勉強のやる気
やけに暑くなってきた。それが何を意味しているかなんて人それぞれだろう。
私からしたらそろそろ吹奏楽コンクールの時期だし、野球部からしたら甲子園。学生の身からしたら、期末テスト直前。
「ねぇ、何個まで単位落とせるんだっけ」
「5個までだけど……、そもそも落とすなよ」
「むりぃ……。もう頭入らなぃ」
午後7時の学生食堂。今まで勉強のために残っていた人がチラホラと帰っているのを横目に私は先輩から貰った過去問をひたすらに解いていた。
全16教科。分野の被りは多少あるものの、先生ごとの傾向が全く違う。過去問の回答を暗記するだけで膨大な量だった。
遥香と晩御飯であるコンビニ弁当を食べながら束の間の休息を取っていた。
「まぁ、そう言ってる割には、隣のあの子よりは出来てそうだけど?」
彼女のすらっとした指が向いたのは早崎くんだった。
「目を回しながら勉強できる器用者だけどね」
悪口に耳が立ったのか早崎くんはこっちを向いた。
「失礼な!! ちゃんと頭に入ってるし!!」
「じゃぁ、問題。小胞体のリボソームがくっつく方は?」
「え? 小胞体じゃないの!?」
遥香は溜め息を吐いた。私は記憶を辿っている。確か粗い方だった気がする。
「全然頭入ってないじゃん。ずっとそこばっかりやってるのに」
「う、うるさい!!」
辛口コメントに苦笑いもできなかった。
「ねぇ、茉心ちゃん」
彼女はぐるっと後ろを向く。そこには魂の抜けた斉木茉心であろう人形がそこにあった。
「二酸化窒素の中央炭素の混成軌道は?」
「エ ス ピ ー ツ ー」
カタコトで聞き取れなかったが、目の前の彼女がエナジードリンクを煽るところを見ると違ったのだろう。
「ったく、吹部連中は出来損ないばっかりか」
なぜか睨まれた気がした。思わず目を逸らす。
8時を過ぎて、解散。大宮でみんなと別れ、私は早崎くんと一緒に電車に乗った。
「秦野さん、怖かったね」
普段からして確かに気が立っている気がした。
「あんなにカリカリしなくてもいいと思うんだけどなぁ」
難しい顔をして頭を掻く。
「遥香なりに私たちのこと心配してくれてるんだよ」
それっぽくフォローして、問題の答えを書き入れる。それの答えをすぐに見て、合っていることを確認したら次の問題に目を向けた。
「私だって、早崎くんのと一緒に進級出来なかったら嫌だしさ、それと一緒だと思うんだけど」
電車の走る音だけが鳴り響く。
ガタンゴトン
ガタンゴトン
それが不自然だと、彼に目を向けた。
「もしさ、期末テスト終わってさ……」
彼はテキストを閉じた。電車が減速し、駅が近いことを知らせる。
「追試なかったらさ……。2人で遊びに行かない?」
その言葉が理解できると思わず身が入ってしまった。
「え?」
「嫌なら、いいんだ。ちょっと目標が欲しかっただけだしさ、あはは」
赤面する彼が余りにも憐れで、可愛くて。にやけそうな顔を抑えるので必死だった。
「いいよ。追試無かったら一緒に遊びに行こう」
「え!? いいの! よっしゃぁ!!! やる気出た!」
電車が停止して扉が開いた。
「絶対だからね! 約束だからね!!」
「はいはい」
約束を取り付けた彼は足早に扉まで向かう。
「じゃぁね」
「また明日!」
扉が閉まる。すぐに走り出して姿が見えなくなる。
あぁ、どうしてこうも顔が緩くなってしまうのだろうか。
あぁ、私も追試無いように勉強しなくては。
再び過去問に目をやる。さっきまで悩んでいた問題がとても簡単に思えた。




