした方がいいと思うの」
幼馴染かつ親友のラウハにはアイナも弱いらしく、彼女は苦笑を漏らした。エルノがリビングの方を見て言う。
「それに、食事用のテーブルと椅子も足りなくない?」
「……椅子は探せば後二つくらい出てきそうだけど……作る?」
「って、お前、大工みたいなことできんの?」
「できなくはないよ。普段、金属を加工したりしてるからね」
「際ですか……」
生活力はないが仕事はできるアイナである。昔からやらせれば意外と何でもできてしまう子だったが、それは今でも変わらないらしい。
まあ、テーブルなどのことは後にして、買ってきたものを片づけると、夕食を食べに行くことにした。かなりの大人数である。今はいないが、職務時間を終えればアントンとイルッカも合流する予定だ。
「すげぇ人数」
「アキたちの人望だよ」
と、ラウハがにこにこと言う。彼女はフレイたちの帰還を心から喜んでくれているのが良くわかる。
「アイナ、お前もこれくらい愛想よくしたらどうだ」
フレイが言うと、結構現実的な問題を突きつけられた。
「してもいいけど、勘違い野郎が出てきて面倒くさいんだよねぇ」
「別に俺らは勘違いしねぇぞ。妹みたいなもんだし。確かに、美人だと思うけど」
レイマのある意味ひどい発言である。まあ、妹みたいなのは否定しない。
「だから比較的愛想いいでしょ」
「俺たちはその比較対象がわかんねぇの」
普段のアイナを知らないので、比較が良くわからない。まあ、確かに前よりは笑うようになった、とは思うが、それと愛想はまた別の話のような気がする。
「いや、でも、ホント大変だったんだよ。うちの街にはアイナに手を出そうなんて言うつわものはいないけど、外から来た人とか、たまにいるじゃん。アイナ美人だからちょっと愛想よくすると勘違いされてストーカーされたりってことがあったんだ~」
と言うエルノからのフォローが入った。ラウハも「あったあった」とうなずく。
「とぉってもしつこいの! 最終的にアイナ、マリさんとこで寝起きしてたもんね」
「あれは面倒くさかった……私みたいなのの、どこがいいんだろうね~」
すたすたと歩いて行くピンと伸びたアイナの背中を見ながら、フレイはふと思ったことをエルノに尋ねた。
「なあ。ちょっと質問なんだが、もしかしてアイナって自分がすごい美人だって言う自覚、あんまりない?」
「あー、うん。たぶんないね……」
「顔立ちが整っている方だって言うのはわかってるみたいなんだけど」
「美人って言われるのも、お世辞だって思ってるところあるよね」
苦笑気味なエルノとラウハだ。まあ、ずっとこの狭い世界にいたのなら、ある意味仕方がないのかな、と言う気もした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アイナは楽がしたいから作るタイプ。




