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泣愛のトランペット  作者: kazuha
2章︰試験の罠
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先輩の立場

「もう、ムカつく!!」

 人の視線も気にせず朝の席取り合戦に勝利し、いつもの場所に座った私は隣の席の親友に今の気持ちを伝えた。

「どうした。朝っぱらから。なに? 例の先輩と喧嘩した?」

「例の先輩?」

「ほら、家に泊めてくれたイケメンの先輩」

 そこまで聞いて私の体温は一気に上がった。なにせあんな事があったのだ。軽くトラウマだし、何事もなかったように接しているけど実際は爆発物だった。

「っじゃなくて!」

「はいはい。からかってごめんよ。あまりにもご立腹だから水を指したくなって」

 けたけたと笑う彼女に苛立ちを見せるとお詫びの印にとキャラメルをくれた。

「で、何がムカつくの?」

 今日必要な教科書を机に広げて、準備万端な状態で話題を戻される。私もロッカーから持ってきた本の塔を整理しながら、昨日の出来事を誇大しながら語った。

「はぁ。要は下手なくせにわがままな先輩に仕事を押し付けてきたわけだ」

「まぁ、間違ってはないけど」

 的確に要約され少しむくれる。その言い方だとまるで私が悪いみたいじゃないか。100パーセント向こうが悪いのにさ。

 そう思ってると、朝の癒やしが私の耳に入ってきた。

「おはよう」

「おはよう茉心まこちゃん」

 私の右隣に座って一息つくとカバンの中からペットボトルのミルクティを出して飲んだ。

「電車止まってたから遅刻するかと思った」

 確かに今日京浜東北線が止まっていた。私も影響が出ないわけではないがそこまで気にすることはなかった。

「お、良かったね」

「西条くんに途中駅であってね。止まってない方向調べてくれて着いていったんだ」

 何だこの野郎。いい雰囲気じゃねぇか。

 そんなこんなニマニマと見ていたら、その視線に気づいて斉木さんは顔を赤らめた。

「それよりさ、茉心ちゃん聞いてよ」

 と遥香ちゃんが切り出してさっき私の伝えたことを、誇大無しで伝えた。ここまでしっかりと無駄を省ける彼女の能力に驚いていると斉木さんは困った表情を見せた。

「先輩に?」

 至極当然な意見を首をかしげながら可愛らしく言われると謝りたくなる。だが、これは譲れないことなのだ。

「そう。普通さ、楽譜ないんだから買うか借りるかしないとじゃん。もう部費もないんだし借りれる気配もないんだから変えたほうがいいでしょ」

「そうだな」

 急に耳に入ったのは男性の声だった。少し驚いて声のした方に視線を向けると彼女に会いに来た西城がインテリメガネをくいっと上げて私を見ていた。

「そのわがままは受け入れがたいな」

 珍しく意見があったことに驚きを隠せないが、それ以上にこんなやつと意見があってしまった屈辱が上まった。それが表情に出たのか西城は表情を変えずにため息を吐いた。

「なんだ? 聞かれたくない話だったか?」

「いや、あんたと意見が合って残念に思ってる」

「なるほど。無駄なおせっかいだったって訳か」

 そうつぶやいて出席するために壁掛けの壁掛けのカードリーダー、通称『ピッ』に向かっていく。

 それを見送っていると、斉木さんが彼を追いかけていった。お礼でもしに行ったんだろうか。

「なんだったんだろう」

「さぁ。私にわかるのはあんたも案外頭が堅い人間なんだなってことかな」

「なにそれ、普通に悪口」

「そうだよ。少しは先輩の立場でもの考えてみなよ。私にはわからないけど、案外深い意味でもあるかもよ」

 そう私に言い残して遥香も席を立った。私が吹奏楽でわちゃわちゃやってるうちにどうやらダンス部に入ったようで、そこの明らかに柄の悪そうな女子たちの元へ向かっていった。

 広い教室に1人にされて私はため息を吐いた。6人がけの机に座っている人数に対して、どうしてかこの場所が狭く感じた。それは本が立ち並んでいるという物理的なものなのか、私の気持ちを表している精神的なものなのかわからないが、少なくとも目の前にある物理学入門と書かれた教科書が原因に加担しているのはわかった。

 先輩の立場。役職もなにもない下手で意地っ張りなフルーティスト。そんな彼女の気持ちを理解するのはとてもむずかしい。

 私は、努力すればできた。だから、先輩の努力が足らない。それだけな気がした。

 尚更わからない。それでもどうしても、あの曲にこだわるのかが。どうしてもわからない。

 誰かに気持ちを伝えるんだったら、他の曲でもできる。人間というものは面白いくくりを作っているではないか。【相似】だ。だいたい一緒なら、同じものであると言える。

「やっぱりわからない」

 気持ちが言葉に出た。

 それが、まだ私が子供であるということだと気づくのは、ことが終わってからだった。

 そう、この学校の薬学生という関門は今ヌルヌルと思い描いている人生設計なんかよりずっとハードで、きつくて、失うものが多い、そんな期間なのだ。

「はい、授業を始める前に、中間試験の日程と範囲を示します」

 いつの間にか先生が来ていた。まだチャイムは鳴っていないが前方のスクリーンに映し出されているのは、物理学のテスト範囲だった。それを見て絶句しないわけがなかった。

「は? 1週間前の内容まで入れてくんの?」

 遥香が言葉をこぼしたも無理はない。1時限で覚えなければならない公式は少なくても3つ。それと同時に暗記と計算問題。もらうプリントも薄い本のようなレジュメ。そろそろノートも半分使い切ると思われるほどの分量。

「確か、その1週間前にも機能形態のテストあったよね」

 斉木さんの不安は私にも伝染した。

 これが大学生。そう思えば何故かやる気が出た。

 そう、決めたのだから。部活も、勉強も両立させるって。できないことはない。

 できないはやらないやつの言い訳だ。この1時間、真剣に聞こう。それが少なからずテストに打ち勝つための方法だ。

 私はペンを持った。このくらいできて当然なのだから。

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