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泣愛のトランペット  作者: kazuha
1章:新入生歓迎会
6/36

自己紹介

 2日目は地獄からの始まりだった。

 数学、物理、化学、生物、英語。

 この5教科のテストが午前中に待ち構えていたのだ。

 実力テストとは言っているが、単純なふるいがけである。出来の悪いやつは下のクラスで朽ち果て、できる生徒は上のクラスで優遇対応を受ける。

(こんな所で朽ち果ててたまるかっ!)

 歯を食いしばりながら目の前のベンゼンを加熱しながらアルコールと反応させるとどうなるのか必死に考えていた。

 テストが終わりぐったりと机につっ伏すと、監督の先生から次の指示が出た。

 724教室でお昼を用意している。とのことだ。

 その言葉を聞いて私のお腹な虫が急に鳴き始めた。

 まだ今日は長い。体力をつけなければ!

 いち早く立ち上がり例の教室へ向かう。

 絨毯張りの廊下を進み、試験会場を森の方へと向かう。エレベーターを越えると大きなガラスが柱と柱の間を覆っていた。その先は中庭と言える様な場所があり、心が落ち着くような陽気が降り注いでいた。

 724教室。そこは丸テーブルが散らばらされており、ひとテーブル8人は座れた。それぞれの場所にA、Bなどとラベリングされており、それはどうやら学籍番号順にグループ分けされているだけだった。

「さすがに別だね」

 遥香ちゃんは私の肩を叩くと耳元でこう呟いた。

「またね」

 そのまま自分の場所へと向かっていく。

 なんなのだろうか。耳にかぶる吐息にドキッとする。が忠告すると彼女は女性で私も女だ。あーゆーのを小悪魔系女子とでも呼ぶのだろうか。

 溜め息が自然と出た。なんか緊張してきたのだ。

 知らない人と相席の食事会。人見知りの人間なんてもはや地獄でしかないし、一歩間違えれば迫害にあう、いわゆる閻魔大王の裁決と何ら変わりない。いやぁ、どちらも地獄行きなのだから面白いものである。

 私は席についた。窓際であるが外はさっきも見た森。しかも陽が入らないから薄気味悪くこっちを覗き込んでいる。

「はじめまして」

 そんな私にいきなり声をかけてきたのはカッパの様に禿げていて眩しいくらいに反射している光る頭が特徴的で、細い銀縁のメガネと常に上がっている頬骨が優しさを表しているが、なぜか脂ギッシュなのが気になる中年は越えているスーツ姿の男性である。

 単純な頭脳をしている私が思うのはひとつである。

(教授だ……)

 このテーブルにはまだ私だけでどこでも座れた。のに、教授の真反対に座ってしまった。これはどうなのだろうか。避けている訳ではないがそのようにとらえられてしまうだろうか。

「はじめまして。私、下山友梨っていいます」

「自己紹介はみんながそろってからでいいよ」

 その崩れない笑顔から少しばかし狂気を感じる。何を考えているのだろうか。心配だ。

 パラパラと集まってくる。このテーブルは女子が2人、教授、男子が4人。合計7人だった。これは名簿を見てわかったことでまだ絶賛人見知り中の男子とまさにオタク感の強い男子の2人しかいない。オタク感の強い男子は教授に思いっきし話しかけてるし、……はやく女の子来ないかな……。

 そんな時だった。

「どうも」

 インテリメガネがこれほどまでに似合う人というのは日本人ではいないと思っていた。鼻は高く透き通るような白い肌、切れ長の目はギョロりと私を見るとフロスショートに整えられた髪を弄りながらため息混じりに呟いた。

「うるさい女か……」

 普段は温厚な正確だと自負している私でさえ頭にきた。

 こいつの顔は覚えている。入学式の時に睨みつけてきた男だ。いけ好かなかったけどこうして面と向かって見るとその雰囲気だけでムカついてきた。

「なによ!」

 テーブルを叩いて声を張る。するとアイツは人差し指で右耳を塞ぐ。

「鼓膜が破れる。黙っててくれないか」

「あんた何様!? 初対面なのに……」

「まぁまぁ……」

 教授の静止に私は言葉を飲み、椅子に勢いよく座る。

「これだから底辺校はやなんだ」

 そう呟いて彼も座る。何から何までいけ好かない。

 教授の顔がさらに脂身を増していた。持っていたハンカチで拭っているが大して変わりはない。

 アイツはメガネを人差し指の第一関節でブリッジをクイッと上げてメガネを直した。その後カバンから昨日の分厚い教科書のひとつを広げ読み始める。

 こういう場所でそういう事するのってどうなの? 頭がいいかは知らないけど、世間知らず過ぎるでしょ。

 今にも怒りが爆発しそうだった。目の前にある箸でも投げつけてやろうか。

「あ、あの……よろしく……おねがいします」

 デクレッシェンドしていく言葉に私は右を向いた。

「あっ」

 昨日のあの子だ。教科書を重たそうにして持っていた、メガネの子。

 髪は最近はやりのボブで前髪は山のような放物線を描いたラインが浮き出ている。大きめのメガネはタレ目をより強調させていた。服装もどことなく無難だが、オシャレではあった。

「ここ、いいですか?」

「うん。どうぞ!」

 彼女は私の隣に座る。圧迫した男臭い空間に一輪の花が咲き、光出したかのような感覚だった。

 あー、落ち着いた。

 そんなこんなしていたらいつの間にか最後の人が座っていた。

「さて」

 そう前置きすると教授は自らの前にあった弁当を広げる。

「食べながらお話でもしましょうか」

 私たちも言われるがまま弁当を開く。

 中身はこれと言って特別ではなかった。お茶碗1杯程度のご飯にごま塩がかけられ、千切りキャベツの土台に食べやすいように切られているしなしなのトンカツが乗っけられチャームポイント程度に添えられているプチトマト。何故かレンコンなどの煮物があり、サバだろう焼き魚の切り身が粗雑に並べられていた。

 少し残念な気持ちになる。もう少し美味しそうなものでも良かったのに。

 パックの緑茶にストローを刺して1口飲み、お手拭きで手を拭く。

「じゃぁ、ボクから自己紹介を」

 と、教授。

金田(かねた)正彰(まさあき)。多分2年生の薬物化学の授業やると思うからよろしく。因みに准教授ね」

 ……教授じゃなかったんだ。ご飯に手をつけようとした私はそのことに驚いて金田先生を見る。相変わらずの笑顔だ。

「最近妻が一緒にパンツ洗わなくなってね、自分で自分のパンツ洗ってるんだけど……」

 苦笑。オタク感の強い男子は手を叩いて笑うが、そんなに笑っていいところなのだろうか……。

「これから君たちの担当をさせて頂くので、よろしくね」

 担当……。担任みたいなものだろうか。心配事とかは金田先生にとのことかな。

「それじゃぁ、右回りから」

 とオタク感の強い男子から自己紹介が始まった。

 私の直感は当たった。物凄い癖が強い。ジビエや香草のようだ。アニメの名言なのかよくわからないカッコをつけた言葉を時折混ぜ込んでいる。これが……オタクか……。

「オレは……」

 話しが永遠に続きそうな喋りを感じ取りアイツは喋り出した。

西条(さいじょう)一樹(いっき)。趣味は楽器を吹くことです」

 楽器を吹くこと!!? 私は驚いて持ち上げたトンカツを落とした。

「中学高校とクラリネットをやって来ました」

 メガネを光らせながら掛け直す。

「以上」

 言葉に抑揚もなくテンプレートの様に繋げられた言葉に嫌悪感を覚える。これが、生理的にムリ! というやつだろうか。

 私の隣の人はチャラチャラしていた。しっかりしている印象だがなんとなくわかる人種の違い。

 レンコンを食べながら何を話そうか今更考え始めた。

 咀嚼し終え箸を置いたら丁度私の出番だった。

「下山友梨。東京の真ん中からここまで来ました」

 遠いねぇという相槌を待って言葉を繋げた。

「私も中学高校とトランペットをやってきました」

 金田准教授は、ほぉ、と豊作でも喜ぶように息を吐いた。

「好きな曲は宝島です」

 西条は鼻で笑う。それに睨みつけるとアイツも睨み返してきた。

「これからよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げて再び箸を持つ。魚が美味しい。

「えぇっと……」

 隣の女の子は困った声を上げた。そんなに自己紹介が苦手なのだろうか。そう思って彼女を見ると何やらそわそわしていた。

斉木(さえき)茉心(まこ)です」

 そう言ってまたモジモジする。気のせいか彼女の顔が赤く色づいて見えた。

「趣味は……」

 口ごもる。なんなのだろう。このムズかゆい感じは。スパッと言ってほしいものだ。

「楽器を吹くことです」

「ほぉ、3人目」

 准教授の腰を抜かした様な言葉に私も同調した。

「高校から吹奏楽でした。ユーフォっていう楽器です。あのチューバじゃないですからね。それよりも小さいやつで、ほんわかした音が出るやつです」

 慌てているのか興奮しているのか早口で語られるユーフォ愛に飽きてきたところで彼女はハッとなって話題を変えた。

「好きな曲はリーナの歌です」

 聞いたことない曲だな。と頭を捻ると、ほぉと言葉を挟んだのはアイツだった。

「吹いたことあるんですか?」

「あっえっ……」

 困惑する表情にこれ以上の対話を切ろうと私は口を開き言葉を出そうとした。

「ないです。でも……吹いてみたい」

 強い語尾の言葉にアイツは微笑んで口を閉じた。私は行き場のない怒りを飲んでイスに深く腰掛けた。

「よろしくお願いします!」

 お辞儀をする彼女は初々しいというか、小動物感のある彼女に私は笑顔を向けた。恥ずかしかったのかまだ緊張した顔をしていたが、私に笑顔を返してくれた。

 その後2人の自己紹介があった気がしたがあまり記憶が無い。正直どうでもよかった。

 その後またオタク的な奴が先生を独占すると、進行のない食事会が始まった。

 静かな食事は飯を不味くする!

 私は斉木さんに声をかける事にした。 

「ユーフォだったんだね」

 吹奏楽の切り出しは大体こう。そういうと返ってくる言葉もこう。

「3年間だけだけど」

 恥ずかしそうに言って笑った。

「どこ出身なの?」

「私埼玉です」

 ふーんと返して埼玉を思い浮かべる。

 埼玉栄、伊奈学。

 強豪はそんな所だろうか。全体的に強いとされている埼玉県。私からしたらすでにどうでもいいことだが、なんとなく聞いておこうかと思った。

「どこ高校?」

「えっとー。多分知らないと思う」

 ……これはどう捉えていいものだろうか。凄いほうか、本当にそうでもない方か。これ以上の詮索はしないほうがいいだろう。

「下山さんはトランペットなんだね」

「6年間ね」

「宝島、いいよね」

「だよね」

 斉木さんはこっちを向いて微笑む。私もそれを返すように口角を上げた。

 お互い自己紹介の続きを話しながらお弁当を平らげる。女子からしたら少しばかり量が多い。お腹を擦りながら緑茶に手を伸ばした。

「お腹いっぱい」

「だね」

 斉木さんは全ての食べ物を少し余らしていた。箸を置いて満腹なのか邪魔な空気を吐き出した。

「これからサークル紹介なのに寝ちゃいそうだよ」

 照れた様に笑う彼女の言葉に反応する。そんなスケジュールになっていたなんて……。

「ホント?」

「え? 入学前に送られてきた封筒に入ってた紙に書いてあったよ? えっとねぇ」

 そう言って手の長いゴリラの付いたバックから取り出したのは1枚の紙だった。

「ほら」

 それを受け取り今日の日付の欄を見た。テストから担任紹介。午後はまるまる同好会・部活の新入生歓迎会だった。

「ここの吹奏楽聴けるよ。楽しみなんだ」

「そ、そうだね……」

 うきうきと跳ねる彼女を見ても、私のテンションが上がらないのは何故なのだろう。むしろ、体が鉛のように重くなったようだ。

 そこに東城先輩がいないなら、もう吹く義務もない。

 そこに東城先輩がいたなら、私に吹く資格はない。

 私はもう、吹いてはいけないのだ。

 目の前の彼女の初々しく輝く瞳に少しばかり嫉妬した。私はもうそんなに純粋に吹奏楽が好きではないのだ。

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