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泣愛のトランペット  作者: kazuha
1章:新入生歓迎会
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私の宝島

 指揮者なんていない。アゴゴを軽快に鳴らす女性がこの曲のテンポを決める。そのテンポが気に入ったのか、ドラムが荒ぶるフィルインを入れる。

 サンバホイッスルの愉快な音。

 東城先輩がいつの間にか吹いているそれ。サンバの雰囲気を一気に醸し出す。まるで、本場ブラジルを凱旋しているようだ。

 私はマッピを唇に当てる。mf(メゾフォルテ)から始めればいい。本気は取っておこう。

 お決まりのドラム。それを聞いて思いっきり息を吸う。

 最初の音は……。

『最初の音はボロニアの花を』

 腹筋に力を入れる。気道を駆けて出てきた圧縮された息はトランペットの管を伝ってベルから出る。

 甘酸っぱい清涼感。ボロニアの香りを込めて響かせる。あの時は先輩のそのひと言に疑問を覚えた。情熱的に吹くものだと思っていたから。

「すごい……」

 客席から漏れる言葉が、私にも聞こえた。

 当たり前だ。(トランペット)がいるんだから。

 冒頭の出番を終えて、トランペットを離して膝の上に置いた。

 手が震える。興奮状態。頭がクラクラしそうな程熱いのに冷静に次の譜面を思い出す。吐きそうなほど肺が上がってきているのにその許容範囲を逸脱して空気を取り込める。

 少しの休憩時間を終えた私は再び構える。

 合いの手。直管楽器(わたしたち)が遊べる場所。裏拍を楽しみ、どんどん高くなる音に高揚する。

 テナーサックスのソロ。束の間の休憩。東城先輩がいつになく荒れた音をしている。いや、音を尖らせているのか。ソロの間を縫うように音を刺していく。

 ソロが終わると拍手が起こる。それが終わる前に構える。ここからが本気の見せ所だ。

 息を大きく吸う。

 (フォルテ)

『ここはトルコキキョウのように』

 私の出す音はスノーダストのように光り輝き、心地よい追い風が音を乗っけて遥か彼方まで飛んでいく。

 この音の意味を考えたことがあっただろうか。私の見えている風景の意味を今まで考えたことあったのだろうか。

 デクレッシェンドで私の役目は終わり。痙攣しそうな横隔膜を緩ませ溜め息を吐く。席に立ち上がるのはアルトサックスの女性。アリス先輩である。ここまでさほど目立ったことをしている記憶が無い。だから期待はしない。

 そんな私を他所に東城先輩(フルート)が期待を残して全ての音を消す。

 ハッとした。この曲には合わないその容姿に。

 白銀の翼を羽ばたかせる聖騎士。その聖剣(サックス)を使いこなして目の前の(かんきゃく)を倒していく。

 圧巻だ。上手い。音こそクラシック寄りだが、その基礎に乗っ取ったアレンジや表現はまるで百戦錬磨の聖騎士。

 危うく合いの手を忘れるところだった。こんなの体育館で聞かされていたら、私は卒倒していたかもしれない、

 ソロをかき消すようにHigh(ハイ)(アス)♭を殴りたてる。それで少し冷静になれた。

 アリス先輩が舞踏会の挨拶のようにスカートを摘んでお辞儀をした。

 拍手はまるでスタンディングオベーション。パーカスのソリもこれでは見る目もなかった。

「はぁ……」

 思わず緊張が口から出た。高揚と緊張。全く同じもの。この後ソリだ。どうしようか。楽譜通りの方がいいに決まっている……よね。

 そう、マッピを口につけた時だった。

「自由にやってみなよ」

 目の前のホルンの男性がそう言った。意地悪な笑顔とカッぴらいた今にも出てきそうな丸い目を私に向けて。

 ここのバンドの人は……。無茶振りが好きらしい。

 お決まりのリズム。それを聞いて私は立ち上がる。

(唇……もってくれよ!)

 それはdouble(ダブル) high(ハイ) (アス)♭から始まる、高校時代に考えた最強に鬼畜なソロ。1度も成功したことないから本番ではやらないことが多かった。

 細かいタンギングと難解なリズム、常に高音域という三拍子揃ったこれを、なんで選んだのかなんてわからない。なんとなく2小節が終わって全員の視線が私に向いていた。

 ……あれ? トロンボーンも吹いてない?

 気づいた時には遅かった。ハメられた! そう思うよりも唇の耐久に神経を注いだ。もうちょいで終わる。

 ラストの2拍3連のリップスラー。そしてフラッターからのグリッサンドで最初の(アス)♭に戻す。

 出来た!

 そのままサビに戻る。もうムリだ。座りながら少し手を抜く。

 少し冷静になれた私に送られる拍手は聞いてるこっちが痛くなるほど大きかった。

 楽譜が飛んだ先、最後の力を振り絞る。聞いている人を潰す程の音圧、それが直感楽器(わたしたち)に課せられた使命。

 なんて御託を考えて耐えていたら終わっていた。額から流れる汗を拭っていると周りの人たちが皆一斉に立ち上がる。慌てて私も立ち上がる。

 拍手が鳴り止まない。耳が痛くなるその音。それは誰に向けられているのかわからない。ソリストなのか、バンドなのか、顧問なのか。

 ただ、絶対的にわかるのはひとつあった。それは、物凄く楽しかったということだ。

 拍手を止めたのは、アリス先輩だった。

「これにて演奏会を終了させて頂きます。長時間最後までお聞きくださり、ありがとうございました。これより体験入部を開催します。お時間のある人は是非に残っていってください。本日は本当にありがとうございました」

 アリス先輩が深々と頭を下げるとまた拍手が響いた。それがこの演奏会の終わりを告げた。

「君凄いね!」

 終わった途端声をかけてきたのは目の前のホルンの男性だった。

「待ってたよ! 入部ありがとう!」

「えっ!? ちょっ!!」

「マチ、ちょっとそれはムリヤリ過ぎるよ」

 困ってる私に感づいたのか、こういうことを平気でいう人だと知れているのか、トロンボーンの男性が止めに入った。

「いや! 確保しないと! こんな人材もう2度と会えないと思ってる。運命感じてる。入部して」

「いやぁ……、あはは……」

 有無を言わせないなぁ。この人は。

 そんなこんなやっていたら段々と私のところに人が集まってきた。

「友梨! 凄いじゃん! チョーカッコよかった!」

「本当凄い!」

 遥香ちゃんがトランペットを撫でながら激励してくれると斉木さんがユーフォを持って来た。

「ほら! 入部しないと!」

「マチ! ちょっと空気読め」

「いや! これで入らないとか言わせたくないから!」

 この2人、なんか面白い。いつもこんな感じなのだろうか。

 そこにアリス先輩と東城先輩が2人で寄ってきた。

「もう、君のせいで私のソロが霞んだじゃない」

「あっ……」

「いや、謝らなくていいよ。この人冗談で言ってるから」

 東城先輩がアリス先輩のほっぺをつつくとそれに反抗して大きなマシュマロ2つ膨らませた。それを再びつつく東城先輩。

「お疲れ友梨。まさかあのソロやるとは思わなかったけど」

「私もはじめは楽譜通りやろうかと思ったんですが、アリス先輩の聞いたらやらなきゃいけない気がして」

 照れながら言うとアリス先輩は不貞腐れて客席の方へ向かった。

「相変わらず可愛いねぇ、うちの部長は」

「いや、普通に仕事しに行っただけだと思うけど」

 トロンボーンの人の言うことを聞くとなんとなく納得できた。部長が体験入部の指揮を取らなくてはまわらないだろう。

「あ、友梨。今日打ち上げあるから行くぞ」

「え? それ私も行きたいです!」

「いいねぇ! みんな行こう行こう!」

「友梨! 楽しむよ!」

 もう、苦笑いしか出ない。まったく……コイツらは!!

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