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世界渡りのエトランジェ 第一章  作者: 佐藤 涼希
第一章 覚醒のウィルオウィスプ
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1-2 焦熱の悪夢

 暗く、狭く、何も見えない場所。

 彼が唯一分かることは、自分が何か箱のような物に入れられて運ばれている、ということだけだった。


 縛られているわけでもないのに、体が動かせない。

 口を塞がれているわけでもないのに、叫び声が出ない。

 呼吸すらままならない。


 それはまるで、金縛りのようだった。


 感じることができるのは、入れ物全体にかかる僅かな揺れだけ。


 何が起きたのだろうか。考えてみても、何も思い出せない。


 身動きを取ることができない以上、彼にできることはこの箱の中で静かに待ち続ける事だけだった。


 この状況を終わらせる何かが起きることを。



 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 絶え間なく感じ続けていた揺れが止まり、自分が何処かに辿り着いた事を理解する。


 そしてその直後、一瞬だけ浮遊感を感じたが、それでもなお視界は暗く、肉体の自由は縛られたままだった。


 それから何かが起きるということもなく、幾ばくかの時間が過ぎていった。


 もしかして、人さらいにでも遭遇したのだろうか。


 最初から感じていた、それでも目を逸らしていた、そんな不安感だけが募っていく。


 どれだけの間そうしていただろうか。永遠とも思えるような感覚、しかしそれは唐突に終わりを告げた。


 熱い。ただ、ひたすらに熱かった。

 周りが熱い、空気が熱い、そして体が熱い。

 まるで、直接火で炙られているかのようだ。


 やめてくれ! 誰か助けてくれ!

 そう叫ぼうとしても、こんなにも苦しくても、体は思うように動かず、ピクリともしない。声も出ない。


 熱い、熱い、熱い。

 痛い、痛い、痛い。

 苦しい、苦しい、苦しい。

 なんで、どうして、こんな、酷い。


 苦悶の声も、泣き言も、恨み言も。浮かび上がっては、口にされる事もなく、消えていった。


 体が燃えている。自分の体が、慣れ親しんだ肉体が、燃えている。


 抵抗する事すらできず、ただひたすらに、自分が焼却されていく事を自覚させられる。


 きっと、地獄とはこういう事を指して言うのだろうと。


 彼はそう考えて、そしてそのまま意識ごと、何処か遠くへと引き摺られていった。


「…………ぅあ」





「ぅおおおおおおおお!?」


 ウィリアムは布団を蹴飛ばし、跳ね起きた。大きな絶叫のオマケ付きである。


「夢…………か?」


 彼は悪夢に苦しめられていた。

 自分が無抵抗のまま、延々と炎に焼き続けられる夢である。

 そんな物を、あのオールドウェストの地で目覚めてからずっと見続けている。


 それも、毎日のように。


 夢だから実際は熱さを感じていない筈なのだが、妙に現実感のあるその感覚を嫌い、彼は少し不眠症気味になっていた。

 ガランが顔色が悪いと言ってきたことも、あながち間違いではなかったのだ。


 いったい、この夢はなんなのだろうか。


 ただの悪夢にしては、やけに具体的である。

 その熱の伝わり方は、まるで一度体験したことがあるかのようで、不安を掻き立てられる。少なくとも、気分のいいものではないのは確かだった。


 しかし、と。自分の手を見つめる。


 夢の中では、自分の体は全身くまなく燃え上がっていた。


 視覚的に感じたわけではないが、確かに「そう」であると、全身の触覚が物語っていた。


 それにも関わらず、この肉体には火傷一つ存在しない。


 いや、それどころか「怪我一つ、傷一つ」すら見当たらなかった。まるで新品のようである。


 それでいて髪の毛だけは年季を感じるような草臥れた、ようするに、霞んだような白色なのだ。


 この髪を初めて見たときは衝撃的だった。何せ、自分の元々の髪の色は黒だった筈だから。


 記憶は無くても、知識はある。


 自分の母国では、その殆どの人々が黒髪黒目であり、それが最も一般的なものだったのだ。


 それだけが根拠ではない。


 なんというか、あくまでも感覚的なものなのだが、この体において「髪の色だけが浮いている」のだ。


 全身を確かめた時、この髪の色だけが、違和感だった。

 一枚のキャンパスに描いた絵の中で、一箇所だけ彩色を間違えてしまった、そんな雰囲気を感じるのだ。


 それに、ウィリアムはこの色が好きになれなかった。

 まるで全て燃え尽きてしまった後のようで、見ていると気分が悪くなるのだ。



 それから少し経って落ち着きを取り戻すと、彼は自分が少なくない汗をかいている事に気がついた。


「うわぁ、べとべと…………気持ち悪い、風呂に入りたいな」


 あたりを見回すと、そこは木材で作られたやや古めかしい部屋だった。


 木造りのベッドと机、荷物を入れるための箱、上着を掛けるためのハンガー。

 それ以外は何もない、シンプルな、あるいは貧相な部屋。


 オールドウェストの最寄りの小さな村の唯一の宿、その外来者用の部屋である。


 そこでようやく彼は、自分が商人の男を待っている間に寝落ちしてしまった事を察した。


「あれ? 布団かけて寝たっけ? っていうか体がバキバキだ、木のベッドってやっぱり寝辛いよ…………」


 宿に着いてすぐ、商人は村長の家へと向かって行った。


 本当は自分も着いていくつもりだったのだが、ここ最近の寝不足を見抜かれ、疲れているだろうと、無理やり横にさせられ、置いていかれたのだ。

 実際、肉体的にも精神的にも疲弊していたので、すぐに寝入ってしまった。


 しかし、掛け布団はまだ用意されていなかった筈。


 誰かがわざわざ掛けてくれたのか? と、起きた際に蹴飛ばしてしまった布をベッドの上に戻しながら考えていた、すると。


 ギィ、と何かが動く音を耳が拾った。


 反射的にそちらへ振り向くと、部屋のドアがやや開いており、そこから視線を下に向けると、ドアの隙間から此方を覗いていた青の瞳と目が合った。


 うお、っと口から驚きを溢して体をやや動かすと、青い瞳の持ち主も、ドアの向こう側でビクッと体を揺らした。


「あー、えっと…………確か君は…………ガランさんの娘さん?」


 宿に着いた時に軽く紹介された少女--ガランはどうやら宿も経営しているらしい--の事を思い出す。


 野獣が服を着ているような見た目のガランとは違い、一般的に可愛いと評されるような、もっと平たくいえば「まるでお人形の様な」少女だった。


 青の瞳に金髪のセミロング、これはガランの遺伝だろう。

 目鼻はハッキリしており、小麦色の肌は農村の娘とは思えないほど手入れが行き届いている。


 今は質素な服を着ているが、少し化粧して着飾れば、芸能界に入っても見劣りしないんじゃないだろうか。


 確か名前は----。


「ネロちゃん、だっけ?」


「…………ぅん」


 恥ずかしがっているのか、ギリギリ聞き取れる程度の声での肯定。


 これで間違っていたらどうしたものかと思っていたウィリアムだったが、心の中で安堵の息を吐いた。


 なんとなくだが、自分は人の名前を覚えるのが苦手だった様な気がした。


「えっと…………どうかした、の、かな?」


 しかし、自分より幼い女の子と話した経験がない--記憶喪失だから、だと思いたいが--ウィリアムは、この会話だけで緊張感で既にいっぱいいっぱいだった。


(声掛け事案で捕まったりしないよね?)


「あの、その…………おおきなこえがきこえたから、えっと、だいじょうぶ? かな、っておもって…………」


 顔が見えるくらいにドアを開けて返事してくれたこの少女は、どうやら自分を心配してくれていたらしい。


 声量が控えめな主張だが、なぜだかそれが心を落ち着かせる。青い瞳は不安そうに揺れ、心配してくれているのが伝わってくる。


 もし、これが不審な人を見るような冷たい目だったら、自分の心は耐えられなかっただろう。この少女の心根が優しいものであって良かったと、ウィリアムは心の底から思った。


「あぁ…………ちょっと怖い夢を見ちゃってね。大した事はないよ……うん、ありがとう」


「…………ぇへ」


 礼を告げると、ネロはほにゃっという音が聞こえてきそうな、子供らしい笑顔を浮かべた。照れているらしい。

 その様はとても可憐であり、思わず写真に納めたくなる。


(あの見るからに大雑把な人の子供とは思えないな)


「ところでその…………何か汗を拭くものとかないかな? これ、冷えてきちゃって」


「ぅん、ちょっとまってて、ね?」


 ウィリアムの要求に対して、ネロはやっぱり小さい声で待つように告げると、タッタッと音を立てて、何処かへ行ってしまった。


 おそらく、手ぬぐいか何かを取りに行ってくれているのだろう。


 思わず笑みが溢れる。純粋な善意とはむず痒く、また、心地いいものだ。


(いい子だなぁ、親の教育が良かったのかな?)


 微笑ましい気持ちで少女を見送ったウィリアムは、先ほどまで見ていた悪夢の事などすっかり忘れていた。


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