ニューシャトル
「よしっ! お母さん、行ってきます!」
「忘れ物ないわねぇー」
「大丈夫!」
慣れないスーツに身を包み、ビジネスバッグを手に下げ走って駅へ向かう。
電車で揺られること1時間。大宮駅に着いた。乗り換えが大変な上に物凄い人。痴漢で有名な埼京線の混みようときたらピーク帯でもないのに神経をすり減らすようなものだった。
「えっと、ここから……」
最近変えた最新機種のスマホで乗り換え案内を見て、次に乗る電車を探す。改札を出て案内通りに進んでいくとそれらしきものを見つけた。
「あっこれか!」
これからずっとお世話になるだろう電車。埼玉新都市交通、別名ニューシャトル。
私と同じ新入生らしき人がちらほら見て取れる。これに乗って大学まで行く。そう思うと不安と期待とが入り混じってドキドキしていた。
この電車は10分間隔らしく、どうやらさっき行ったばっかりのようだ。少しこの場所でボケっとする。
目の前の看板は専門学校の広告のようで特に興味をそそられず、視線を落すと電車特有のレールが無く、私は疑問を頭に浮かべた。
「これ、どうやって走ってるんでしょうね」
「そうですよね。私も気になりました……って」
だれ!?
隣で私と同じように視線を落として高電圧注意の看板を眺めていた茶髪の女の子。普通に話しかけてきたけど……。
「あ、華薬の新入生だよね?」
よく見ると彼女もスーツ姿だった。髪は短いボブヘアで二重の目立つ顔のメイクはとてもナチュラルにされていた。背が高くスタイルがいいのでスーツのラインがとても綺麗に見える。
そして、巨乳。……ムカつく。
「そうですよ。あなたも?」
「よかったぁ。あたしもそうなの! 秦野遥香っていいます。1人で来てたから不安だったんだよねぇ」
そういう風には感じなかったけど大きな胸を撫で下ろすところを見ると、私の気持ちも少し落ち着いた。
「私は、下山友梨。よろしくね」
お互い自己紹介した所で電車が来るようだった。アナウンスが流れると銀河鉄道999のイントロが流れる。
そんな気分の上がる音楽に合わせて来たのは、レトロな風貌、緑と黄色のフォルム、私より少し高い背。そして、タイヤで走っている。
「なにこれ、」
「かわいい」
ふたりしてその正体に感動する。まるでアニメなんかで出てくる変な電車みたいだったのだ。
それがプシューという音を上げて扉が開くと中から人がパラパラと出てきた。それを見送って私たちは中に入る。
予想通り天井が低く、通路も人ひとりがようやく立てる程度だった。私たちは奥の席に座り当たりをキョロキョロする。物珍しさにお互い興奮していたのだ。
発車する。低速で走り始め、段々と視界が広がる。
次の瞬間だった。電車が90度の角度で曲がったのは。
「えっ」
「こわいこわい」
意味もなく鞄を強く握る。遥香ちゃんは私の肩を掴み楽しそうに悲鳴を上げている。
何もなく曲がり終えたと思うとまたもう1度。ジェットコースターで言えば落ちた瞬間上がって落ちた様な感じだ。
やっと真っ直ぐ進んでいると思うと再び90度。それはもはや一回転しているようなものだった。
新幹線の線路の横に並走する小さな電車は全ての車両が曲がり終えるの確認するとアクセルを全開に入れる。モーターの激しい音が足を伝って聞こえてくる。これはまるでタイムスリップするみたいだった。
最初の駅に着いた頃にはお互い少しだけ疲れていた。私も胃の下が重くなってるし、遥香ちゃんは笑顔が引きつっていた。それを見て私は笑ってしまった。こんなに印象が変わると笑わずにはいられない。遥香ちゃんも私を見て笑っていた。
そんな私たちを見て不思議そうに見る男の子が降りていったのを見て私は少し気を張った。いかんいかん。新入生だぞ。
また電車が走り出した。
「友梨ちゃん、あっ友梨ちゃんって呼んでいいよね?」
「ん? もちろんだよ。遥香ちゃん」
この車両には私たち2人しかいない。物静かな空間に2人だけの会話が響く。
「友梨ちゃんは高校の時部活やってた?」
「うん。吹奏楽」
「ぽい」
ぽいってなんだ。そんな心の声が聞こえたのか慌てて言葉を繋いだ。
「なんかヴァイオリンとか優雅に弾いてそうだからさ」
「吹奏楽にヴァイオリンなんてないから」
「え? そうなの?」
乾いた笑いが出た。案外知られてないものなのだろうか。
「じゃぁあれだ! ホルン!」
いつの間にか楽器当て大会になるのは元吹奏楽員あるあるだ。
首を横に振って次を催促する。
「んー、じゃぁトランペット」
「正解」
「えー! イメージと違う!」
だからどんなイメージなのかって聞きたいくらいだ。
「なんかおしとやかな感じだったんだけど」
「あ、それはよく言われるかも」
長く艶やかな髪を触られ嗅がれ、部活内でついたあだ名はお嬢様だった。夕方の室内でクラシックを聞きながら美味しい紅茶とシフォンケーキ食べてそうなんて言われてありえないと溜め息を吐いたこともあった。
そんな話しをしたら呆気に取られた顔で私を見ていた。
「なにそれ、わかる」
大きく溜め息を吐いた。できればわかって欲しくなかった。
「っで遥香ちゃんは? 部活やってたの?」
「バドミントン!」
「へぇ、バトミントンか」
スポーツやっているふうには見えなかった。胸でかいし。華奢だし。
「バドだから! バド!」
なにか怒っている。その理由が直ぐにはわからず、理解したら直ぐに訂正した。
「あっバドミントンね!」
別の競技だろうかと一瞬思ってしまったが単なる発音違い。これもバドミントン部のあるあるなんだろう。
「まぁ、あまり上手くないけどね」
なんとなく予想はしていた。胸でかいもの。
「友梨ちゃんは上手そうだよね」
「え!? そんなことないよ! 全然! ホントに!」
ふーん。鼻を鳴らしながら真っ直ぐ向けていた私から視線を反らして窓の外を見る。
「まぁ、お互い出来損ない……か」
ボソッと言う言葉を直ぐに理解できなかった。それを理解するのにそんなに時間はかからないと言うことにこの後直ぐに気づくのだった。
「同好会には入るの?」
「え……、あぁー」
同好会……。考えてもなかった。薬剤師と言う大きな壁のために勉強を頑張るぞっと考えていた。だからそんな気分には……。
「入らないと思う。多分」
「そっか。まぁ、それもいいと思うよ」
そんな話をしていたら、目的の駅に着いた。私たちは急いで立ち上がり降りると改札へ向かっていく。
とうとうだ。私の人生の最大の壁になるだろう、6年間が始まる。そう思うと急に緊張し始めた。
どんな時でも、期待より不安が勝る。そう、どんな時でも。