遅い
夏も中頃。気温は30℃を優に超え、外出していること自体が自殺行為な日々。
私は雑踏のなか、彼を待っていた。待ち合わせにした中央線と井の頭線の改札が近いホールは、案の定他の人も待ち合わせ場所にしており、なんとも賑やかな場所だと不慣れな感覚に居場所を据えていた。携帯を眺めながらチラホラと周りを伺い彼の姿を探した。
腕時計を見る。うん。今日も可愛い! じゃなくて、既に30分経っている。待ち合わせの時間ではない。見るはずだった映画の時間だ。まぁ、時間にルーズな奴だとは思っていたがここまでとは。
遅れる連絡があってから買ったタピオカミルクティももはや空。そろそろインスタで見るものも無くなってきた。ゆくあてのない怒りをため息という形で消化していく。
『遅いんだけど!!』
これを送るのも12回目。そろそろ帰ってやろうか。そう思うと行動は早かった
携帯をしまって定期を出す。
よし、と前を向いた瞬間だった。見覚えのあるイケメン……。
この気温なのに汗ひとつかいていないその姿、清潔でかつカジュアルな服装。はぁ、なんでその隣は私ではないんだろう。
夏の木漏れ日のような鮮やかで華やかな彼に、私は自分の右腕を捻った。
バカ。それはダメ。醜い。
昔の感情に流されるな。もう吹っ切ったんだろ。奥歯を強く噛む。足早に歩き出す。
すると誰かにぶつかった。
「すみません!」
すぐに謝り、返事を待つ気もなくそそくさとその場から離れようとした。
「ちょっ!! 待って!」
手を掴まれ引き止められた。その反動で私は体勢を崩す。
こける……。
身を流れに任せた瞬間だった。硬い胸板に顔をぶつける形になった。全身を抱かれ彼の体温がとても伝わる。
え? 彼?
顔を上げた。そこには、汗だくで息を切らした早崎翔太その人がいた。
「だ、大丈夫!?」
白馬の王子様なんていない。そう思えるほどに彼は私の理想よりかけ離れていた。
「大丈夫、ありがとう」
優しく彼から離れお礼の笑みを浮かべる。
「遅い」
一撃ビンタ。
強烈な破裂音がこの場に響く。周りの視線なんてどうでもよかった。
彼は何が起きたのかきっとわからないだろう。じわりと痛みを感じてきた頬に手を当ててきっと自分のした事を謝罪するのだ。
そんなことさせない。
「ほれ、待たせた分遊びに行くよ。今日は帰さないんだから」
彼の手を取り足早に歩き出す。さすがに恥ずかしさが勝った。早くこの場から逃げなければ。
さぁ、何を奢って貰おうか。パンケーキか、それともクレープか。
なににしたって今日は彼の奢りだ。しっかりと楽しまなければ。
この胸の蟠りを埋めなければ。




