1-4 過去語り
シリアス回です
「ほーん、それで手伝いをしようなんて言い出したのか」
「どうせ他にやることもありませんから。それに、泊めていただいてるわけですし」
「んなもん爺さんとの契約なんだから坊主が気にすることねぇって」
「それでも、ですよ。あと、僕はウィリアムです。坊主って歳でもないですし…………普通に名前で呼んでくださいよ」
「そういうこと言ってるうちはまだまだ子供なんだよ。ちなみに幾つなんだ?」
「たぶん…………十七? いや、もうちょっと上だったような」
「ハッキリしねぇなぁ…………って、十七? いやいや、流石に嘘だろ、十三くらいだと思ってたぞ。上に鯖読みすぎじゃないか?」
「嘘なんてついてませんよ、多分それくらいです」
「信じらんねぇ…………っておい、それは俺が洗うぞ。流石に娘の服は任せらんねぇって」
「あ、はい。お願いします」
ウィリアムは洗い物をしていた。
帰ってきたガランに言って、家事の手伝いをしているのだ。
小さい女の子に全部任せてゆっくりしているのもバツが悪い上に、手持ち無沙汰だったからである。
この場にはウィリアムとガランしかいない。
ネロはガランに畑から野菜を取ってくるように言われ、この場所を離れている。
男二人で黙々と洗い物をしていたが、ふとガランが口を開いた。
「まぁ、ネロとは仲良くしてやってくれ。この村は大人や爺さん婆さん連中しかいないからよ。坊主の方が歳が近いわけだし、色々話したりし易いんだろう。あいつも懐いてるみたいだしな」
「はぁ、言われなくてもそのつもりですけど…………あと、名前で呼んでくださいって」
「あいつには寂しい思いをさせちまってるからな、坊主が話し相手になってくれれば少しはマシだろう」
「だから名前で…………いや、もういいです。それより、答えにくいことだと思いますけど、その、ネロちゃんのお母さんは…………」
「あぁ、死んじまったよ」
「やっぱり…………すみません、繊細なことなのに」
「気にすんなよ、もう受け入れてるさ。俺も、あいつも」
そこで二人とも口を閉じた。気まずい雰囲気というわけではなかったが、なんとなく、話す気分ではなかったのだ。
ひたすらに手を動かし、布と布をこすり合せる。しかし、それもいつまでも続くわけではない。
全てを洗い終えて、二人は洗濯物を干し始めた。
そして作業がある程度進んだ頃、ガランは一言「一年も前になる」と呟いた。
ウィリアムは手を止めて、ガランの方を向いた。
「あのヴェルディン・オールドウェスト・ミッド……坊主が見つかった場所だ、分かるだろ? あそこも元々は森だったんだ。今では随分と殺風景なところになっちまったがよ」
「倒れた木の燃え残りが散乱していましたね……大規模な火災でも起きたんですか?」
「あぁ、もう一年前の出来事だ。ヴェルディン・オールドウェスト・ミッド……河を隔ててこの村側にあるそれなりに大きい森、そこに火が放たれ、七日七晩燃え続けた。悪夢の一週間さ。火元は出所不明って言われていたが、すぐに明らかになった。悪魔の仕業だったんだ」
「…………悪魔、ですか? 流石に何かの見間違いなんじゃ」
「みんな最初は揃ってそう言ってたけどよ、あれを見たらそんな事は間違っても口に出せないぜ」
「アレって?」
「なんて言えばいいんだろうな…………あれは全身が燃え盛っている人型のナニカだった。そうとしか言えないね」
「それ、普通に火事に巻き込まれた人なんじゃ…………」
「俺だって最初はそう思ったさ。森が燃えているって話を聞いて、俺は真っ先に向かったよ。あの森は猟師の俺に取っては収入源の一つだった。野生動物は勿論、食用に適した植物や実が沢山取れる。ただ余りにも広くて道に迷いやすいから、許可がないと出入りする事は出来ない。だから俺みたいな奴が狩りに行って、獲物を村の連中に配ったり、商人に売ったりしていたのさ」
「って事は、今はどうやって暮らしてるんですか? 森、無くなっちゃったんですよね?」
「今は、村の事情も色々変わっちまったからよ。畑を増やして、普段はそっちで働いてる。たまに、腕が落ちないように近くの山に行って狩りもどきをしているがな。あの森から逃げてきた動物は、だいたいそこに移住したからよ」
そこまで言ってからガランは「まぁ、それは置いといて、だ」と、話を戻す。
「だから俺は森にすぐ駆けつけたのさ、大事な狩場だしな。すると、見渡す限りの木々が燃えに燃えてるじゃねぇか。流石に手の付けようがなくてな、巻き込まれた奴がいないか遠目に確認する事にしたのよ。そしたら、炎の中で動く奴がいてな、最初は動物だと思っていたのさ、でも」
「人の形をしていた、と?」
「そういう事だ。村人の誰かが火災に巻き込まれたんじゃないかって思ったよ、狭い村っていったって、流石に猟師は俺一人じゃないからな。近づいて、助けてやろうと思った。明らかに全身が炎に包まれていたけど、まだ助かるかもしれねぇって信じたかったのさ」
そしてガランは躊躇うように一瞬黙ると、その顔引きつらせながら「でもよ」と、話を続けた。
「アレは…………人間じゃなかったんだ。アレは何かが燃えていたんじゃない、『炎が人の形をとっていた』んだ。見間違えなんかじゃない、アレは近く俺に気がつくと、両腕らしき部分をこっちに向けて、炎を飛ばしてきたんだ、掌からだぜ? そんな事、普通の人間にできる事じゃないだろ? いや、都会の方にいる魔術師なら出来るけどよ、それにしたって自分の体を焼くか? そんなわけねぇよな」
「魔術師?」
「ん? そういや坊主は記憶喪失なんだったか。魔術師ってのは…………まぁ、普通じゃない奴らだよ。炎とか水とか雷とかを何処からともなく出してくるのさ。昔、一度だけ炎を出す魔術師を見た事あるが、そいつは杖を持って、その先端から炎を出していた。間違っても、自分の体を燃やすなんて事はしていなかったさ」
「そんな、信じられない…………」
「まぁ確かにアレは一度目にしないと信じられないと思うぜ、俺だってただのペテン師だと思っていたからな。いや、まぁそれはどうでもいいんだ、爺さんに首都に連れてってもらった時にでも運が良ければ見られるだろうよ。アレだ、あの悪魔は人の形こそしていたが、あくまで遠目で見た場合の話だった。近くで見たあれは『肉体が無くて』『炎を纏っていて』…………そして多分、『炎そのものが本体』だったんだ…………」
「ありえない…………」
「でよ、その悪魔は森の中を彼方此方へ駆け回っていてな……通り過ぎるだけで森が燃えるんだ。悪夢だったよ、アレは。きっと見た奴にしか本当の怖さは分からないぜ。しかも、しかもだぞ? アレは森が燃え尽きた今でも、あのオールドウェストの跡地に潜んでいるんだ、本当だぜ? だからお前がそこでアレに見つからなかったのは幸運だったんだよ。何処からともなく現れて、何もかもを燃やそうとしやがるからな」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。それが本当だとしたら、なんでお爺さんはそんな危ないところを通ってるんですか」
「さあな…………だから命知らずだって言ってるんだよ。何考えてんだか、あの商人」
正直なところ、ウィリアムはこの話を全く信じられずにいた。
彼の中の知識が囁くのだ、『そんな存在がいるなんてありえない』と。
魔術師の話もそうだ。
ウィリアムの知識の中にも、確かにそんな存在に関するものがある。
しかしそれはあくまで『空想の世界の話』であって、『現実ではあり得ない話』だ。
少なくとも、自分の育った場所ではそれが常識だった。
しかし、この男が自分を担ごうとしているわけではない、という事は理解できた。
その話す時の雰囲気が一目で分かるほど真面目である事もそうだが、『ネロの母親の話』をしている最中だったからだ。
もしもネロの母親が死んでいるという話から嘘だった場合は別だが、そうでなければ流石にここで冗談を言うほど、この男は不真面目ではない。
出会ったばかりなのに変な話だが、そんな確信がウィリアムにはあった。
「えっと、それで…………その、ネロの母親はその悪魔に?」
「いや、あの悪魔は森が全焼するまでその場を離れなかった。そもそも、あの時あの森で死んだ奴はいなかった」
「じゃあ、いったい今の話とどんな関係が」
「森が燃えたってことはよ」
その時のガランの表情を、忘れることはないだろう。なんとなく、ウィリアムはそう思った。
「そこに暮らしていた動物は、どうしたと思う?」
「近くの山に逃げてきたのさ、沢山な…………その途中に村があったのが悪かった」
「あいつは…………炎で興奮した動物達に殺されちまったんだよ」
悲しそうな顔で、「骨も残っていなかったんだ」と呟いたガランに、ウィリアムはなんとなく、後悔を抱いた。
「まっ、気にすんなよ。運がなかったってだけの話さ」
「そんな、無理ですよ…………ごめんなさい、こんな事聞いてしまって」
「いや、村の皆が知ってる事だしよ。周知の事実ってやつさ。俺も、誰かに聞いてほしかったんだと思う。定期的に思い出さないと、忘れそうになるからな」
「忘れそうになる?」
「ああ……………………あの悪魔への、憎しみを、さ」
気がつけば、その場にはウィリアムしか残っていなかった。
話してる最中にも手を止めなかったガランによって、洗濯物は全て竿に干されていた。
最後に「話を聞き出して申し訳ないって気持ちがあるなら、その分ネロに優しくしてやってくれ。卑怯な言い方になるけどよ」と言い残して、ガランは何処かへ去っていった。
ウィリアムは考えていた。ガランの話していた事が、どうしても気になっていた。
もしかして、自分はその悪魔に出会ったことがあるんじゃないか、と。そう考えていた。
思い出しているのは、毎日見る悪夢の事だ。
オールドウェスト・ミッドという地で目覚めた事も、無関係とは思えなかった。
考えに考え抜いた後、ウィリアムは一つ大きなため息をつくと、ガランの後を追った。
きっと記憶の鍵は、ヴェルディン・オールドウェストにある。そう確信しながら。