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泣愛のトランペット  作者: kazuha
2章︰試験の罠
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曲ぎめはエゴイズム

「入部しました! 下山友梨です! トランペットです! 宜しくお願いします!」

 部室の後方、ホワイトボードの辺りで頭を下げると、私を取り囲んでいた金管の人たちは一斉にバンザイをする。この激烈な歓迎にやはり戸惑いを隠せないでいた。

「これでやっとこの部活も安泰だ」

「やりたい曲増えるね!」

「おい、あんまり無理させんなよ」

「また女の子が増えた! わーい!」

 なんとも賑やかだ。まぁ、これが吹奏楽の金管のノリだろうか。

「主将! 金管会!」

「よし、(おさ)! 任せた!」

「またオレ!!」

 黒田先輩が話しを振ったのは……、たしかトロンボーンの人。背丈は私より小さく、団子っ鼻でマッシュルームヘア。少し奇抜な、それでもお洒落な服装は少しだけオネェ感を醸している。

「いつも幹事オレじゃん」

「マチには頼めん」

「そうだけども!」

 この2人、案外面白い。そう思っていたら金管で唯一の女性の先輩、彩心(こころ)先輩がぴょんぴょんしながら近づいてきて、腰を屈めたと思ったら私を上目遣いで見てきた。

「女子会しよう!」

「……はい!」

 こりゃ1発で惚れるわ。私が男なら。

「あーー! 私も行きますぅ!」

 そこに斉木さんが混ざってきた。女子3人でキャッキャと話してたら、なんか久しぶりに女子している気がする。楽しい。

「黒田ぁーー!! (おさ)!! 仕事しろ!」

 そうこうしていると律儀に隊列を組んで座っている木管の威圧を受け、指揮台に立っているアリス先輩が未だに言い合っている2人を名指しすると、仕方なしに黒田先輩は声を張り上げた。

「はーい。それじゃ、(きた)る10月の学園祭に向けて曲ぎめをしたいと思います。えぇ、今日中にとの事なので片っ端からやりたい曲言ってって下さい。えぇ、書記の彩心(こころ)さんは言われたやつホワイトボードに」

「はい!」

 彩心(こころ)先輩は黒ペンを持って私の横に立つ。邪魔にならないように距離を取ってホワイトボードに目を向けた。

「はい! オペラ座の怪人!」

「マチは黙ろうな」

 団子っ鼻の先輩が鋭い釘を打ち付ける。マチ先輩はお口にチャックをしたジェスチャーをすると手を膝に置いた。まるでピエロみたいだ。

折笠(おりかさ)先輩。今回どんな感じで行うのですか?」

 テナーサックスの……、和光(わこう)先輩が全体の流れについて聞く。折笠(おりかさ)と呼ばれた団子っ鼻の先輩は腕を組んでのどを唸らした。

「アリスはどうしたい?」

 急に話しを振ったのはコンビニで売ってたのだろうタピオカミルクティーを啜っていたアリス先輩だった。

 猫の様な目を折笠(おりかさ)先輩に向けると艶やかな唇がぷるんと動く。

「オリジナル1曲やりたい」

 そう告げられると西条(さいじょう)がここぞとばかりに手を挙げた。

「アルメニアン・ダンスのパート1はどうでしょうか」

 アルフレッド・リード作曲の超有名曲。あの西条(さいじょう)がこんなまともな曲を提案するなんて思いもしなかった。少しだけ見直したよ。

「んー、難しいかなぁちょっと」

「えー!」

 アリス先輩が吠える。

「私やりたい」

 そう言うと部屋がざわめき出す。まるでその一言が独裁的な意味を持つかのように。

「じゃぁ、アルヴァマー序曲!」

 東城先輩が呟くと木管の目が輝いた。

「んんー」

 しかしながらうちのボスはどうやら納得いかないようだ。なにが不満なのだろうか。難易度的にも、演奏会最初の曲のインパクトとしても申し分ないと思うのだけれども。

「私が目立たないしなぁ……」

 名探偵が深く悩むポーズを取りながら呟かれた酷くエゴな言葉に私は目を点にした。

「アリス! 文句を言わない」

「だってえ! やるからには目立ちたいじゃん!」

 サックスが目立つ曲かぁ。クラシック系統だとまずない。

 それならばと考えるのはオペラやミュージカル。それだとかなり難しくなる。吹奏楽オリジナルじゃないと……。

「ハイランド讃歌……はさすがに……」

 考えが口に出た。

「ハイランド讃歌?」

 それはしっかりと折笠(おりかさ)先輩の耳に入っていた。これはまずい。なんたってこの曲は……。

「いや、すみません! 独り言です!」

「検索班! 調べて!」

「あいあいさ!」

 部室内にある唯一のパソコンの前に座っていたクラリネットの先輩が見事なまでのブラインドタッチで見事その曲を引っ張りあげた。

「コレですね!」

「チョコちゃんさすが!」

「カッコイイ!」

「再生しまー」

 クラリネットのダルノリを華麗にスルーして再生ボタンを押す。

「あっ、長いですよ……」

「うるさい! しっ!」

 アリス先輩の叱責に口をつぐむ。

 その曲は低音のざわめきからはじまる。綺麗な和音が延々と伸びるその中で1人の少女(オーボエ)が歌い始めた。瑠璃の闇の中で悠々と語るその声は広い草原を駆け巡る。

 小高い丘の上の城は夜明けと共に動き始める。

 日が登れば広大な草原は華やかに輝き、大自然が私たちに翼をくれる。

 (フルート)が高く飛べば(メロディ)と戯れる。そのまま城の塀に止まれば、城内の華やかで穏やかな生活が続いている。

 それを知ってか知らずか、また鳥は大草原へと飛び立ちこの巨大な城を後にする。

 その城は気高くも尊きハイランド。そう讃え歌い合う様にモチーフが奏でられる。

 まだ曲の途中で立ち上がったのはアリス先輩。仁王立ちでパソコンに指を向ける。

「よし、これにしよう!」

「おいおい、序盤じゃんか」

 折笠先輩が片眉を上げて静止する。

「でも簡単そうじゃない! ちょー良いし!」

 ほっぺをパンパンに腫らして威嚇する。

「アリス!」

(おさ)!」

 睨み合う2人の混じり合う視線。

 このやり取りを静止するのはやはり黒田先輩だった。

「なら多数決だ! アルメニアン・ダンス、アルヴァマー序曲、ハイランド讃歌。この3曲の中で1曲、やりたいものに手を上げること。ひとり1回。破ったら今日強制で飲みに行かせる」

 マチ先輩の顔が強ばるのを私は見逃さなかった。この人ならやりかねない。というより、強制で飲みのなにが問題なのだろうか。そんなに変な飲み方をする人ではないと思っているのだけれども。

「では、アルメニアン・ダンス」

 ちらほらと手が上がる。しかし、過半数でもなければ掌握出来るほどの人数でもない。いわゆる、没だ。

「よし、アルヴァマー序曲」

 ここで分かれたのはパートだ。サックスは上げないがクラリネットはほぼ上がっている。金管も低音はここで手を挙げていた。

「最後、ハイランド讃歌」

 それ以外の人が手を上げる。ここにはもちろんアリス先輩が含まれている。

「1票差でハイランド讃歌だな」

「あ、あの……」

 両腕でガッツポーズするアリス先輩を眺めてたらパソコン前から声が上がった。

「ん? どうした?」

「大変申しにくいんですが」

 回転する椅子で控えめに回って顔をこっちに向ける。

「楽譜、部費じゃ買えないくらい高いです」

 私はどこかに視線を逸らす。折笠先輩の視線が痛い気がする。

 ごめんなさい。……知ってました。

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