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世界渡りのエトランジェ 第一章  作者: 佐藤 涼希
第一章 覚醒のウィルオウィスプ
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2-3 味覚の疑惑

 ウィリアムはガランの家に滞在することになった。


 ガランの家は元々外来の客のための宿も兼ねており、ネロの強い希望もあり、ガランが特に何も言わなかったため、ウィリアムには拒む理由がなかった。


 ウィリアムは今、ネロと共に食卓の席に着き、ガランが朝食を持ってくるのを待っていた。


 最初はウィリアムも料理を手伝おうと提案していたのだが、ガランが「一人で十分だ」と、それを拒否したため、今はネロと二人で大人しくガランの事を待っていたのだった。


 暇を持て余したウィリアムは、目の前でソワソワしながら座っているネロに話しかける事にした。


「ガランさんって料理上手なの?」


「んー、ままのほうがおいしかったよ」


「へ、へー。そうなんだ」


 一般的には、そりゃあ女の人の方が上手だろう。そう思ったウィリアムだったが、ここは素直に相槌を打った方がいいと判断し、当たり障りのない返事をした。


「ぱぱ、あじつけがへたくそだから、あまりおいしくないの」


「うわぁ、見た目通りって感じだね…………やっぱり自分も手伝った方が良かったかな」


 ガランはライオンのような見た目をしている。

 ざっくばらんに整えられた金の髪を全て後ろへ流し、もみあげから顎髭までが全て繋がっているため、そのタテガミの様な容貌から野生を感じさせる。まさに、蛮族の戦士といたいでたちだ。


(骨のついた肉を焼いてそうな顔してるもんね)


 ウィリアムはさり気に失礼な感想を心の中で呟いた。勿論、聞かれる可能性がなきにしもあらずなので、口には出さない。


 ウィリアムは、今更ながらに不安になってきた。本当に食べられるものが出てくるのだろうか。


 これまではガランが厨房に立って、料理を出すことはなかった。老人が所持していた食料を調理し、ウィリアム達に振舞っていた為である。


 しかし、これからはこの村にある材料で、この村の料理を…………正しく言えば、ガランの作った料理を食べる事になる。


(あまりにも酷かったら、なんとか交渉して自分に調理させてもらおう。最低でも、味付けだけは自分に任せてもらおう)


 ウィリアムが人知れず覚悟を決めていると、ガランが大皿を持って食卓へとやってきた。


「おう、待たせたな。腹が減っているだろう、沢山食えや」


(さて、何が出てくるのか…………)


 その皿の上を見た時、ウィリアムに衝撃が走った。


(い、芋…………だけ…………っ!?)


 芋。そう、あの芋である。

 少なくとも、見た目は間違いなく芋。すり潰した芋である。


「えっと、ガランさん…………これだけ、ですか? いや、出されたものに文句があるわけじゃないんですけど、流石に芋だけって…………体に悪くありませんか?」


「ああん? んなもん心配すんな。俺は一年間毎日三食、この芋だけ食べてきているが、一度も体調を崩したことはねぇ。勿論、ネロも病気になったりしてねぇぜ」


「一年…………っ!」


 マジかよ、と言いたげにウィリアムはネロへと視線を向けた。

 ネロはウィリアムの言いたいことが何となく伝わったのか、無言で頷く。


 ウィリアムの想像以上に、ガランの料理の腕はダメだった。いや、どちらかというと食事への拘りが無いのだろう。


 一年間。ネロの母親が亡くなってからずっと、この芋だけを食べてきたのだろうか。


 それって、虐待にならないのか? と、ウィリアムはネロを見ながら訝しんだ。


 確かに、ガランは健康そうだ。むしろ、病気の方が逃げていきそうな凶暴な見た目をしているし、心配するだけ無駄なのだろう。


 しかし、ネロはどうだろうか。


 聞くところによれば、ネロはまだ六歳。

 栄養が必要な時期であるし、食べ盛りといっていい年齢だろう。なんとなく、農村暮らしにしては肌が白すぎる気すらしてくる。


 確かに、男手一つで一年間娘を育ててきたことは尊敬できる。

 しかし、それとこれとは話が別だ。


 ネロちゃんの為にも、ここは自分がハッキリと、間違っていることを伝えなければ。

 そう、自分の為ではなく、ネロの健康の為に。


 そう言い訳して自分を勇気付けたウィリアムは、この強大な敵に立ち向かわんと、口を開いた。


「ガランさん、確かに」


「文句あるなら飯は抜きだぞ」


「いや、なんでもありません」


 無力。ウィリアムは自分の力の無さを悔やんだ。流石に食事抜きは堪える。例え、目の前にあるのがすり潰した芋だけだとしても、貴重な栄養源である事に変わりはないのだ。


 ネロちゃん、無力な僕を許してくれ。

 そんな気持ちを込めてネロを見たウィリアムは、彼女が無表情で淡々と芋を咀嚼しているのを目撃し、より一層気持ちを落ち込ませた。


「ほら、早く食わないと無くなっちまうぞ」


「頂きます」


 ウィリアムはまだ希望を捨てていなかった。

 そう、味付けが凄く好みの可能性がある。例え、ネロから「あじつけがへたくそ」という前情報を得ていたとしても、まだ希望は捨てない。なぜなら、味の好みは人それぞれなのだから。


 ゴクっ、と。ウィリアムは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。覚悟は、既にできていた。


「ええい、ままよ!」


 用意されていた匙を使い、気持ち多めに芋を掬い上げ、一思いに口に突っ込む。


 そしてウィリアムは目を見開き、叫んだ。


「美味しい! ガランさん、これ凄く美味しいですよ!」


「だろ? ほら、どんどん食え」


 なんという事だろう。ウィリアムはこの奇跡の様な出来事に、神に感謝を捧げざるを得なかった。


 薄すぎず、濃すぎず、ベストな塩加減。

 その腕力から生まれた怪力によってすり潰された芋は、滑らかな舌触りで、粉っぽさが全くない。

 そして何より、芋そのものの素朴で、どこか懐かしさを感じる風味。


 まさに、最高の芋料理。


 美味しい、美味しいと芋を食べ続けるウィリアム。

 その様子をネロが「マジかよ」と言わんばかりに見つめている事に、彼は気がつかなかった。


「あれ?」


「あん?」


 食事を進めている最中、ウィリアムはふと疑問に思ったことを口にした。


「でもガランさんって猟師なんですよね? 獲った動物を食べたりしないんですか?」


「あー、それがな…………ヴェルディン・オールドウェストが燃えちまってから、獣の数がだいぶ減っちまってな。生き延びた奴らも殺しちまったら、この辺りから動物がいなくなっちまうし、今は寧ろ、保護して面倒見てやんないといけないのよ」


「それは…………」


 一体どんな気持ちなのだろうか。自分の妻が死ぬ原因となった相手を保護する、というのは。

 複雑そうな表情を浮かべるガランに対し、ウィリアムもまた、複雑な心境を隠しきれなかった。


「ぱぱ、やっぱりへたっぴ…………あじしない…………」


 ネロが不満そうにボソッと呟いた言葉を、ウィリアムはしっかり聞き取った。

 対面に座っているウィリアムが聞こえたくらいだ、隣に座っているガランも、勿論聞こえているだろう。


 しかし、ガランはどこ吹く風であり、聞こえないフリをしている。他所向いて、へたくそな口笛をヒューヒューと吹いて誤魔化しているのを見て「流石にそれはないだろう」と笑う。


 「むーっ」と膨れながら、糾弾するかのように態度で抗議しているネロを見て、ウィリアムは思った。


(味がしないって……もしかしてネロちゃん、かなりの味音痴?)



 こんな朝の一幕から、彼の村での生活は始まった。


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