11.ただいま
しかし……まさか、フレイとレイマまでアイナ宅に泊まりこみになるとは。まあ、あの家、確かに広いけど。エステルが笑顔で「よろしく頼むな」と言った。たぶん、彼女からキラヴァーラでの一般の生活を体験してみたい、と言う申し出があったことも、この采配の原因だと思う。
「司令、自分は?」
アキが自分を示して言った。しかし。
「お前の家は、アイナの家の向かいだろう。家に帰ってやれ。待ってる人もいるだろう」
「いや……今、妹夫婦が住んでるって聞いたんですけど!」
「住んでるな。子供もいるぞ。頑張れ」
「……」
泣きそうな表情になったアキの肩を、ヘンリクはたたいた。慰めているのか、微妙なところである。
「では、私は司令と話があるのでここで。姫様、アイナはちょっと変わった子ですけれど、頼りになりますから」
「ああ。ヴィエナさんもありがとう」
「いえ」
ニコリと笑ってヴィエナはエステルを押し付け、もといフレイたちに任せた。司令室を出ると、エルノとラウハのほかに、アントンとイルッカも合流していた。
「何の話だったんだ?」
興味津々で尋ねてくるイルッカに、アイナは尋ねた。
「宿題、終わった?」
「……それ、聞くんだな」
「答え写してた」
「アントン~」
さらっと報告したアントンに、イルッカが泣きついた。エステルがフレイに尋ねる。
「彼らは?」
「城塞の戦闘員で、金髪の方がアントン、黒髪の方がイルッカです」
フレイがそう教えると、エステルは目を細めた。
「黒髪、珍しいな」
「母親が異国人だったらしいですからね」
イルッカはこの国では珍しい毛色をしていたので、流れて流れてたどり着いたのがここである。なので、実は彼のルーツはよくわからないのだ。
「アントン、イルッカ。初めまして。私はエステル。しばらくお世話になるので、よろしく頼む」
「……誰?」
アントンがエステルを見て首をかしげる……っていうか、いま名乗ったのは気のせいだったのか。
「マキラの王女さまで、エステル殿下。うちで預かることになったんだ」
「ええっ? そうなの!?」
声をあげたのはラウハだった。彼女はエステルとアイナを見比べて言う。
「……アイナ、大丈夫? あたしも一緒にいようか?」
「頼めるならそうしたいけど」
ラウハの申し出に、さすがに判断がつかないアイナが戸惑う。確かに、家の人口が一気に五人増えるわけで。それぞれが自分で自分のことをしたとしても、アイナにはかなりのストレスがかかるだろう。
「ラウハが? 私は構わないぞ」
エステルはにっこり笑ってそう言ったが、そう言う問題なのだろうか。フレイは思わずアキを見た。
「いいんじゃないか。さすがに、アイナだけじゃ不安もあるだろうし」
と、アキが言った。ラウハがパッと笑う。
「じゃあ、荷物持ってくるね! あ、夕飯どうする?」
「そう言えば、今うちにキャベツしかないや」
アイナが思い出したように言った。っていうか、キャベツしかないって……。
「アイナ、朝飯、どうしたんだ?」
「むしろ、なんでキャベツはあるの?」
イルッカとエルノの問いに、アイナは「そう言うこともあるんだよ」と適当に答えた。後から詳しく聞いたところ、キャベツはアキの妹にもらったらしい。
「そもそも、人数増えるわけでしょ。普通に考えて買い物に行かないと足りないでしょ」
アントンから鋭い指摘が飛んだ。確かに。女性だけならともかく、フレイとレイマも世話になるわけで、この二人は成人男性の平均より食べるだろう。
「じゃあとりあえず買いものだね。明日の朝ごはんの分もいるし」
「むしろ、今日はどこかに食べに行く? 買い物してたら、時間もなくなるだろうし」
と言うわけで、本日の夕食は外食となった。アイナが適当に行きつけのレストランに予約を入れた。
「じゃあ、私は姫様たちをうちに連れて行くから。ラウハは買い物行ってきてもらってもいい?」
「いいよー」
アイナの頼みにラウハは満面の笑みでうなずく。さすがに、一人で七人分の食材は持てないので、エルノとレイマを同行させることにした。
「車貸してあげるから、ぶつけないでよね」
「うん。りょーかい」
鍵を受け取ったエルノが笑ってうなずく。レイマが運転しようか、と提案したがアイナからダメ出しを食らった。
「レイマはぶつけそうだからダメ」
「アイナ……ひでぇ」
レイマはちょっと泣きそうだった。でも、フレイはアイナの気持ちがよくわかった。レイマは確かにぶつけそうである。
じゃあ行ってきます、と買い出し組がモスグリーンの車に乗って出て行く。女性が、しかもアイナのような美人が乗るとは思えないごつめの車だった。
「あの車、アイナの?」
フレイが尋ねると、アイナは「そうだけど」と答えた。
「……なんつーか、女性が乗るにしてはシックだな……」
と、フレイが言うと、アイナが衝撃を受けた顔をした。
「なんだよ」
「いや、フレイから女扱いされるとは思わなかったらびっくりしただけだよ」
それだけ言うと、アイナは「行こう」と言って歩き出した。リムジンはさすがに置く場所がないので、城塞で預かってもらうことになったので、フレイたちは徒歩だった。幸い、アイナ宅はそんなに遠くない。
「ちなみに、あの車はもともと父さんのだよ。そろそろ買い換えようかなぁとは思うんだけどね」
なかなかね、とアイナは歩きながら言った。フレイは顔を曇らせる。
「なんか、すまん」
「いいよ、別に。父さんは帰ってこなかったけど、フレイやアキたちが帰ってきてくれたからね」
ニコリとアイナは笑った。おかしい。昔はこんなに笑う子ではなかったのに。なまじ見た目が美人なので、ドキッとしてしまう。
「あの……アイナのお父様は」
「戦争に行って、帰ってきませんでした」
エステルの控えめな問いかけに、アイナは簡潔に答えた。ちょっと人見知りがあるアイナは、まだエステルに心を許していない感じが出ている。
「そうか……」
「にいさぁぁぁああんっ!」
エステルのセリフにかぶさるように、女性の叫び声が響いた。一番前を歩いていたアイナが、エステルの手を取って少し場所を移動した。エプロン姿の女性がフレイの横にいたアキに飛びついた。
「イラ……? ぐっ……!」
「兄さん、よかった。ホントに良かったぁ」
「イラ、締まってる……!」
ぎゅうっと腕がのどに食い込み、アキ、本当に苦しそうである。エステルが自分をイラの動線から移動させたアイナに尋ねた。
「彼女は?」
「アキの妹で、イラです」
「ああ、アイナがキャベツをもらったと言う」
「……そうですね」
アイナが何とも言えない表情でうなずいた。何となく、こっちは大丈夫そうだと思い、アキの方に視線を移すと、イラと目があった。
「フレイもお帰り。あ、ぎゅってする?」
「いや、俺は……」
いい、と言おうとしたら、イラは何かを察したような顔で言った。
「あ、アイナの方がいいのかしら」
「してあげようか、ハグ」
ぱっと腕を広げてアイナが言った。その顔には笑み。フレイが声を上げる。
「アイナ、おめー、そんな性格だった!?」
「冗談だよ。本当に来てたら殴ってたよ」
「ホントなんなの!?」
イラとアイナの二人が声をあげて笑う。どうやら、キラヴァーラの女性二人にからかわれたらしい。フレイはぶすっとした表情になった。
「まあ、フレイもアイナが元気そうでほっとしてるんだよ。そんなアイナも素敵だからいいと思うぞ。それに、成長して美人になったな」
「うん。よく言われる」
アキの口説きもさらりとスルーした。彼女の場合、アキとは家がお向かいさんで昔から慣れているから、と言うのもあるだろう。つまり、彼女は信じていない可能性が高い。いや、本当に美人になったのだが。
「……そろそろ、紹介してもらえないか?」
わくわく、と言った表情でエステルが言った。イラが「ごめんなさい」と微笑んでアキを放した。
「アキの妹で、イラと申します。向こうにいるのが夫のエルメルと息子のサムリです」
「エステルだ。しばらくキラヴァーラに滞在することになった。よろしく頼む」
「こちらこそ」
「ところで、息子さんはおいくつ?」
「三歳になります」
「可愛いなぁ」
「そうなんですよ!」
気合を入れてうなずくイラに、フレイは親ばかだなぁと思った。いや、確かにサムリは可愛いけど。夫のエルメルは、城塞職員だが、後方支援要因なので徴兵されなかったらしい。
「イラ! そろそろ戻ってきなよ」
エルメルがそう叫ぶと、イラが「そうね」と同意し、エステルにお辞儀した。
「では姫様。失礼します」
「ああ、また会おう」
エステルが意外と溶け込めそうで安心した。問題はむしろ、彼女の侍女たちの方なのかもしれない。
さて。アキの実家の向かいがアイナ宅だ。正確にはハウタニエミ宅。手前の門を入ると、玄関だ。相変わらず、かつて三人家族ですんでいたとはいえ、広い家だ。しかも三階建て。
「うち、網膜認証と暗証番号なので、あとで網膜パターンを登録してもいいですか?」
と、アイナが言いだした。言うだけ言って、今は自分の網膜認証で家の中に入った。
「ただいま」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アイナをどこまで愛想よくしたものか、悩む……。




