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泣愛のトランペット  作者: kazuha
2章︰試験の罠
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トラウマ

「よーし。これで楽譜が揃ったな!」

 私が最後の楽譜を配り終えると折笠先輩が無意味に指揮台に乗る。

「学祭まで日にちがあまりないから頑張って練習するように!」

 既に6月も後半。とは言え学祭は10月。単純に計算しても完璧に吹けるようになってもお釣りが来る程度だった。

「あと、今日出来ればひとつくらい合わせたいんだけど……」

「ハイランド!」

「却下」

「ぶー! (おさ)のケチ!」

 なんやかんやいつも通りのやり取りに笑ってると、折笠先輩の視線が私の方に向いた。

「どれやる?」

 その問いかけは私にされたのか? そう考えながら私は後ろを見る。そこには汚い字が書かれたホワイトボードしかなかった。

「うん、君だね」

「そうですよねぇ」

 なんで私なのかと苦笑いして、仕方がないからホワイトボードに書いてあるできそうな曲を指さす。

「これとかは?」

 それは『宝島』だった。アンコール枠でやることにしているその曲は間違いなく誰でも吹くことが出来る。……はず。

「まぁ、それが無難だね」

「ハイランドがいい!」

「拒否」

 乾いた笑いが私から出た。

 そうと決まればみんな一斉に音を出し始めた。点でバラバラの音を出すこの時間帯を音出しと読んでおり、夕方に学校の前を通ると聞こえるのは大抵この時間帯だ。適当に伸ばしてるやつがいれば、指を動かすやつもいる。そうやって今日の調子を確認したり苦手なことの克服をしていたりする。

 私はルーティーンと化してるロングトーンをテンポ60でオクターブ反復をやり、リップスラーを適当にやってからブレストレーニングをする。こうすると口の消耗を最小限にでき、尚且つ自分の調子を確認してから不良の改善ができる、私なりの練習方法だ。

「何やってるの?」

 背筋を意識したブレストレーニングをしていた。息を吐きながら前屈するそれだけなのだが、それを見て前に座っていたマチ先輩が話しかけてきた。

 集中していたから驚いて椅子から転げ落ちた。

「いったぁ」

「あ、ごめん」

 さほどそう思ってなさそうな口調で近づいてきた。

「もぅ、急に話しかけないでくださいよ!」

「はは、全然後ろから音聞こえないからサボってるのかと思ってさ」

 なんともド直球な言葉に少し腹が立つ。

「ブレストレーニングしてただけですよ」

「うん、結構見てたから知ってる」

 この人は覗きを趣味にしているのだろうか。

「変態ですね」

「うん、よく言われる」

 つい口から出た言葉を上手に流すあたり言われ慣れてる感じがした。

 ため息を吐いた私をじっと見つめる、そのチワワの様な瞳はまるで私を……。

「もっと吹けばいいのに」

────もっと吹けばいいのに────

 東条先輩が振り返るのがここからでも分かった。先輩は知ってる、私のトラウマ。

「ルーティーンなんですよ」

 もう随分たった。あの立ち直れない日から。

「まぁ、そっか」

 それほど興味がなかったのか席に戻るマチ先輩。

 それを見て私は練習にもどる。まだ20分も吹いていない。唇が切れてる訳でも無い。それなのに、血の味がした。

「あはは……。バカみたい」

 高校1年目の秋。文化祭で初めて任されたソロ。先輩たちを差し置いてなんて生意気が言えるほど上手くないが、それでもこのソロは1番上手く吹ける気がした。

 本番前。3日前だったか。練習のし過ぎで唇が切れた。なんてことなく聞こえるかもしれないが、これはサッカー選手が足を骨折するくらいの出来事だ。

 その時点で私は降板。裏方に周り、ソロは先輩が完璧にこなした。

 それ以降だ。同学年の子から言われるようになったのは。もっと吹けばまた唇をやってソロが回ってくるって。

「実力で取りに来いや!!」

 叫ぶついでにペットでとにかく高音を叩き出した。

 それに驚いたのはマチ先輩だけではなかった。まぁ、それもそうか。急に癇癪起こしたらこんな反応になる。

「あはっ、すみません」

 口先だけで、内心とてもスッキリしていた。

 もう一度ペットを構える。1度くらい『宝島』のソリ部分は練習しておかなければ。案外難しいのだ。

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