新歓コンパ
これが俗に言う新歓コンパ。巨大な部屋に長い机が両サイド2列並べられ、その回りにはイスがところ狭しと並べられている。
全部で何人いるのだろうか。ざっと30は余裕で超えている気がする。そのうちの半分が先輩なんだけど、逆に言えば半分1年。……倍出すんだね、なんて思うとなんか申し訳なかった。
「はーい! みんなお集まりありがとうございます!」
とアリス先輩がジョッキのビール片手に立ち上がった。
……っていつの間に頼んだの? 今座ったばっかりだけど。
そんなところに私の目の前にワインレッドの飲み物が運ばれてきた。さっきのマチとか呼ばれていた先輩がせっせと後輩に飲み物を注いでいる。……お酒じゃないよね?
「みんなそろそろ飲み物が行ったと思いマース。えー、大丈夫。アルハラとかする気はないから。ってか飲むなよ! 未成年は飲むな! 言ったから! もう、知らないからな!」
ん? これはどういうことだ?
「これ、暗に飲めって言ってるよね」
「え? そうなの?」
近くにいた遥香ちゃんと斉木さんがこしょっと話すとアリス先輩の視線に体を震わせる。
「はい! そこなにか言った!?」
「……なんでもありません!」
……怖っ。
「さてさて、皆様グラスを持ってそら高く上げてー!」
言われるがまま行動する。
「かんぱーーーーい!!」
お決まりの合言葉。私たちは誰彼構わずグラスを合わせていく。
「お! 友梨ちゃんかんぱい!」
乾杯巡りしてるアリス先輩がジョッキを突き出してくる。流れにまかせてグラスを当てると半分しか残っていなかったジョッキの中身を飲み干す。
「マチ! おかわり!」
「いぇっさー! あねさん!」
ジョッキを机の上に勢いよく置くと私の肩に腕を回してくる。
「ねぇねぇ、私に謝罪ないの?」
「え!?」
「先輩、パワハラ」
的確なツッコミをする、トロンボーンの男性。そのグラスの中身は茶色い液体。ウーロン茶?
「もー! ノリが悪いなぁ! かわだいちぃー!」
標的がいきなり変わりトロンボーンの男性に抱きつきに行くが、慣れているのか容易に避ける。
「ぶーー!!」
「先輩、先生が」
「もーー! まだ、楽しみたいのに!」
タイミングよく来た店員さんが持ってきたふたつの生ビールを軽やかに受け取り、軽やかなステップで先生の所に向かって行った。
「やっと静かに話せる」
とトロンボーンの男性。深く溜め息を吐いて私が口をつけたグラスを指差した。
「それ、お酒だけど大丈夫だった?」
「…………えっ?」
甘かった。とても甘くて、すこし酸っぱい。若干の苦さと香りが大人の味とも思えた。これが、お酒?
「マジっすか! あー、いけないことしてる私!」
爆笑しながらもうひと口飲む遥香ちゃん。
いきなり大人の味を口に入れて驚愕しているのは私と斉木さんくらいで、他の人は知らん顔で飲んでいる。
「お酒ってこんな感じなんですね」
「あー。はじめて飲むならそれだけにしときなよ。後悔するからね」
「はい!」
斉木さんが元気よく返事をする。トロンボーンの男性は頷いてウーロン茶を飲んだ。
「あ、僕、川田大地。トロンボーンです」
自己紹介をしたと思ったら目の前に取り分けられたシーザーサラダが置かれた。それを行っているのは仏頂面をしたパーカスの女性だった。
「ありがとうございます!」
「……まり」
「……え?」
小さな声で何かを呟いているが私の耳では聞き取れなかった。
「彼女は田所麻里。パーカスの2年生」
うんうんと頷くと再びサラダを配り始めた。よく見れば取り分けられているサラダの分量にばらつきが見れない。葉っぱの量からチーズの量、更にはクルトンの個数まで、まるで機械で取り分けられたようだ。
「オレは横山真知。マチって呼んでね」
帰ってきた目力の強いホルンの先輩が私の隣に座って私のグラスに同じワインレッドのお酒を注ぐ。
「じゃんじゃん飲んで!」
これが……アルハラか。
「マチ先輩。友梨さん凄くないですか!?」
斉木さんがいつもよりテンション高く言う。薄暗い照明の中でも斉木さんの顔が赤くなっているのがわかる。あれが……酔っているというやつか……。
「うん凄い! 入部決定!」
「いやいやいや!」
相変わらず強引な人だ。
「まぁ、僕からしても入ってくれると凄く嬉しいけどね」
川田先輩はサラダを口にしながら呟いた。
「ほらほら! かわだいちが言ってんだよ! レアだよレア!」
「ほらほら! レアだよレア!」
遥香ちゃんが馴染んでる……。
驚愕してると遥香ちゃんがマチ先輩の口にグラスを突きつけた。マチ先輩は中の飲み物をゴクゴクと飲んでいく。
「……エグい後輩だな」
その声に驚く。誰だ。この人。部屋の隅に1人でお酒を飲んでいる、まるで中年の男性。
「オレは黒田康輝。チューバ」
オンザロックとでも言うのだろうか。小さなグラスにキューブアイスが5個入っておりその中にはキャラメルの様な光沢のある茶色のお酒を飲んでる。あれが噂のウィスキーだろうか。
「黒田先輩。渋いっすわ」
マチ先輩がひと言口にする度にお酒を飲ませる遥香ちゃん。なんだろう。逆持ち帰り?
「まぁ、勉強に不安があるなら、かわだいちに聞けばいい」
「ちょっ! 黒田先輩! そういうのやめてくださいって!」
「学年1位がそういう謙遜良くないぞ」
そうか、先輩に聞けばいいのか。勉強とかわからないところをって……、
「「1位!!?」」
遥香ちゃんとシンクロした。そりゃそうだ。ありえない。だった学年1位って。
「ほらー」
顔を赤くして困っている。あまりこういう目立つことをしたくないようだ。
「じゃぁ! マチ先輩も!?」
「あ、そいつはバカ」
黒田先輩が切り捨てるとマチ先輩は机に乗り出して、
「それを言わないでくださいよぉ!」
と声を大にして叫んだ。
「おい! マチ! うるさいぞ!」
先生からお叱りの声が飛んできた。マチ先輩は大人しく座ると隣りの女が差し出すグラスを取って一気飲みする。
私は仕方なく飲んでいる名も知らないお酒を口にして、あれを見習わないようにしなければなと視線を逸らした。
「それにしても、アイツどうした?」
黒田先輩が視線を上げてその姿を探す。誰を探しているのかわからなくて首を傾げた。
「あー、平坂ですか?」
平坂……。あー、ホルンの女性の方! 今日司会をしていたあの人か。
「そうだ。アイツ飲んでないだろうな」
「僕の知れたことではないです」
2人は同時に飲み物を煽った。この2人のいる空間だけ高級なバーの様な雰囲気だ。思わず居心地の悪さを感じてしまった。
そんな時だった。
「友梨! こっち来い!」
私の座る真反対側で呼ぶ声がした。それは間違いなく東城先輩で私は思わず立ち上がってそっちを振り返った。このカオスな場所から逃げる唯一のチャンスだと踏んで。
「今行きます! すみません、行ってきます」
「グラスだけは持ってけよ」
黒田先輩の助言をしっかりと聞き、グラスを持ってそっちに向かった。
その場所は木管がメインで飲んでいた。フルートパートの2人とクラリネットの人3人。後はわからないけど、ここに平坂先輩がピッチャーを抱えて寝ていた。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。早めに潰さないとコイツうるさいから」
フルートパートの女性がいつの間にかテーブルの上に並んでるサーモンのカルパッチョをエロっぽく食べている。その流れで割り箸を平坂先輩に向ける。
「前回の飲みで何やらかしたか私は忘れもしない!」
さすが女性フルート奏者。恐怖の塊を抱いてしまう。
「愛衣ちゃん、1年生怖がってる」
「私に逆らうとどうなるか今のうちに教えこんでやる!」
あまりの迫力に後退りすると袖を引かれた。
「愛衣先輩もう酔ってるから。気にしないで大丈夫だよ。友梨ちゃん」
そう言ってくれたのはクラリネットの中では1番可愛い先輩だった。
「あ、あたし智絵。河本智絵」
「チョコちゃん可愛い!」
美しいタイプのクラリネットの先輩が智絵先輩に抱きつく。
「やめてくださいよー! そんなの当たり前じゃないですかー」
「もぅ! そういう所がホントに可愛いっ!」
出たぞ。クラリネットの謎のフィールド。私は耐えきれず視線を逸らした。
「友梨! こっち空いてるから座れ!」
東城先輩が手招きしている。やっと逃げれる。私は足早にそこに向かった。
「あっ」
座った途端、東城先輩の反対から声が飛んできた。その短く聞き覚えのある声は間違いなく私に向けられていた。物音に反応したウサギのように振り向く、そこには見覚えのある顔があった。
「早崎……くん?」
「あ! やっぱり下山さんだ!」
「あれ? 知り合い?」
東城先輩の疑問はガスコンロの火を入れる音と共に響いた。
「……トランペットのキーホルダーを拾ってくれたんです」
「なるほど。やっぱり翔太はいい奴だな」
「いや、そんなことないっすよ」
両手を前にして否定すると東城先輩はビールの入ったグラスを持つ。私も釣られてグラスを持ち口に運んだ。
「いい奴だけど友梨はやれんな」
「…………へぇっ!?」
なに? どういうこと?
ついつい手に持っていたお酒を一気に飲み干してしまった。
「もぉ。先輩飲みすぎですよ!」
ケラケラと笑う早崎くんも手に持っているビールを飲んだ。
「東城! 酒!」
「はいはぃー。ウーロン茶でいいですか?」
「酒だ! 酒もってこい!」
愛衣先輩が荒れ始めてる。あれが、めんどくさい酔い方か。東城先輩は立ち上がって部屋の入口の方へ向かっていった。
「それにしてもさぁ」
鍋がグツグツと美味しそうな音を立て始めた。私は迷わずおたまを手に取り鍋をかき回す。
「凄く上手かったよ、ペット。びっくりした」
「いや、そんなにじゃないよ」
鍋はもう少しだろうか。おたまを置いて彼に目をやる。
「あれでも下手なほうだよ」
「オレの知ってるペットはもっと酷いからさぁ」
彼は椅子に深く座り直すとお酒を手に持った。
「もっと聴いてみたい」
そう言って彼はビールを飲み干した。
「なんちゃってね」
そう言った彼の笑顔は、鍋の熱さのせいか赤くなっていた。
「友梨!! 逃げたな!」
急に後から抱きつかれるといつの間にか口についてたのはお酒の入ったグラスだった。
「ちょっ! 遥香! やめっ!!」
問答無用だった。口に入ったアルコールが鼻から抜ける感覚。さっきまではジュースだったのに、これは苦くて喉が焼けるようだ。
その刺激に思わずむせる。
「ほら! 友梨! 戻るよ!」
「ちょっと! マジで大丈夫! えっ!? うそ!」
ムリヤリ立たされ元の席に連れていかれる。
「程々にしとけよー」
誰の声かわからないかった。お願いだからこの悪魔を止めて欲しかった。
この後、すぐに私は記憶を無くすのだから。
良い子は真似しないでください




