1-5 無謀な要求
「なに? この村に住みたいだって?」
ウィリアムはガランに相談をしていた。
この村に住む為にはどうすればいいか、それを知るには村人に聞くのが一番だと判断したからだ。
突然そんな事を言い出したウィリアムに、ガランは理解できないといった風に眉を顰めた。
そんなガランに、ウィリアムは自分がどうしてそう考えたか、その理由を告げる。
「僕が記憶喪失って話はしたと思うんです。でも、それは自分に関する思い出とかそういった物だけが思い出せないだけで、自分が生きていく途中で手に入れた知識とかは覚えているんです。それで、お爺さんに質問して周りの都市の名前とか、国の名前とか、地名とかを確認したんですけど…………全く聞き覚えがなくて。勿論、僕が忘れているだけという可能性の方が高いと思います。でも、自分の暮らしていた場所の名前じゃない、そんな気がするんです」
「で、それがこの村に住みたいって話とどう関係するわけよ」
「ガランさん、さっき話ししてくれましたよね。ヴェルディン・オールドウェストには炎の悪魔がいるって…………もしかしたら、僕はその悪魔に会ったことがあるかもしれないんです」
「は? …………まぁいいか、話を続けな」
「こんな事言っても仕方がないとは思うんですけど、僕はオールドウェストで目覚めてからずっと悪夢を見てまして…………」
ウィリアムは自分の見た夢の内容をガランに伝えた。突然の話に、ガランの反応は鈍い。
ウィリアムとガランは昨日出会ったばかりだ。
少し話をして、お互いなんとなくその人となりを理解しつつあるが、だからといって相手の言う事を無条件で受け入れるほどの間柄ではない。
ガランは今、ウィリアムの真意を探っているのだろう。
この男が何を考えてこの話をしてきたのか、それを理解しようとしているのだ。
「だから、もしかしたら…………僕の記憶喪失の原因が炎の悪魔にあるとしたら、あのオールドウェストに僕の記憶の鍵があると思うんです。突拍子も無い話だってのは分かってるんです。自分でも半信半疑なので、何を言ってるんだって思っていたりします。でも、なんか、こう…………モヤモヤして気持ちが悪いんです、自分の事を思い出せないっていうのは。だから、少しでも手がかりがあるなら、そこに行って確かめてみたいんです。あの場所に行きたいんです」
「なるほどな、爺さんは行商人だから、次の場所に旅をしないといけない。オールドウェストに行きたいお前からすれば、そこに近いこの村に住む方が都合がいいってわけか」
「勿論、ここに住む許可が出るなら働いて村に貢献します。農作業でもなんでもやります。だからお願いします! どうしてもここで暮らしたいんです!」
「…………うーん、どのみち俺だけじゃ判断できん。ちょっと待ってろ」
そういうとガランは一人で宿を出て行った。おそらく、村長の家に行って話をするのだろう。
その場に立ったままガランを見送ったウィリアムに、隣にいた商人の老人が話しかけてきた。
「いやぁ、それにしても驚きましたよ。急に「この村に留まりたい」なんて言い出すんですから」
ウィリアムはガランに今の話をする前に、この老人に相談していた。
拾ってもらった恩がある以上、この男に事情を離さないまま話を進めるのは、とても非常識な事だと思ったからだ。
話を聞いた老人は最初こそ驚いたが、事情を聞くにつれてその顔に納得の色を浮かべると、「貴方のしたいようにすればいい」と、ウィリアムの考えを肯定した。
勝手な事を言いだした、少なくとも自分ではそう思っているウィリアムにとって、その肯定は何より嬉しいものだった。
「せっかく面倒を見てくれるって言ってくださったのに…………すみません。自分の記憶に関係しているかもって思うと、どうしても我慢できなくて」
「いえいえ、いいのですよ。自らの失ったものを取り戻そうと行動することは、自然なことです。私は仕事があるので付き添うことはできませんが、一定の周期で此処を訪れるので、別の場所に移動したいときは言ってくだされば、いつでもお連れいたしますよ。首都の方にも伝手がありますので、仕事を都合したりもできます。よろしければ、ですが」
「本当に、ありがとうございます」
ウィリアムはこの懐の大きい老人に拾ってもらえた幸運に感謝した。
もし、あの時偶然この老人が近くを通らなければ、何も分からぬ儘に野垂れ死んでいただろう。
もしかしたら、例の炎の悪魔とやらに殺されていたかもしれない。
そこまで考えて、「そういえば」と。ウィリアムは気になっていた事をこの老人に質問することにした。
「今更こんな事を聞くのも可笑しいとは思うんですけど、炎の悪魔っていうのは本当にいるんですか? いや、ガランさんを疑っているわけではないんですけど、お爺さんはそんな話をしませんでしたから…………」
「えぇ、本当の事ですよ。私も見たことがあります。というか、襲われたこともありました」
「えっ、だ、大丈夫だったんですか!?」
「おや。私が無事なのは、目の前にいる貴方がよく理解しているのでは?」
「そ、そうですよね…………でも、どうして言ってくれなかったんですか? そんな危険な奴がいるなんて」
「記憶喪失だと言った貴方は、酷く不安定な精神状態だと判断しましたから。そんな不安を煽るような話をするのはやめておこう、と。勝手に判断したのです。お気に障ったなら、謝罪します」
「いえ、そういうことなら…………多分、そんな話をされてもまともに取り合わなかった可能性の方が高いですし」
その時ウィリアムは「あれ?」と、何かに対して疑問を抱いた。しかし、それがなんなのか、考えても分からなかった。
今までの話の中で引っかかることはなかった。
しかし、何かが足りていないと頭が判断した。
喉に小骨が刺さったかのような、些細な、それでも確かに感じる違和感。
それを敏感に察したウィリアムは、話の最中であるにも関わらず、云々と思考した。
「どうかしましたか?」
その様子を見ていた老人が、心配そうな声でウィリアムに話しかけてくる。
ウィリアムは自分が考え込んでいた事にハッとすると、その意識を現実に取り戻す。
「すみません、なんか突然考え込んじゃう癖があるみたいで」
「そうでしたか、仕方がない事でしょう。今の貴方はいろいろな事に不安を抱いている。自分という存在すらあやふやなままであり、思考を巡らせてしまうのは、悪いことではないでしょう」
「はい、その、本当にありがとうございます」
「あまり気を病まれないよう、お気をつけください」
そこで一旦話は終わった。ウィリアムはガランの帰りを待つだけとなり、老人はそんなウィリアムを優しい目で見守っていた。
ここまで話をしてなんだが、まだウィリアムが村に暮らすことは決定したことではない。むしろ、この話が通らない事の方が有力である。
なにせ、ウィリアムは身元不明な上に記憶喪失と怪しい要素しかない。
よそ者である彼はこの村にとっては異物に近い。
前もって話を通してあるならともかく、まだ出会って一日目であり、何より話が突然すぎた。
結局、村長やガランの判断を待つしかない。ウィリアムは静かに沙汰を待った。
しかし、そんなウィリアムに話しかけてくる存在が現れた。
「おにいちゃん?」
ウィリアムは何に疑問を感じたのでしょうか