表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泣愛のトランペット  作者: kazuha
プロローグ
2/36

部長のひとこと

 結果発表。ドリームホールの1階席でみんなと一緒に座る。部長である東城先輩とコンミス兼副部長の美佳子先輩だけは舞台裏で賞を受け取る待機をしていた。まだわからない。さっきの高校は銀だった。その次は銅。その次も銅。

 ドキドキする。隣りの子の手を握ると隣りの子も手が震えていた。私だけじゃない。みんな、今日という7分間の為だけに努力してきた。それが今決まる。

 私たちの高校まで残り2校。

「ゴールド! 金賞!!」

 そのひと言に私たちの前の人たちが飛び上がるように立ち上がり歓喜の叫びを上げる。

 もう泣きそうだった。

「ゴールド! 金賞!!」

 観客席の前の方で悲鳴が上がる。全国常連校だけど、あれだけ嬉しいんだ。私たちも、金賞がいい。絶対に金。それで、最優秀で東日本に……。

「銀賞」

 ホールを響いた言葉に耳を疑った。隣りの子は崩れるように泣き始め、チューバの子は男泣き。

「嘘でしょ……」

 3年連続の金賞。それが途切れた瞬間だった。

 それと共に、東日本への切符を受け取るチャンスがなくなった、ということだ。

 言葉を失った。これは、間違いなく私のせいだった。舞台で賞状を貰っている2人は遠目では平然としている様に見える。

 涙が周りに伝染していく。

 その後の記憶はない。いつの間にか府中の森の入口付近にいてみんなで円陣を作っていた。反省会である。

「今日はお疲れ様」

 先生が口にした労いの言葉は私の目頭を熱くさせた。

「今日はもう遅いから長く話すつもりは無いけど、」

 そう前置きすると私の方を見る。

「今日は残念な結果だった。審査の紙、明日見てもらうけど、あと2点くらい足りなかった。審査員の評価にはこんな事が書いてあった。木管は上手いが、金管の出来が悪いのが目立つ。特にトランペットの旋律は洗練されていないと感じた、って。

 誰とは言わない。けれど間違いなく足並みが揃わなかった。吹奏楽はみんなの1歩が揃わなければいい音楽ができない。それを知ることができたんじゃないかな、と思います。

 結果はどうあれ、今日までみんな頑張ってくれた。とても辛かったと思う。1年生は初めてのコンクール。3年は最後のコンクール。2年生は勉強のコンクール。色んな意味があったと思う。3年! そうだろ? 辛かったろ。これから先、人生で辛いことがあったら今日までの日を思い出せよ。こんだけ頑張って、こんだけ苦しくて、結果が散々だった日なんて今後人生で起こらないから。胸張って受験、頑張ってください。以上です」

 普段は鬼の面をつけたような顔をしている先生が、この時だけはとても優しい顔をしていた。

 私はいつの間にか声を出して泣いていた。

 悔しい、寂しい。

 それだけじゃない感情が私の涙腺を崩壊させていた。

「……よし、部長! ひとこと!」

 いまだに泣いていない東城先輩が1歩前に出た。何を言おうか悩んでにっこりと笑った。

「お疲れ様です。いや、残念でした。2点くらいなら金賞にしてくれよって思いますが、まぁしかたない。先生の言葉聞いて思い出しちゃったんですが、春から今日までの日をね。1日1日がまだ覚えているような、変な感覚でね。だから尚更みんながどれだけ頑張ったのかもわかるし、みんながどんだけ悩んでいたのかもわかってるつもり。全部解消できなかった力不足の部長ですみません。

 これでオレたち3年は引退になるけど、2年、しっかりしろよ。これからはお前たちが全部やるんだ。オレたちはもういない。だから2年生全員の力で頑張って部活を動かしていくんだぞ。1年生、まだたどたどしい2年生をどうか温かく見守って欲しい。そして補佐して欲しい。そうやって部活を作ってって欲しい。まぁ、悩んだら相談ぐらいは聞くから気兼ねなく来てね。

 あ、やべ。泣くつもりなかったんだけどなぁ」

 急に流れた先輩の涙。それを隠すように拭うと言葉を続けた。

「もっと吹きたかった。こんな後悔、して欲しくないからさ。来年は金賞、東日本! 絶対掴み取ってくれよ。部長との約束! いいな」

 全員の、はい! 各々の感情があると思う。

 私は後悔した。こんな想い、するくらいならもっと練習すれば良かった。

 わたしの頬を伝う涙。永遠に刻まれた傷。一生背負っていくものだと、この時私はそう思っていた。

 来年、いや、もはや今年とでも言うべきだろうか。最後のコンクールとなった今日も去年のことを考えて同じ場所に座っていた。部長となった私を襲った1年間の苦痛、責任、圧力。これを東城先輩はしっかりと背負ってきたなんて思うと尊敬の意を込めて思う。

「凄い人だなぁ」

 部長挨拶でさえ泣くことができなかった。銀賞と伝えられて壇上で泣くこともできなかった。演奏中、ソロで成功しても、泣くことができなかった。去年以来、全く泣けない。辛かったし悔しいことなんていっぱいあった。それなのに、去年のあの日と比べたら、全然辛くもなかったのかもしれない。

「先輩、好きです。今でも」

 届くはずのない言葉を星の見えない夜空を見て口ずさむ。

 これで私の吹奏楽人生は終わり。後は追いコン兼定期演奏に出れるように受験をしっかりやらないと。

 目標は薬科大学。私の学力だと底辺の大学しか行けないけど、資格が取れればどこだって構わない。それが免許というものだ!

 私は立ち上がる。勉強しなくちゃ。今はそれしか考えてなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ