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泣愛のトランペット  作者: kazuha
1章:新入生歓迎会
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学生生活

 翌日からは通常に授業が始まった。

 初回なのでオリエンテーションや授業の取り組み方などを教えてくれる先生が大勢いた。

 その基本はこうだった。

『高校までは与えられる授業。大学は自ら行う勉強』

 意味がわからなかった。何度も聞いて何度も理解しようとしたが、授業は自らの意志でする勉強では無いのだろうか。だから、高校も大学も対して勉強のレベルは変わらないのではないか、なんて思った。

 今持っている豆腐程の厚さの教科書も今日は5ページくらいしか進まなかった。これ1冊は6年間ずっと続けるのではないかと思うくらい、鈍足で多大なページ数だった。

 そんな1日が終わって自宅で思うことはひとつである。

 ベッドに座り脇に置いてある黒いハードケースを持ち上げて膝に乗せる。

 少しだけ埃のかぶったそれを撫でて留め金を外す。

 蓋を開けて中から顔を出したのは、真紅の絨毯にくるまった黄金に光るトランペットだった。

「やぁ、久しぶり。ギャビン」

 親にねだりにねだって、強要された家事に堪えてまで買って貰ったトランペット。Bachの金メッキ。重い抵抗のわりに滑らかな音が1発で私を虜にした。

 深くなく浅くないマウスピースは私の唇にあったものらしく、店員の人に出してもらった10種類くらいのものから悩みに悩んで買ったものだ。

 世界にひとつだけの、私だけの楽器。

 ハードケースからマッピを取り出し、口に当てる。息を大きく吸って唇を振るわせる。握ることで鳴く玩具のような音がする。それをジェットコースターの様に音程を上げたり下げたりする。ウォーミングアップ終了。

 私はマッピをケースにしまった。もう日も暮れている。住宅街で吹くものではない。

 名残惜しくハードケースを締めると元あった場所に戻す。

 出し切らなかった息を溜め息として吐き出すとベッドに倒れ込む。

 あの《宝島》を聞いたからなのか無性に楽器が吹きたい。なんでもいいから吹きたい。この際緑本の何かでも良いから吹きたい。

 そんなこと考えて近くにあったヘッドホンを被る。ジャックをスマホに刺して吹奏楽フォルダから適当に曲を選んで聞く。自分が吹いていると錯覚させるために。



 721教室はかなり広かった。私の知っている教室の4倍はある。広すぎて丁度中間当たりに左右2台ずつ、天井に取り付けられているモニターは黒板をしっかりと映していた。

 毎回ここに来ているがこの広さは慣れないものである。

 ひとつだけ残念なのは段差になっていない事である。大学の講義室の憧れと言えば上から黒板を見下ろす教室だ。1度でいいから座ってみたいとは思うがそういう訳にもいかないか。

 少数いる生徒たち横目に私は定位置に座る。前方右側の後方。4つ並びのイスの右から2番目。そこに重たい教科書をどかっと置く。

 こんなの毎日続くと思うと腱鞘炎にでもなりそうだ。

 席に座って今日の予定を再確認する。最初は生物学入門。

 ここ最近受けた授業は高校の範囲でもありそんなに苦労することなかった。むしろ聞く必要も無い。そんなレベルだ。

 豆腐程の教科書、生物の教科書をパラッと開く。パッと見高校のレベルの様に思う。大学なんてこんなものなのだろうか。少しばかり心配になる。

「おっはよー」

 左隣にこれまた重たい教科書が机の上に無造作に置かれた。

「おはよー、遥香ちゃん」

「マジ最悪なんだけど」

 確かに機嫌が悪そうだ。眉間に皺を寄せて口はへの字。

 苦笑で返して私は立ち上がった。近くで出席に使うカードリーダーが生徒のカードを読み取った音がしたのだ。

 顔写真付きのそれを壁際に取り付けられている機械にかざす。緑色のランプと共にピピッという音が鳴る。これで出席になる。

「……なんだよぉ」

「大変だね」

 ここ最近毎日不機嫌な晴香ちゃん。理由は彼氏だそうだ。学校が違うらしくあまり会えないことをうじうじメールで送って来るのが気に食わないらしい。私からしたらノロケ以外のなにものでもないのだけど。

 席に戻り、生物の教科書と白紙のノートを机の上に出す。

「おはよー」

 ここまで走ってきたのだろう。息を荒くして私の右隣に荷物を置くのは斉木さん。挨拶を返すとすぐに出席を取りに行く。

 戻ってくるとすぐに胸をなで下ろす。

「遅刻するかと思ったぁ」

 因みに授業が始まるまであと10分ある。あと1本ニューシャトルを遅くしても間に合うだろう。

 彼女のいい所なのだろうけどこれまた苦笑しか出なかった。

「昨日どうだった? 遥香ちゃん」

 座りながらそう聞く彼女は机の上から筆箱を落とした。

「バド? んー、なんか微妙かなぁ。強いの1人だけみたいだし、他の部員その人の取り巻きみたいになってて正直キモイ」

 筆箱を拾って頭を上げると机の角に頭をぶつける。

「いたぁ!!」

 すぐに頭をさする彼女を見て2人で声を上げて笑う。

「定常運転だね」

「ホントに、毎日凄いわ」

 昨日はイスを引き出して指を挟んだし、一昨日はイスに躓いて転んで、その前は……。

「酷いよぉ、凄い痛いのに」

 申し訳ないが毎日こうだと笑わざるを得ない。まだ痛そうに頭をさする彼女は今度こそイスに座った。

「おはよう、斉木さん」

 そこに西条が来た。彼は教科書ではなく、1枚のCDを持ってきた。

「これ良い曲だね。指揮者が変わるとこんなに曲の解釈が変わるなんて思わなかったよ」

「うん。このCDは凄く揺らすよね。作曲家は揺らすこと絶対しないけどあえてして、しかも綺麗にまとめてるからいいよね……」

 とこんなふうに毎日クラシックのCDの感想の言い合いが始まる。正直私にはわからないレベルだ。知らない曲名に、頭が良さそうな会話。さらに仲のいい2人の間に入るなんて出来なかった。

「そういえば、友梨ちゃんはサークル入るの?」

「……。悩んでる」

 邪魔をしないように声を小さくして2人で話し始める。

「そうだよねぇ。私も悩んでるよ。でも……」

 横目で顔を見た。なぜか憂いだ顔をしていた。

「後悔はしないようね」

 チャイム。それと同時に動き始める人々。

「じゃぁ、また放課後」

「う、うん。またね」

 西条も急いで自分の席に戻っていく。

 ……後悔か。

「ごきげんよう皆さん。始めまして」

 マイクを通じて聞こえてくる鼻にかかったような男性にしては高い声。ブランドのもののスーツのオシャレな着こなしに大学の教授と言うよりは、会社の役員といった感じだろうか。イエローゴールドに光るメガネのフレームは高そうな感じがする。

「わたくしはこれから1年間と4年の時に半期、お世話になる小杉(こすぎ)賢治(けんじ)です。どうぞ、よろしくおねがいします」

 嫌な喋り方と、ニヤケ方。特に何かされた訳でもないのにイラだった。

 そんな時だった。

「セーーーフ!!」

 すぐ近くから叫ぶ声。思わず振り返る。

 そこには茶色のエアリーヘアーの身長は私と同じくらいの男の子がポケットから学生証を出して出席を取った。

「はいそこ。セーフじゃない。早く座りなさい」

「え! はい! すみません!」

 ちょこちょこと小走りに友だちの所へ向かっていく。

「大学生活始まったばっかりで遅刻なんてするものじゃないよ。親がどれだけお金出してるか知ってるよね。それを遅刻とか不正出席とかでムダにすることなんてバカだと思わない?」

 これは、お説教だ。連帯責任は慣れているがこれは結構辛いものがある。そうこうしているうちに5分は経っているのだから。

「まぁ、そんなことよりも」

 そう言って教壇の上をいじり始める。

「つい先日サークル紹介ありましたね」

 黒板の両端に広げられたスクリーンには『学校生活』という題名が大きく映し出されていた。

「これは毎年言っているんですが、ひとつわたくしからのお願いです」

 満面の笑みを浮かべる。実に楽しそうだ。

「なんでもいいのでサークル、部活、入ってください」

「……えっ」

 思わず声が出た。

「なんでかと言うと、その方が勉強ができるからです。わたくしね、これでも吹奏楽の顧問やってるから贔屓目で言うと、吹奏楽はほとんどの過去問持ってますからね。創学からある部活だからそれこそ初年度からね。それだけでも凄いのにいる部員頭良いんですよ。2年には学年トップが。3年もほぼ全員がトップ10。どこかの軽音なんて半分が1年で留年するのと比べたら物凄く頭いいんだよ吹奏楽」

 ほぼ、自慢話。段々と嫌気が指す話しに少なからず耳を傾ける。

「そんなことは本当はどうでもいいんだけどね。薬学6年間。長いです。そんななか、何もやらないで勉強だけやって帰るだけなんて面白くない学生生活送って欲しくないんですよ。なにかしら入ってれば友だちも増える、先輩もできる、後輩もできる。イベント事で一緒に頑張れる。そんな充実した学生生活を送ってください」

 そう言ってスクリーンを次に変えた。そこにはこの学校の全サークル・部が表に入って並べられていた。

「これが今ある全部。この中に入りたいサークル無かったら作りなさい。そうして充実した6年間にしてください」

 少しの間をあけて、スクリーンを移した。

「こんなことばかりやってられないので授業に入ります。テキスト8ページ……」

 学生生活……。高校の時を思い浮かべた。

 私、楽しかったのかな……。楽器を吹くこと。音を重ねること。先輩と吹くこと。

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