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泣愛のトランペット  作者: kazuha
2章︰試験の罠
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譜面の束

「ねぇ! これでいいよね!!」

 授業後の気だるい雰囲気を残したままマウスピースで口を鳴らしていると、大きな打音と揺れと共に目の前に置かれた楽譜の束。これは誰の仕業かと視線を上げていく。

 まぁ、予想通りフルートのお嬢様、立川さん。溜め息がブルっと鳴る。

「決定だからね!」

 満足気なその顔を見るとムカついたが自分で曲を探すよりマシだと思い、また楽譜の束に目を落とす。

 束は2つ。ひとつは『Sing sing sing』。もうひとつは……

「『春のまほろば』?」

「そう! これいいの! 聴いて!」

 聞いたことの無い曲に頭を傾けると、すかさず耳にイヤホンを入れられる。若干耳に隙間ができることが無性にムカつく。再生ボタンが押され、私は耳に神経を注ぐ。

「…………」

 驚いた。このお嬢様からこんな曲が出てくるなんて……。聞き終えてから奪うように楽譜を開き、その綺麗な流れを見て頷く。

「これ、いい。やりたい」

 私の言葉に頷く彼女の顔は、どこか自慢げで、恥ずかしそうだった。

「そうと決まれば……」

 スコアを眺める。この楽譜を見れば、この曲全ての音が書いてある。いわゆる指揮者用の楽譜なのだ。

「8人用か……」

 しかもフレックス。特に楽器の指定がないもの。一応推奨される楽器編成は書かれているが、大抵が当てはまらない。だからフレックス譜を選ぶのだが……。

「誰がどれやるとか考えてる?」

 何気なく聞いたつもりだ。単純な質問。普通なら、とか、当たり前なら、とかそういった言葉を待っていた。しかし、帰ってきた言葉を聞いてそんな当然が覆るとは思ってもみなかった。

「考えてない!」

 即答。唖然として彼女の顔を見ると、自信に満ちた顔のどこかに照れを見せていた。

「そういうの……できないんだ……。だ、だからあなたがやりなさいよね!」

 つい最近。つい最近にもこんなやり取りをした記憶がある。なんだったか……。記憶が薄い……。

「はいはい……」

 ため息のように言葉が出た。このくらい潔いいと返す言葉もない。私がマウスピースを机に置いて、シャーペンに持ち替えたところだった。

「これ、できたから」

 そう言って、東城先輩に楽譜の束を渡す愛衣先輩。机と譜面台を隔てたその先にいた2人に目だけ向けた。

「……。はい、受け取りました」

「もう、あなたにしか頼めないから」

 目を腫らした先輩。その意味を知っているように目を伏せる東城先輩。そして、その束の量は……。

 イライラした気持ちで私は立ち上がる。それに気づいたのか愛衣先輩が私を一瞥した。

「じゃ、そういう事だから」

 まるでチワワに負けたドーベルマンのようにそそくさと部室から出ていった。

 逃げられたと思うと余計に苛立ちを隠せなくなった。

「ホンットになんなのよ!!」

 やり場のない怒りを机にぶつけた。そのままの勢いで東城先輩の所まで行き、その束を半ば奪うようにして確認する。

 最初はスコア。パラパラとめくって行き、中身を確認する。私から言わせればセンスの欠けらも無いパート振り。これだったら絶対に私が作り直した方が良かったに決まっている。

「なぁ、どうしたんだ? お前らしくない」

 先輩の一言に我に返る。周りを見渡せば私に対して疑問の目や恐怖の眼差しを向けられていた。

「あ、えっと……」

 咄嗟に誤魔化すための言葉を紡いでいると先輩がさらに言葉を繋げた。

「この楽譜はオレが最後に確認する。手直ししたらそれを配るから。……な? それでいいだろ?」

 私の気持ちを組んだのか、それとも勝手な決定なのか、どちらにしろ、あの女が独断で他の人に迷惑をかけているのには違いなかった。

「なんでそんなに甘やかすんですか! それじゃぁ、本人の為にもならないし、それに先輩だって……」

「なぁ、友梨」

 語尾を強める、さらに畳み掛けてくる。

「ここにいる全員、オレたちみたいに楽譜を起こせないし、上手くも吹けない。オレたちが高校でやってきた事を全員ができないんだ」

「それならできるまで……」

「友梨! ……オレ達の本分は、勉学だ」

 突きつけられた言葉になんの疑問もなかった。ただ、私はその一言に全てを悟った。

「……わかりました」

 泥まみれたチワワは尻尾を垂らして元の場所に戻った。

 私は何かを勘違いしていた。全員が全員、私の思う最低限に吹けるわけじゃないし、譜面を起こすことも出来ない。時間的余裕と能力的に考えてないできる人に回ってくるのはもはや必然。

 マウスピースを再び吹き始めた。理解しても苛立ちは込み上げてくる。

 できないならやらなければいいのに。

 見栄をはらないで誰かに助けを求めればいいのに。

 そんな言葉が私の頭を巡った。それは音という形で消化されていった。

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